第38話 彼女の慈悲

 ルーンは移動魔法を使い、皆の姿は一番魔力が溜まっている場所へと飛び立った。


「ここじゃないようだな……」

 挑んできた魔術師を蹴散らし、ルーンが言うと、皆が頷く。かなり弱い人たちが守る土地だった。


「じゃあ、説得してみようかしらね。もう直接農民たちを説得した方が早い気がしてきたわ。王が説得できたからと言って、この状態では王を無視して皆で私たちに攻撃をしかけかねないわ」

 そう言うと同時食らいに気絶していた農民が起き始める。


「お前たち魔法使いだろ! 何でこんなところにいるんだ⁉」


「私が魔術も使えるから、でしょうね」

 ルーンが何でもないことのようにさらっと言うと、農民たちは口を開けて驚いていた。


「あなたたち、魔法使い達は恐らくあなたたちを貶めたりしないわ。土地が欲しいというのであれば、余った土地をあなたたちが使うことに、何の違和感も無いの。大人しく引いてくれないかしら?」


「魔法使いの虚言に付き合うな! そんなわけあるはずないだろ!」

 一番年上でリーダーと推測できる農民がそういうと、皆は迷うような表情を見せた。


「あーもう‼ 面倒くさい!」

 かなり気の短いルーンがついにキレた。


「私の家にいくわよ‼」

 ルーンが移動魔法を使って農民ごと自分の家に帰る。ほら、といって農民の拘束を解き、手に家の鍵を渡した。


「お好きにどうぞ!」

 半ギレ状態のルーンの迫力に押されて、農民たちは顔を合わせる。

 鍵を鍵穴に差し込み、回すとあっけないほど簡単に扉が開いた。


「なっ⁉」

 信じられない、というような顔をするリーダーに、ルーンは言う。


「いつでも使えばいいじゃない。あと三人くらいは暮らせるでしょう。それに、前の土地も余ってるの。使っていいのよ。あなたたちと勝ち負けを決めるんじゃなくて、対等になりたいのよ」


「でも……魔法使いと魔術師では魔術師が大幅に劣る。満足に働くこともできないんだぞ?」


「仕事は魔法で出来ることだけじゃないの。あなた達だって得意分野を見つければ、その分野では私たちより強くなることが出来るじゃない。

 魔法の強さだけで決まる順位なんてナンセンスだわ」

 ルーンの言葉に気圧され、農民たちは真剣な顔で彼女を見つめた。

 そして敵意が無いことを見て取ったのだろう。皆、構えていた武器を下した。


「すみませんでした。おっしゃる通りです」

 戦う気のなくなった人たちに、アリスは優しく頭突きをして甘えた。


「私たちには魔法使いの主人が必要なんです。お願いします。王の居場所を教えてください」

 途端にふにゃりと顔を崩した農民も王の居場所は知らないようだった。



 流石に疲れ切った皆は宿を探す。


「あそこなんてどうかしら」

 アリスが指した先には誰も住んでいないであろう家があった。


「敵はここにいないようだし、じきに夜になる。ちょうどいいな。アリス、良い子だ」

 撫でてもらうととても嬉しそうに尻尾をちょいちょいと動かす。


 中に入ると、かなり煌びやかな調度品が並んでいた。

「ここ、誰か住んでいるのかしら……」

 途端に不安になってしまうアリスを宥めて、ルーンは虫を使って屋敷内の安全を確かめる。


「うん、誰もいないわね。入っちゃいましょう」

 ぎいとしばらく手入れされていなそうな扉を開け、ルーンはすたすたと奥へ入り込んだ。そこにはいくつもの部屋が並んでいて、広々と使えるようになっていた。


「贅沢な造りなのに中は宿のようなところね」


「ここではかなりの人数が住んでいたんだ。魔法使いが捨てた屋敷だよ」

 いきなり声が聞こえて、皆は警戒の色を浮かべる。


「ああ、敵ではないから安心してよ。農民ではあるけどね」

 そう言いながら暗闇を抜けて出てくる人物。

 腰まで伸びた黒髪は一本に無造作にくくられていて、黒眼は知識深そうに油断なくこちらを見ていた。

 背はルーンと同じように女性にしては高い程度の背、だがピンと伸びたその背はとても高く、美しく見えた。


「すみません。今日泊まる宿を探していて。こちらで泊まらせてはいただけませんか?」

 ミシェルが慎重に交渉すると、女性はあっけなく了承した。


「ちょうど一人じゃつまらなくなってきたところだよ」

 そう言うと、館内の火の照明が一度についた。アリス達が驚いていると、女性は少し嬉しそうに言った。


「私は魔術師なんだ。それと、魔法使いの血を譲り受けている。それらを使ってここに一人で暮らしているのさ」

 戦争なんてまっぴらだからね、と言う彼女に、アリスが質問をしようとするが、その口が開く前に彼女が喋り出した。


「私はハロ。この館の女主人さ。魔術師は今まで全く見向きもされなかった。むしろ冷遇されていたんだ。魔法使いに近い存在だからね。

 だが、今回の戦争で駆り出されたのは主に魔術師。私にも命令が下ったが、そんなの今更何さ、って感じだったし、断ったんだよ」


 あなたたちは? と見つめてくるハロに、アリス達は自己紹介をして、事情を話した。


「ふーん、今はそんな状態になっているのか……命令に従わなくて本当に良かった」

 あっけらかんと言って、ハロはのんびりと続ける。


「どこの部屋でも使ってくれ。その代わり、寝るまで私の話相手をしてくれないか?

 一人じゃ本当にどうにかなりそうだったし、ちょうどいい」


「じゃあまず、あなたは何で王の命令に従わなくて済んでいるの?」


「皆は多分農民側からも外されるのを怖がっているんじゃないかしら。今回で活躍すればもしかすると農民たちから良い評価を受ける、と思っているんじゃない?

 私が思うには、それは無いと思うのよね。だって、魔術師が力を拡大させちゃ大多数の農民たちは、今までと同じに力を持っている者が頂点にたつ、ということにさせないよう、魔術師の魔力すら吸い取るつもりじゃないか、とまで思えるのよ」


 なるほど……とミシェルが顎に手を当てて考えていると、ハロは楽しそうに言った。


「しっかし、まさか獣人が旅をして王を見つけようとする、というのは予想外ね。人間にしか視点を当てられなかった彼らのミスね」

 少し楽しそうに言うハロに、皆は同意をする。


「獣人を侮った事、後悔させてやるわよ」

 ははは、と笑ってハロは言う。


「私はどちらに傾くつもりもない、中立に立とうと思っているの。だから私は宿を貸すことしかできないけど、それでいいかしら?」


「十分助かります」

 そうアリスが即答すると、ハロはまた笑ったが、少しの罪悪感が目に映っていた。

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