第37話 暗い瞳

「アリス! アリス! 起きろ!」

 ミシェルの声でアリスは意識を取り戻す。


「ここは……」

 目の前に広がるのは広い洞窟の枝分かれした道のみ。光が届かないそこはアリスたちにとって恐怖ではないものの、どこかの洞窟に閉じ込められた、という感情はアリス達を蝕んだ。


「私があんな無茶をしたから……」

 分かりやすく落ち込むアリスの背をミシェルが勢いよく叩く。


「ふぎゃ⁉」

 アリスが悲鳴を上げると、わんわんと響くその声にミシェルとルビーが笑う。それにつられて少し笑うと、彼らはアリスを愛おしそうに眺めた。


「まあ、仕方ないさ。止めきれなかった俺も悪い。それに、あれ以外の打開策が浮かばなかったということもあるし、お前だけのせいじゃないさ、アリス」

 そう言うミシェルは本気でそう思ってくれていて、苛立たしそうにしっぽを振っていた。


「これからどうしよう……」

 アリスが呟くと、ルビーが落ち着かせにかかる。


「大丈夫よ。皆に私の水をつけておいたから、辿れるわ」

 飛べるルビーが皆に付いてきたのはこのためなのか、と分かり、アリスはルビーに抱き着いた。


「ありがとう」

 ルビーは照れ臭そうに、顔を背けた。


「こっちよ」

 ルビーを先頭に歩いていくと、黒い塊がアリス達に巻き付いた。


「悪魔⁉」

 蛇のような形をしたそれに、アリスはいち早く反応する。


「火よ」

 彼女が呟くと、狭い洞窟内に火が広がる。それに反応することなく悪魔たちは身を焼きながら突進してきた。


「はあ⁉」

 驚愕の声を上げて固まるアリスの前にミシェルが水を流し込む。


「アリス! 落ち着け! お前はあいつらと違うこと、俺らは分かってるから!」

 その声を聞いてやっと硬直の解けたアリスは氷を悪魔たちの身体に巻き付かせる。背景と同化した悪魔達が動かなくなると、アリスたちはやっと息をついた。


「早く先に進みましょう」

 そう言っててちてち歩き出したルビーの前に、また影が降り立つ。


「なんなのよ‼」

 アリスが咄嗟に氷を張り巡らせるが、その悪魔は口から炎を振りまいて溶かしてしまう。


「ぎゃ!」

 羽先を焼かれたルビーが悲鳴を上げると、アリスの目が冷たく冷えていった。


「あなたたち、しつこい」

 その声と共に無言の攻撃が悪魔たちに襲い掛かった。それは氷の剣で、悪魔たちはあっけなく串刺しにされた。あまりにもひどい光景に、ミシェルですら絶句した。


「アリス……?」

 深く息をつくアリスに声を掛けるが、アリスはかなり影が強くなっていった。


「アリス‼」

 魔力を込めてアリスに叫び掛けると、彼女の影が飛び散った。


「ミシェル……」

 泣きそうな顔になっているアリスを、ミシェルはもふりと抱きしめた。ルビーもおっかなびっくり暗闇の中を飛び、アリスに抱き着く。


「大丈夫、大丈夫だから」

 アリスの硬さが治ったのを感じ取り、ミシェル達はアリスから離れる。


「ありがとう……」


「ここ、おかしくないか? なぜこんなに悪魔がいる?」

 ミシェルが聞くと、アリスはどもりながら説明する。


「ここは裏の世界と通じているようだわ……今までこんなところ、見たことが無い……なんでかしら……ここではかなり攻撃的になってしまう気がする」

 アリスの悪魔性が裏に引きずられているということを悟ったミシェルは、洞窟を早めに出た方が良い、との結論に及んだ。


「みんなと合流するにしてもこんなところに長時間いたんじゃやられてしまうからな」

 しかし、と続ける。

「なんでここはそんなに悪魔との距離が近いんだ……」

 アリスはびくりと肩を震わせた。


「どうした?」

 いつになく弱気な姿に、ミシェルは嫌な予感がして、尋ねる。アリスはしばらくためらっていたが、ミシェルに返事をゆっくり待たれ、重い口を開ける。


「この洞窟と裏の世界を繋げるための魔法に、リリィとイルマの気配を感じるの」


「イルマって誰?」

 そうルビーが聞くと、頭が真っ白になったように放心するミシェルの姿が目に入り、動揺する。


「ミシェルの主人よ」

 そう言うと、口を閉ざしてしまうアリスに、ルビーは二の句が継げぬようになった。


「これが狙いなのか……? 悪魔の世界と人間の世界を繋げるために魔法の種を作らせ、魔法使い達から力を奪い取ったのか? でも何故……?」

 ミシェルがようやく口に出した言葉は、空しく宙に消えた。



 それからかなり静かになってしまったアリスとミシェルと共にルビーは外の光を感じ取った。やっと出られる! とはしゃいだのもつかの間、そこは蝙蝠たちが占拠していた。


「主人の命令だ。お前らはここにいてもらう」

 そう意味の分からないことを言うと、一斉に火の玉で攻撃を仕掛けてきた。その蝙蝠たちからルイの気配を察知したアリスは、容赦なく風の魔法で彼らの魔法を彼ら自身の方へ舞い戻らせた。


「ぎゃあああ!」

 絶叫して飛び回る蝙蝠たちに目もくれず、アリスはすたすたと表に歩いて行った。


「どうしたの? 行きましょう?」

 暗い眼でそう言われ、ミシェルとルビーは何も言えず、外へと出た。

 そこにはルーン達が立っていた。彼女達は移動魔法で洞窟を抜け出したらしい。彼女達にミシェルが今見たことを報告すると、ルーンはアリスの前にしゃがみこんだ。


「よく皆を守ってくれたわ。ありがとう」

 そう言うと、アリスはまたくしゃっと泣きそうな顔になった。


「何が起こっているのかいまいち分からないけど、とりあえず王を見つけましょうかね。もうルイは見つからないでしょう? アリス?」

 先ほどからルイを辿ろうと力を込めていたアリスを見て言うと、彼女は残念そうに頷いた。


「全然見えなくなっちゃったわ……」

 まあいいじゃない、と言って、ルーンは移動魔法を紡ぎだす。


「どうせ最後には彼のところに戻ってくることになりそうだし、ね」

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