第41話 人形
にやりと笑った彼はとっくに人間の相貌から逸脱していた。それを見て、アリスが火の玉を放った。
避けない悪魔に、アリスはにやりと意趣返しのように笑ってみせる。今度の魔法は相殺することなく、悪魔兼ルイに当った。
「ぎゃあ⁉」
悪魔が悲鳴をあげ、ルーンが目の色を変えてアリスに詰め寄る。
「ルイに何をする‼」
胸元を締め上げるルーンの手を雑に振り払い、アリスは言う。
「彼はもう悪魔に呑まれました。もういません」
冷静に、冷徹に言う彼女に、ルーンはあらがう。
「まだ彼が残っているはずなんだ! そう早く諦めて堪るか!」
普段冷静な彼女がここまで取り乱すのを始めて見たアリスは、それでも同族の心を読んで、静かに話す。
「裏の世界から表に来るには契約が必要で、主人が望んだこと以外では主人を乗っ取る事なんてできないはずなの。だから、彼は本当に悪魔に身を売った。
契約がなされたのなら、もうそれに対抗するすべはありません」
アリスが言うと、ルーンは座り込みそうになる。
「そんな……」
「恐らく、洞窟に裏との通り道を作ったのも彼の仕業でしょう。彼が人間であったなら、そんな芸当は出来ません」
正解だ、と言ってげらげらと笑う悪魔に、ルーンは鋭い殺気を当てる。
「絶対許さん……」
そう言うと、ルイに話しかける。
「ルイ‼ 自慢げに魔法を見せてすまなかった! お前にはお前の出来ることがあるじゃないか! お前、作物を作ることがとても上手だっただろう! それを捨てるのか⁉」
「俺は、作物を作る事、上手だが好きではなかったんだ」
狙い通りルイを前面に出すことには成功したものの、言葉が出てこないルーンに、ルイは言葉を打ち付ける。
「私は本当は薬草師になりたかった。でも、こんな乾いた土地では満足に薬草が育たないばかりか、農業だってままならなかった。
お前が住んでいる土地の事を聞いて、心底羨ましかったよ」
一旦深呼吸をして、あくまで冷静に、ルイは話す。
「俺は、お前の土地が欲しかった。でも、農民が魔法使いの土地に入ることが何を表しているか、お前は知らないだろう?」
ルーンだけでなく、アリス達もその言葉に聞き入った。
「悪魔使いが出てきて、農民の土地に追い込むんだ! 俺はそれでこいつに会った! 過去の戦争で俺たち農民は自分から土地を譲った、とあるが、本当は完全に振り分けされてるんだよ!」
信じられない、という顔を向けてくる皆に、ルイは必死に言葉を紡ぐ。
「魔法使いは悪魔と相性がいいんだ。獣人は皆、悪魔の血を継いでいる。だから、俺はそいつらに命令が出来る。こいつと一緒なら、お前らにだって、勝てる」
そう言って何かをぶつぶつと呟くルイに嫌な感覚を覚え、アリスが杖を振ろうとするが、数秒足りなかった。
「我が配下にくだれ」
その呪文と共に、アリス、ミシェル、ルビー、ノエルはあらがい難い欲求を感じた。自然に体が動き、ルーンに相対する。
「みんな……何を?」
戸惑うルーンを置いて、獣人である彼らはルイの言葉に従い、魔法を作り出す。
「火よ!」
その声と同時に、ルーンに魔法が接近した。なんとか躱したルーンに、今度はノエルの影が迫る。
「くっ」
咄嗟に杖を振って、光魔法を作り出し、影を呑み込んだ。すると、ルビーの鋭い水がルーンの肩を掠っていった。肩から血を流し、皆を強い眼で見つめるルーンは、冷静に状況を分析した。
「お前、悪魔の王か何かなのか?」
まあな、と得意げに言って笑う。
「俺の操り魔法は悪魔にだって効くんだ。この能力があるかぎり、俺は無敵なんだよ。王といっても過言ではないね」
その悪魔に向かって、ルーンは相対魔法をぶつけた。
「ぎゃ!」
「それじゃあ、みんなの先祖が悪魔だということの根拠にならん。それに、悪魔だったからと言って、何だってんだ。仲良くできれば種族なんて知った事じゃないわよ」
そう言って、彼女は心を決めたように叫ぶ。
「私だけ操る魔法を使えなかったということは、あなたは最強じゃない、ということになるわよね?」
そう言うと、ルーンはとんでもない大きさの火を作り出す。
魔術と魔法を融合させたとてつもない魔力のそれがルイに迫り、初めて悪魔の表情に焦りが生まれたが、それも一瞬の事だった。
彼はアリスとルビーを前面に出し、水魔法を使わせてその火を消し止めた。
「俺の人形は沢山いるんだ。負けるわけがないじゃないか」
「だけど、獣人が使えない魔法なら、あなたを翻弄できるわよね?」
会話中に脳内で移動魔法を紡ぎ終えたルーンはひとまず引こうと後ずさる。
それを承知していた悪魔は、すぐさま獣人たちを操ってルーンの邪魔をしようとした。唯一の敗因は、彼女のスピードを侮っていた、という事だろう。
彼女はそれらの魔法が届く前に、姿を消していた。
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