第45話 悪魔の本質

 そう言った瞬間に、アリスの鳩尾にルーンの拳が入る。

「ぐっ」

 咄嗟に後ろに飛んで威力を弱めるが、彼女はアリスを追って前進してきた。その間にリリィが入り込む。


「火よ」

 唱えた呪文と共に、リリィの純粋できれいな火がルーンに近付く。


「水よ」

 全く力を込めずに気だるげにつぶやかれたその呪文で、大きな水が出現する。


「火と水って一番分かりやすいわよね。私は水が得意であなたは火が得意。魔法使いらしいものはみんな水を使うの。そして、純粋なものは火を得意とする。あなた達みたいにね」

 でもアリスは何でも強力な魔法が使えるのよね、チートだわ、と言って、憎々し気にアリスを睥睨する。


「なんで……」


「今回のいざこざは私が仕組んだんだってことよ。ルイを利用させてもらってね。今回の目的は、悪魔の根絶。裏の世界も私たちがもらっちゃおう、ってわけ。良い案でしょ?」


 そう言って、彼女は人間らしく笑ってみせた。


「人間って増えすぎなのよ。だから、もう少し世界を広くしてみようかな、って思ったの」


 ルーンはリリィを粘着質な目で嬉しそうに見る。


「リリィ、良くアリスを使い魔にしてくれたわね。彼女が敵だったとしたらもっと大変な事態になってたはずだから。助かったわ」

 アリスはリリィを見ることすらしなかった。リリィも口を開かない。


 あら? と言って、ルーンは意地悪そうに笑う。

「あまりの事態に言葉も出ないのかしら?」


「いいえ、違いますよ」

 アリスが邪悪な笑みを浮かべると、流石にルーンは怯んだ。


「リリィ! 彼女を契約にのっとって支配しなさい!」

 余裕のない表情で言うと、リリィの暗い顔が少し晴れる。


「何してるの⁉ 早く!」


「師匠様、申し訳ありませんが、何か勘違いをしていませんか?」

 リリィの言葉に潜む大きな苛立ち、信じられない、という表情で見つめるルーン。その彼女に、止めを刺す。


「彼女と私、そんな主従契約なんてしていませんよ? 彼女は、私の家族なので」

 それを聞いたルーンの顔は真っ青になり、彼女は早口でリリィへの罵倒をする。


「あなたそれでも魔法使いなの⁉ 何でも欲しいものは手に入れる。それが魔法使いの本能だって、あれだけ叩き込まれたのに!」


「そうですね。ですから」

 リリィはアリスを幸せそうに見つめて言う。


「私は一番の願い、アリスと家族になる、という願いを叶えました。それに、私は悪魔が嫌いではないのです。今の暮らしに満足しています。ですから」

 彼女は真っ直ぐにかつての師を見て、言った。


「私とアリスはあなたには付いていきません。悪魔とも仲良くなる、それが私の望みなので」


「はああ⁉ ばっかじゃないの⁉」

 ルーンの叫びが響き渡る。


「悪魔と友達に、何て良くも言えたわね! 私は悪魔に両親を殺された! そういう人は山ほどいるはずよ! だからこそ、皆私の意見に賛同し、魔力を提供してくれた! あなただってそうだったじゃない! なぜ今になって心変わりなんてするのよ!」

 ルーンが叫ぶとその隙をついて、悪魔が彼女との距離を詰めてきた。


「きゃあ⁉」

 完全にアリス達に気を取られていた彼女は杖をはじき飛ばされてしまった。杖を触ったことで水膨れになった手を恨めし気に見て、悪魔は牙を剝き出して彼女に迫った。

 そこに、アリスが横から呪文を唱える。


「木よ」

 それと共に植物が地面から湧きだし、ルーンに近付いていた悪魔を拘束した。


「何やってるのよ! こいつは私を殺そうとしたのよ⁉ さっさと殺しなさいよ!」

 泣き顔になりながら言う彼女を見て、アリスはとても悲しい顔で呟く。


「悪魔は召喚しなければ表に出てこられません」

 ルーンは歯をぎりぎりと噛みしめる。


「人間が、悪魔を生み出しているんですよ。それを全て倒しきるなんて、出来るはずもありません。

 人間の人を羨んだり殺そうとしたりする闇は消しようがないのです。

 それを請け負ってくれているのが裏の世界。

 あなた達が入り込もうとしても、あっという間に闇に呑まれて終わりです」


「じゃあ何でリリィは大丈夫だったのよ!」

 悲鳴のように叫び散らし、青の髪を振り乱すルーンに、アリスはこの世界の仕組みを話す。


「彼女は決して闇に呑まれなかった。闇の感情はあれど、それを押し込めてみせた。だから彼女は無事だったんですよ」

 驚愕の表情で固まるルーンに、ミシェルが声をかける。


「ルーンさん、今なら間に合うかもしれません。各地に散らばったであろう魔法使い達を説得して、止めてください。悪魔を倒しきるなんて不可能だということを。

 そうでないと、魔法使い達の負の感情に摘発され、悪魔は力をため込み、さらに新たな悪魔を増やしかねない!」


「どうしてあなたは平常心を保っていられるの?」

 もはや亡霊のようにじっとりと俯く彼女に問われた彼は、その質問に答える。


「アリスから聞いていたためですよ。表の世界に裏の世界は必要で、裏の世界に表の世界は必要なんです」

 それをなんで話してくれなかったの? とばかりに見つめてくる彼女を真っ直ぐ見つめてアリスは口を開く。


「悪魔についての知識なんて、知らない方が良いのです。悪魔が忘れられれば悪魔は力を失っていき、どんどんと裏の世界は綺麗になっていきます。あなたが行ったことはそれと真逆の事。悪魔の力を強めるだけで終わるでしょう」

 アリスはルーンの襟首を掴んで、命がけで説得する。


「早く‼ 死者が出ないうちに収束させないと、とんでもないことになります!」

 アリスの叫びは彼女に届かなかったようで、彼女はひたすらに、無理よ、と繰り返す。


「無理ってどういう事なんですか!」


「魔法使い達は私の事をもう見ていないのよ! それぞれ悪魔から土地を奪い去る事しか考えてないの。事情を話したからといって、それを信じて従う段階はもうとっくに過ぎているの」

 私たち、魔法使い、いえ、人間の負けね、と言って、彼女は狂ったように笑いだす。


「ちくしょう!」

 ミシェルは彼女を見切って、アリス達に向き直った。


「リリィ‼ この騒ぎが起こっている繋ぎ場所のところに移動魔法で飛べるか⁉」


「飛べるけど、途中で魔力が切れるわね……それでもまあ、出来るところまでやってみましょう」

 そう言ったリリィは、顔を引き締める。ミシェルも皆も覚悟を決めた顔をしていた。


「それじゃあ、精一杯あがくとしますか」


 ミシェルの笑顔につられて、皆で笑ってみせる。地獄の日々の幕開けだった。

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