第43話 アリスの出自
「支配を抜けたと言って、俺の魔力を凌駕できるわけでもあるまい!」
悪魔はすぐに調子を取り戻し、攻撃を仕掛けてくる。悪魔でもなければ使えないほどの大きな火の玉をルーン達に向ける悪魔をまるきり無視するように、ルーンは冷めた声で言う。
「アリス」
その声と共に、特大のシャワーが降り注ぎ、悪魔の火の玉は消し止められてしまった。
「なっ⁉」
余りにもあんまりなその結末に、悪魔が必死に言葉を重ねる。
「俺は悪魔の王だぞ⁉ 人間と仲良くするような軟弱ものに負けるはずがない‼」
「人間と仲良くするものが、軟弱もの、ですって?」
アリスがゆらりと悪魔の王に近寄ると、彼は悲鳴を嚙み潰しながら身を引いた。
「私を倒してから言ってみなさいよ」
アリスから立ち上る魔力の大きさを呆然と見ることしかできない悪魔の王に、さすがに可愛そうだとルーンが助太刀をする。いや、止めを刺す、というべきか。
「アリスは、元悪魔の王の娘なんだよ」
最強と言われた悪魔の王、ノームの娘、それがアリスだった。だが、アリスはそれを嫌がり、常に人間と仲良くなることを望んでいた。ノームは人間寄りのアリスを見捨て、人間界に行くことを許可した。それらの事情を悲運な悪魔に告げると、瞬時に悪魔は敵意を消し去った。
「ノーム様の娘……最恐のアリス……」
「その名前、まだ伝わっているの?」
嫌になるわ、と無造作に言うアリスに、悪魔は今度こそ悲鳴を上げる。
「なぜあなたほどの実力がありながら、非力な人間ごときに飼われているのです⁉」
「飼われているんじゃないわよ」
アリスは、にやりと笑う。悪魔の王より凄惨に、年季の入った笑みを浮かべる。
「飼わせてやってるんじゃない、この私を」
そう言って、一気に悪魔の王を消し飛ばした。
「裏の世界に返すだけで済ませてやったんだから、感謝しなさいよ」
そう言ったアリスは、皆の方を向く。
「みんな、怪我はない?」
ミシェルが返す。
「あるわけないだろう」
そうよね、と言うアリスは、いつもよりも生き生きとしていた。
「ルイは、戻ってこないのか?」
そう言うルーンの悲痛な声が響き、今回の件がハッピーエンドとは程遠いことを初めてアリス達は実感する。
「残念だけど、私でも彼だけを悪魔から引きはがすことは出来ないのよ……」
ごめんなさい、と言って、アリスは唇をかみしめる。そんなアリスをもふりと撫で、力弱くルーンが応じる。
「アリスが悪いわけじゃないのに、何故君が謝るんだ?」
笑顔すら作って見せるルーンに、アリス達の心はさらに痛んだ。
「ルーン……」
「それより!」
ルーンはそう言って勢いをつけて立ち上がる。
「他のところにある裏の世界との入り口、早くどうにかしないとな! じゃないとまた悪魔たちが侵入してくることになる」
「それが……」
アリスが言いにくそうに口を開く。
「どうした?」
ルーンが嫌な予感と共に聞くと、アリスが躊躇いつつ、言葉を発する。
「すでにかなりの数が侵入してきてるみたい。そこかしこで悪魔の気配を感じるの」
「なんだって⁉」
その言葉を待っていたかのように、天から降り注ぐようにどこからともなく悪魔の王の高笑いが響き出す。
「お前ら、俺を戻したからって油断してんじゃねぇぞ! 悪魔は山ほどいるんだ! そっちの世界に魅力を感じた悪魔はたんまりいる! 俺はここで高見の見物をさせてもらうぜ!」
笑う王を無視して、ルーンは適切な指示を飛ばしだす。
「アリス、君はミシェルと共に、裏と表とをつなぐ場所に行ってそれを塞いでくれ。私とノエルとルビーは邪魔をする悪魔を倒して二人を援護する」
いいな、とルーンが言うと、皆は頷き、アリスに続いた。
「アリス、繋がれてる場所、どこにありそうだ?」
「ここの近くだとニコの屋敷の近くですね」
「私の屋敷⁉」
情けない声を漏らしたニコに、アリスは補足する。
「ただ、そこの悪魔はかなり広範囲に散らばったようで、全てを送り返すことは不可能でしょう……」
「そうとは言い切れないわよ」
聞き覚えのある声に、アリスが後ろを振り返る。すると、白い髪がアリスに掛かった。
「アリス、心配かけたわね」
魔力を返してもらったのか、予想以上に顔色のいい彼女を、アリスは力強く抱きしめる。
「リリィ……」
涙を浮かべて抱き着く彼女に、リリィはしっかりと抱擁を返した。
「じゃあ、逆転劇といきましょうか」
リリィが言うと、ルーンが彼女の頭を軽くひっぱたいた。
「何するんですか師匠」
涙目になりながらリリィが聞くと、ルーンは、何でもない、と言ってそっぽを向いてしまった。
「この馬鹿弟子。心配させやがって」
ぼそりと呟かれた言葉にリリィはにんまりと笑いをこぼす。
「ありがとうございます。もうあんな失態は繰り返しません。全力で悪魔退治に赴かせていただきます」
そう言って敬礼をする彼女に、ルーンは言う。
「張り切りすぎて物を壊したりしないようにな」
呆れたような彼女の物言いは実は順当なもので、彼女がたまに薬草調合以外の暴力的な任務を振り分けられると、何かしらを破壊してしまうのだ。周りが見えなくなる事と、常に無防備でいることは彼女の長所でもあり、短所でもあった。
「うぐ……分かってますよ……」
だが、アリスは知っていた。彼女が力を使う時、自分のためではなく人のために使っている事。そして、その人たちが傷つけられる可能性を一%でも削ろうと、大技を繰り出してしまう事を。
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