第46話 戦争と絶望

「ここもダメか……」

 そう言ったリリィの悲痛な言葉は皆の気持ちを代行していた。


 どこへ飛んでも広がるのは魔法使いや魔術師たちの死骸が散らばる戦の跡だった。最初は目を背けたり吐き気を催していた彼女たちは、いつの間にやら慣れきっていた。


「死んでいない人がいるか確かめます」

 そう言っていつもの処置を始めるのはアリスとルビーだった。他のみんなはかなり不器用だったため、魔法を使う治療を請け負っていた。


 無言で治療を進める彼女たちの後ろから、魂を抜かれたようなルーンが何故か付いて来ていた。彼女は治療を受ける彼らを見て、少しも表情を変えなかった。自分が起こしたことの影響をまじまじと見ていた。


「ねえ! ルーンも手伝いなさいよ!」

 アリスが何度でも呼び掛けるが、それに一切の興味を示さなかった。


 もういい加減諦めた方が彼女のためだと思うのだが、余裕がなさすぎる今の状況からすると、彼女の助けがあるとないとではかなり差があることに変わりはなかったので皆はアリスを止めなかった。



 どんどんと移動魔法を使って進んでいくが、どんどんリリィの息が上がっていった。


「リリィ……そろそろやめましょうか?」

 アリスが何度聞いてもリリィは首を横に振り、口を開くのもおっくうとばかりに下を向いて荒い息を繰り返していた。

 あまりに顔色が真っ白になったリリィを見て、ノエルがストップをかける。


「これ以上は彼女の身が危ない。ここから先は歩きでいこう」

 その言葉に同意した皆に、リリィが不満を言おうとするが、皆の迫力に気圧されて言葉が出なくなっていた。


「リリィ、あなたは良くやったわよ。後は任せて」

 そうアリスが言うと同時に、リリィは膝をついて、疲労の色を露わにした。


「大丈夫⁉」

 アリスが肩をかすと、リリィは少し笑って、大丈夫、と言ってみせるが、どこからどう見ても大丈夫ではなかった。アリス達の疲労もかなりのものになっていて、彼女を抱えながら歩ける獣人はいなかった。


「諦めるもんですか」

 アリスが言って、皆に提案をする。


「私はこのまま先に進むわ。ノエルは彼女についていて。ミシェルとルビーは私に付いてきてくれるかしら?」

 もちろん、と言う皆に支えられ、アリスはとても嬉しそうに頬を緩めた。


「そんなの無茶に決まってるじゃない」

 いきなり口を挟んだルーンに皆が驚きつつ、彼女を冷たい目で注目する。


「私が移動魔法を使うわよ」

 協力的になった彼女に警戒をあらわにする皆に、ルーンは乾いた笑みを浮かべる。


「なんで今更協力を?」


「自分のしたことですもの。けじめをつけようと思うのが当然でしょう」


「もっと早くにそれに気づいて欲しかったけどな」

 遠慮ゼロで言うノエルに、皆が同意する。


「まあ、本当に今更よね。私が起こしたことは一生抱えなくてはいけないこと。それがやっとわかったのよ。力を貸してくれないかしら」

 そう言って頭を下げる彼女に、アリス達は目を見合わせた。


「……まあ、分かったわよ」

 アリスが代表で答えると、ルーンは少し灯りを瞳に宿らせて礼を言った。



 彼女の限界が来るのも半分くらい回れたところだった。

「やっぱり全部は無理ね……」

 髪を無造作に流し、彼女が言うと、アリス達が膝から崩れ落ちた。もう立ち上がれないほどに消耗した彼女らを見て、ルーンはある提案をする。


「ねえ、あなたたちもう無理よ。この状況を打破する別の方法があるんだけど、聞く?」

 アリス達は遠慮なく疑問の目を彼女に向ける。


「私が人柱になれば、アリスは全部の穴を塞げるでしょう」


「そんなの絶対しないから!」

 彼女がたけり狂うと、ルーンは笑って言った。


「私一人の命と、数百名の命、どっちが大切だと思ってるのよ。数百人に決まってるじゃない。さっさとやりましょう」


「師匠がやるくらいであれば、私がやります」

 予想外すぎる展開にルーンが絶句する。


「何を言っているのよ。私が悪いんだから、私がけじめをつけるわよ」


「師匠のそういう所が、私は本当に嫌いです」

 そして真っ直ぐにルーンを言葉で突き刺す。


「自分のしたことから目を逸らさないでください。確かにあなたが人柱になれば全ての穴は塞がるかもしれませんが、それで亡くなった人たちを蘇らせることが出来るわけではないのですよ」

 その言葉を聞いて冷や水を掛けられたような顔になった彼女は表情をまた無にさせる。


「でも、それ以外ないじゃない。今の状況を変えるなんて……」


「アリスさーん‼」

 聞き覚えのある声が聞こえ、アリス達は振り向く。


「ニコ‼」

 彼女は走ってきた勢いそのままにアリスに抱き着いた。一緒に倒れるアリスが悲鳴を上げると、ニコはけらけらと笑って答える。


「こうするの夢だったのよね!」

 ニコが言って立ち上がり、アリスに手を差し出す。アリスが笑いながら手を握ると、引き起こされた。


「あなたたち、移動魔法を使える人物の魔力が足りない、って言ってたわよね」

 そう言った彼女はポシェットに手を突っ込んでガサガサと何かを探していた。


「これを使えばどう?」

 取り出したのは、皆の魔力を吸い取った例の道具だった。


「これ……何で……」


「皆に状況を話したら貸してくれたのよ」

 これがあればできる? と不安そうに眼で訴えてくるニコに、アリス達は笑顔を返す。


「みんなの力で悪魔たちを元の世界に帰してあげましょう」


 ニコはとてもいい笑顔になった。

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