魔法使いの使い魔ー消えた主人を探す旅ー
碧海雨優(あおみふらう)
第1話 日常の終わり
「どこに行くの?」
「今日はどこにも行かないよ」
「そう」
濡れ縁でのんびりと足をばたつかせて、主である人間と獣人の猫が日向ぼっこをしていた。
んーと猫が体全体を伸ばし、真っ白なまっすぐ伸びる長い髪が揺れる。すると主人がすっと、三つ編みの白髪を靡かせて立ち上がる。
「どこへ行くの?」
どこへも行かない、という言葉をすぐに覆した彼女に、上品さを醸し出している白猫のアリスはもう一度同じ質問を繰り返した。
「ちょっとそこまで行ってくるよ」
そういう彼女の赤い眼はどこか遠くを見ていて、少しだけアリスは不安になった。
留守番はお願いね、と言って主人のリリィが出ていくと、アリスはゆっくりと縄張りの確認に向かった。近くの柵に飛び乗り、うろうろと緑がいっぱいの家周りを散策した。よく手入れされた野菜や庭木などを見て、そろそろ野菜のスープが大量に食卓に並ぶことになるだろう、と賑やかな台所を思い出してふふ、と笑って人型に戻る。
散歩でもするか、と庭から外に出て鍵を閉めふわふわのしっぽを揺らし、ぴょこぴょこと猫型の耳と、白目の部分が黒く染まっている赤い瞳で常に周りを警戒しながら優雅な気持ちで外に出る。
最近できた手作りアクセサリーショップでも冷やかしてこようか、とぽてぽて歩き出した。
途中、なんだかよく分からない魔力の放出を感じた。
肌がざわつくようなこんな魔力を使っている者はこの街の中にはいなかったはず、と嫌な予感を押し込めながら、それを使った者にばれぬよう音を立てないように身を低くし、近づく。
その途端、まばゆい光としてしか認識できない膨大な魔力が周りにばら撒かれた。
そのそばに見知った影を見つけ、アリスは叫ぶ。
「リリィ!」
急いでそこへ向かうアリス。手を目一杯伸ばしてリリィと手を繋げそうになった直後、その姿は光と共に消えた。
「え……?」
状況を呑み込めないアリスは、その場にしゃがみこんだ。
なんでこんなことに、といくら考えても主人がまた目の前に出てくることはなかった。主人はそんなに焦った顔をしていなかった。それは良いことだ、とアリスは気持ちを無理やり切り替えた。
「夜になれば、せめて明日になれば、ご主人様は帰ってくるに決まってるわ」
そんなアリスの望みも空しく、リリィはその次の日も帰ってこなかった。
「にゃあああ……」
平和を噛みしめていた、いや、怠惰に貪っていたことを自覚して、アリスは濡れ縁に座り込み、頭を抱えた。
「どこに行ったのよ、リリィ」
半泣きになっていると、ガサガサと家の前にある森の草をかき分ける音が聞こえた。
「‼」
もしかしたらリリィかもしれない、とはしゃいでアリスは飛びついた。
「にゃ!」
鋭い痛みが走る。
「何だお前、いきなり抱き着いてくる奴があるか! 思わず引っ掻いてしまったじゃないか」
そこにはいつも優しくてそれでいて困ったような表情を浮かべている、リリィとは似ても似つかない人が立っていた。
真っ黒でつやつやの毛並みを携えた猫のミシェルが毛を逆立てていた。
「ごめんなさい。昨日からリリィが帰ってこなくなって……だからリリィかと早とちりしてしまったの」
そう言うと、彼はため息をついて、呻る。
「アリスのところもか……」
小さく呟かれたそれを、当たり前だが聞き逃すはずもなく、アリスは勢いよく聞いた。
「私のところも、ってことは、他にも失踪した人がいるの⁉」
ミシェルはかなり苦そうな顔になって、頷く。
「ああ、皆のところから主人がいつの間にやらいなくなっているんだ」
アリスははっと息をのんで、ミシェルに重要かもしれないことを伝える。
「私、見たの! 彼女が居なくなるところ!」
「本当か!」
そう言って、掴みかからんばかりに迫ってくる彼を慌てて押しとどめる。詳しく説明をすると、ミシェルは落ち着いて状況整理を始めた。彼の青い眼が鋭い光を放つ。
「俺が聞いて回ったところ、メルのところもヒールのところも、俺たちと同じく昨日から主人がいなくなったらしいんだ。つまり、主人が続々といなくなっているんだ……」
そこでやっとアリスに目を向けたミシェルは、慌ててアリスを宥めた。
「別に状況分析してるだけだろ」
アリスは涙を大きな赤い眼いっぱいにためて、勢いよく彼に近寄る。
「でもリリィがいなくなるなんて、皆の主人がいなくなるなんて、そんなわけないのよ! 皆すごい魔法使いだったんだから!」
弱いパンチを繰り出してくる彼女に、彼はため息をつく。
「何よ!」
少し力の入ったパンチが彼を襲うと同時に、彼は彼女の頭を丁寧に撫でた。
「うにゃ」
と言ってすぐに落ち着くアリスに、ミシェルはふふ、と笑って見せた。皆にお母さん、と呼ばれるほど彼は可憐で、そのせいでおっちょこちょいな彼の元主人、メイに女性名をつけられたほどだ。だが、彼はずっとその名を誇りにしている。メイにつけてもらった立派な名だと明言している彼は、とてもかっこいい猫なのだ。
ボブくらいの後ろ髪に、真ん中で分けられた前髪は真っ黒で艶めいて、日の光を浴びると煌めいていた。
「ごめんなさい」
「何がだ」
確実に別れを知っているミシェルに八つ当たりするなど無神経すぎると思って謝るが、彼はそれすら不問にしてみせた。
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