第39話 安らぎと闇
「ねえ、枕投げしない?」
急に予想外すぎる要望をするハロに、皆混乱してしまう。
「嫌……かしら……?」
本当に悲しそうに言うので、アリスは反射的に言う。
「嫌じゃないわ! やりましょう!」
すると、彼女はパッと顔を上げ、本当に嬉しそうな顔をした。
「やった‼ 私、知ってはいるけど、したことないのよ。楽しいのよね?」
はしゃぐ彼女に、歴史の闇を見てしまったアリス達は、それでも彼女のために笑顔を作った。
きゃーという声が響き、どっすんどっすんと屋敷の中に普段聞かないであろう賑やかで幸せそうな声が響く。
「楽しいわね‼」
本当に楽しそうにはしゃぎまわるハロを見て、皆で人は外見によらないな、と思った。それほど彼女の最初の印象は儚く、透明感があった。だが、考えてみれば彼女も人間。一人で生きていけるはずもなかった。
彼女の寂しさを埋めてくれる世界を探そうと、アリス達は新しい夢を描いた。
「ありがとね。楽しかったわ」
目を細めて肩で息をするように興奮しながら言う彼女に、皆は少し笑った。
幸福な気配をそこら中にばらまく彼女が町で独りぼっちになっているとは想像がつかない。彼女が一人になったということは、他の魔術師はもっと悲惨なことになっているのだろう。
「また絶対遊びにきてね!」
そう言う彼女に力強く頷いて答え、アリス達は他の場所へと魔法で飛んだ。
「いくつ回ったでしょうね……」
いくつも回り、同じように説得を繰り返すルーン達はかなり体力魔力ともに消耗していた。もちろん説得できなかった者も一定数いて、その人たちは魔法で縛って、移動魔法を使うと同時に縄を解いた。
「そろそろ当たればいいんだけど……」
「アリス、油断するなよ。まだ強いやつがいるってことだからな」
その忠告を聞いてアリスが気を引き締めるのと、凄まじい魔力がぶつかってくるのが同時だった。咄嗟にルビーが水の魔法で火を打ち消した。
「アリス!」
呼びかけに応じて、アリスは空に手をかざす。途端に、大量の雨が降ってきて、飛び去った火も、また向かってきた火も消してしまった。
「何だと⁉」
アリスの桁違いな実力を見せつけられ固まる魔術師たちをすかさずノエルが闇魔法の陰で縛り上げた。
「さあて、今回は当たりっぽいわね」
ルーンが少し疲れたように言うと、皆の視線が集まる。
「この子たち、結構強いわよ。今は隙をつけたから大丈夫だったものの、全属性使えるような匂いがするわ」
そう言うと、魔術師たちはぎくりと動く。どうやら本当のようだった。
「ノエルも分かったの?」
普段は普通の紐で括るのにわざわざ影で縛った彼に聞くと、彼は、ただの反射ですよ、と言ってくすぐったそうに笑っていた。
「ここに、王がいるわね? どこなの? 言わないと……」
「やめろ! 私が王だ!」
隣に青い顔をした農民を引き連れ、というよりその農民の制止を振り払うようにして、少年が飛び出してきた。
「あなたが王?」
そういう言葉はよく浴びせられるのか、王の顔に青筋が走る。
「若いからといって馬鹿にするなよ魔法使い。私はれっきとした王であるぞ」
そう言って胸を張る少年の肩にはどれほど重いものが積まれているのか、想像すらできなかった。
「王よ、私たちの話を聞いてくれませんか?」
「この者たちをこれ以上いじめないと約束すれば聞いてやろう」
それを聞き、襲い掛かってきた農民たちの目に涙が浮かぶ。
「王さま……」
これじゃ私たちが悪役のようだな、とため息を深々とついて、ルーンが答える。
「分かったわ。でも、その人たちが攻撃して来たら正当防衛として魔法を使うわよ」
「それで構わない」
王は威厳たっぷりに言って、執事と思しき人がもってきた椅子に座った。
「そなたたちは何を望むんだ。私たちから土地を奪っておいて、それ以上何を望む?」
「私たちは、私たちの大事な人たちと一緒に和やかに暮らしていくことが一番の望みです。土地は余っているので、それを皆様に使っていただければと思うのですが」
「今更なんだ‼」
いきなり怒りをあらわにしてタレ眼をきつく鋭くさせて睨みつける王に、ルーン以外が怯む。
「私の親は、お前らが追い詰めた洞窟の中でかかってしまう病気に命を奪われたんだぞ⁉」
「あなたは、それを私たちのせいだと本当に思っているのですか?」
王の青い眼をじっくりと見て言うルーンに、王は自身の短い金髪を掴んで苦しむように掻きむしった。
「そうに決まっているじゃないか! 他に誰のせいだと思うんだ!」
「私たちは別に強制していません。それに、地上だって今こんなに余っている」
そうして、切り込んだ。
「地下にとどまったのは、ご両親の意思では?」
「お前ら、絶対に許さんぞ……」
王が殺気をあらわににらみつけるが、ルーンは一切ひるまなかった。
「お前は早く大人になるべきだ。国民のために」
「うるさいうるさい! おい魔術師! こいつらを殺せ!」
ヒステリックに叫ぶ王に従い、魔術師たちが相手は格上と分かっていながら健気に立ち向かってきた。
「駄々をこねるのをやめないか‼」
凄まじい怒号と共に、ルーンの魔力が吹き荒れる。それにあてられ、相手の魔術師は動けなくなり、王は泣きそうに顔を歪ませた。
「その時に君がやるべきことは私たちを消すことではなく、私たちと交渉することだったんだ!」
「そんなこと分かったさ! でも……」
王は下を向いて涙を流す。
「僕は魔法使い達の伝説を沢山聞いていたんだ……いつでも悪者として登場していた……君たちを倒すヒーローになってみたくなったんだよ。親の仇ってものがいた方が都合が良かったんだ、それに」
王は真っ直ぐに、純情な目でルーン達を見つめた。
「君たちが一切悪くない、ということはないだろう。昔を振り返らず、私たちを顧みなかったのは君たちの落ち度だ」
「私はな、農民と呼ばれる人に何人か友達がいるんだ」
そう言うと、王がバッと顔を上げた。
「その人らは故郷にとどまりたいと言っていた。もう地下が自分たちの居場所だと、そう言っていた」
さらに切り込む。
「お前が農民たちに情報を伝えずに、魔術師だけに情報を伝えたのは何故だ? お前も薄々気づいてはいるんじゃないか?」
「それは……」
悔しそうに唇を血が出るほどに噛む。
「農民たちの意見、ちゃんと聞いているのか? お前は王なんだろ?」
その言葉に止めを刺されたように、王は膝から崩れ落ちた。
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