第44話 信じるべきものは
「それじゃあ本領発揮といきますか」
その声に真っ先に振り向いたのはミシェルだった。
「……イルマ?」
その声の弱弱しさに、彼がどれほどの気持ちを隠していたのかが見えた。緑の目から涙を流して、イルマがミシェルに突進する。
「ミシェルゥゥ‼」
跳ね飛ばされる勢いで抱きつけられたミシェルが何とか耐えると、イルマは足を地面から浮かしたまま、ミシェルにすりすりと顔を擦り付ける。
「もーー‼ 何やら変な気配察知したと思ったら変な洞窟に飛んでるし、その上に魔力を吸い取られて大変だったんだよーー!」
泣きつくイルマにミシェルは優しい笑みを浮かべる。
「遅れて悪かったよ。でも間に合っただろ?」
余裕のある表情を浮かべるミシェルに、皆は、やっぱり母親だよな、と言葉を交わす。
「お前たち……?」
迫力のある重低音が聞こえ、皆が一斉にわーっと逃げ出す。それを追いかけるミシェルも、とても楽しそうだった。
「それじゃあ本題に戻るか」
ミシェルが場を締めると、皆は真剣な顔に戻った。
「多くの魔法使いを農民の王が解放し始めている、ということで合ってるか?」
「うん! 王様に魔力も戻してもらったの! 見て!」
そう言うと、イルマは魔法の種をくるくると周りを回してみせた。
「その上、裏と表を繋いだ場所もある程度王が把握してたみたいで、魔法使いが続々とそこに向かってるから、私たちが指示されたところを片付ければ大丈夫みたいだよ?」
リリィが言うと、ルーンはやっと肩の力を少し抜いた。
「そうか……なら安心だな」
リリィはその言葉を聞いて、不穏分子を口に出す。
「でもね、ここにいる悪魔はかなり強いみたいだから気をつけろって言われたの。皆、特にアリス、油断は絶対しちゃだめだからね」
名指しで言われたアリスが複雑な顔をしているのを横目に、皆は勢いよく返事をして、繋がりの場所に向かった。
「何なのこれ……」
向かった先にあったのは、どろどろに溶け切った悪魔の死骸が転がっていた。
「何って……悪魔は皆殺すものでしょう? 悪者なんだからさ」
そう言ってその溶けた悪魔を踏みつけにしているのは、いつしか助けた獣人のミリーだった。彼女は闇の魔法で次々に毒を生み出し、悪魔へと楽しそうに振りかけている。
「ねえアリス? これで私、人間と仲良くできるかな?」
楽しそうに、本当に楽しそうにそう言う彼女は、まるで悪魔のような表情をしていた。
「何であなたがこんなところにいるの?」
最後に彼女に会ったのが森の中。今いる場所はそこからはるかに遠い場所だった。移動魔法でもなければ届かない距離だと分かっていたアリス達は、それを誰がやったのか知っている。彼女の主人だ。
「やあ、君たちがミリーを助けてくれたんだね。どうもありがとう」
優しい表情を張り付け、死骸を踏みつけながらやってくる彼女に、アリス達は警戒心をあらわにする。
「どうしたの? 何でそんなにみんな私を仲間外れにするのかなぁ……」
涙を目に浮かべる彼女の表情はどこまでも純真無垢で、汚れを知らないようだったが、その顔には悪魔の血がべっとりと付いており、台無しになっていた。
「そこまでやる必要はないんじゃないかしら……」
ルーンが言うと、彼女たちは驚いた顔を見せる。
「だって、敵は徹底的に懲らしめないと、後で痛い目を見るわよ?」
同じことの繰り返しで全く会話になっていないことなど目にも入らない彼女たちは、さらに殺戮を繰り返そうとする。杖を振り上げたその手を皆は反射的に掴んだ。
「何するの?」
殺気すらも向けてきたミリーの主人を、リリィは強い目で見つめる。
「魔法使いってこういうものじゃない。あなたの町ではどうだったか知らないけど、相対するもの達には殺意を、というのが魔法使いなんじゃないの?」
平然とそう言って見せる彼女に、リリィは顔を背ける。
「リリィ?」
不安そうな顔で見つめるアリスに、リリィは何も返さなかった。
「確かにそういう人もいるな」
なんともない事のように言うルーンに、皆の視線が集まる。
「人それぞれだろ。隣に住んでいる奴だって、どういう人なんだかなんてわかったもんじゃない。敵だの味方だの簡単に分かったら世話ないんだよ」
ここはそういう場所だ、と言ったルーンに、アリスは疑問をぶつける。
「魔法使いって、何が望みなの?」
「そりゃ、常に上位にいることだろう」
「それならなんで……魔術師に家を明け渡したりしたの?」
ルーンはにやりと笑いながら、歪んだ口を開く。
「彼らに渡したのは魔法の鍵さ。私の魔力でないと家には入れないだろうよ」
リリィがアリスの傍らで攻撃の体勢を取る。
「アリス、気をつけて。魔法使いを信じちゃダメなのよ」
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