第2話 魔法と魔術

「行かなきゃ」


「? どこへだ?」

 

 アリスはもどかしさをかみ砕きながら、ミシェルに自分の考えを必死に伝える。


「勿論、リリィを見つけ出しに行くのよ!」

 驚きの表情を浮かべたミシェルの瞳に、羨ましさが浮かんだことを読み取り、アリスは勝手に決定してやる。


「あなたも来るの!」

 現実主義のミシェルが反対しようとする気配を察知して、急いで付け足す。


「あなたも、心配でじっとしていられない、って顔に書いてあるわよ」


「……俺を買いかぶりすぎだ」

とまだ抵抗しようとする彼を引きずっていくように、アリスは自分の家へと急いだ。


「まずは荷造りです!」


「待てお前、どこまで行くつもりだ?」


 アリスは不思議そうに、空は青い、ということを口に出すように、さらりと口に出す。


「見つかるまで、だよ」


「ヒール!」

 旅などしたことがないアリスとミシェルはまず、旅が趣味の風来坊であるヒールのところへ向かった。


 彼の家の扉をノックすると、かなりやつれた様子のヒールがもそもそと出てきた。

 自慢の茶色の長毛がクルクルと絡まっているのを見て、彼の心の内が見えた気がした。


「なんだい?」

 普段の彼からは想像できないほどけだるげに吐き出されたその言葉に、アリスは思わず固まってしまう。


「私たちは主人の手がかりを探す旅に出かけることにしました。

 それに先立って、旅の仕方を教えてもらえないかと思いまして」

 ミシェルがいつもの丁寧すぎる言葉遣いで彼に話しかけると、彼は少しだけ希望の光を瞳に灯した。


「本当か? 本当に、旅をすれば見つかると思っているのか?」

 そう言って泣きそうになったヒールを宥め、アリスはようやく口を開く。


「本当よ。私たちは絶対、ご主人を連れ帰るわ」


「どうやって?」


「それは……」

 ヒールに聞かれて初めて自分の無計画さに気づいたアリスは、助けを求めるようにミシェルの方を向いた。

 彼はため息を一つついて、話し始める。


「リリィの師匠であるルーンを尋ねようと思っています。彼女が大人しく消されているとは考えにくいので。

 そして、彼女もアリスが見た光に襲われているはずですから、それがどういうたぐいのものなのか、彼女の話を聞きに行って、それから三人で行動出来たら、というのが直近の課題ですね」

 詳しく旅の計画を言ってみせたミシェルの青の瞳に映る強い光を見て、ヒールは旅の情報を伝えることを了承した。


「ところで、光ってなんだ?」

 そう聞かれて、アリス達は皆が光の事を知らないことに気が付く。

 説明すると、ヒールは俯いて考え始める。しっぽがぴょいぴょいと動き、アリス達の気を逸らさせた。


「光が瞬いて、それで消えた、ということは魔法か? 光魔法であれば主人を消すというたぐいではないだろう。移動魔法を使われた……? でも彼らがそろいもそろって魔法にかかるだろうか……となれば……魔術か?」


「魔術って?」

 アリスが聞くと、二人に変な顔で見られた。


「アリスは本当に授業を聞いていないんだな。歴史の授業で教えてもらっただろう。

 魔術っていうのは、以前魔法使いを全滅させようとした農民たちが編み出した術のことだ。

 彼らは俺たちと違って体内で魔力を生成できない。だから、周りに漂う魔力を使って術を発動させるんだ」


「なるほど……じゃあ、彼らがやったとしたら、主人たちはどこにいるのかしら……」


「どこにいる、って考えられるところがあなたの良いところよね、アリス」

 突然割り込んできた声に驚いて後ろを向くと、そこには可愛いグレーの獣人の姿があった。


「メル!」


「やっと見つけた。あなた達、みんなが待ってるわよ」


「待ってるってなんだ?」

 とにかく来てくれと言ってメルが連れて行ったのは、町の教会内だった。


「みんな! 連れてきたわよ!」

 メルが大声を出すと、獣人たちが一斉にアリス達の方を振り向いた。町長の獣人ウルが代表でアリスに近寄る。


「アリス‼ よかった。あなたは無事でしたか……」


「それってどういう事?」


「今町は混乱状態にあります。何故だか知っていますか?」


「主人がいなくなったからでしょ?」

 そうアリスが言うと、それだけではないのよ、とメルが口を挟む。


「獣人たちも何人か消えてしまっているのよ」


「えっ⁉」

 アリス達は予想外の言葉に思わず声を上ずらせる。


「それに、消えた人々が生きているかどうかも分からないのよ。皆かなり消耗してる」

 アリスは考えないようにとしていた痛いところを刺され、声を上げる。


「絶対生きてるわよ‼」


「私だってそう信じたいけど……生きて捕える意味なんてあるのかしら……」

 途端に教会内の空気が澱む。たまらずアリスは壇上に上がった。


「みんなの主人はあんな魔術に負けるほど弱かったの⁉」

 皆がアリスを呆然と見上げる。


「私、見たのよ! リリィが連れ去られるところ! あれは光の魔法か魔術だった!

 私が判別できないということは魔術ということでいいのでしょう。

 つまり、あれは光の魔術。殺すために光が使えるわけないじゃない! 絶対大丈夫よ!」

 そう言うと、いたるところから声が上がった。


「魔術ってことは農民の仕業ということか?」


「どうして彼らを生け捕りになんてする必要があるんだ?」


「そもそも彼らは国の周りから出ないはずだろ。何でこんな中央にいたんだ?」


「一斉に飛ばしたということは何人も魔術師がいるってことか?」

 ひとしきりざわつくと、皆は何かに気づいたようにアリスを見上げる。


「アリスは悪魔だ。これくらいのこと、朝飯前なんじゃないか?」

 その誰とも知れない声で、場は一気にヒートアップする。


「あなたがやったんじゃないの? アリス! あなたしか出来る人がいないのよ! 皆を返して!」

 その様をただ悲しそうに眺めるアリスに変わり、ミシェルが言葉を返す。


「アリスの主人だっていなくなっているんだぞ⁉ 彼女がやったわけがないだろう!

 それに、どんな利益があるっていうんだ!」

 その言葉に返答できる人はいなかったが、皆の視線は一気に冷め切ってしまった。


「私は、皆を探すために旅に出ようと思います」

 アリスが雪を降らすようにしんしんと冷えた声を響かせる。


「誰か、私以上の情報を持っている人がいたら、教えてもらえると嬉しいです」

 それだけ言って、アリスは踵を返し、教会内を出ていった。

 後を慌ててミシェルが追いかける。一拍置いた後正気に戻ったヒールとメルが追いかけていった。


「アリス‼」

 ミシェルが何度呼び掛けてもずんずん歩いて行ってしまうアリスになんとか追いつき、アリスを振り向かせると、彼女の涙が煌めいた。


「なんでみんな私の事悪魔としか見てくれないのよ‼ 好きで悪魔に生まれたわけじゃないのに‼」

 振り絞るようにアリスが言うと、ミシェルは彼女を包み込んだ。後から来た二人もそこで合流した。


「アリス、大丈夫?」

 心配そうに言うヒールに大丈夫だと無理やり笑ってみせると、メルが尻尾を下げていった。


「ごめんなさいアリス。私があそこに連れて行かなければ……」


「いいのよメル、皆混乱してるだけみたいだし、気にしちゃ負けよね!」

 アリスが気丈にふるまうと、メルはさらに申し訳なさそうな顔になったが、少し笑ってくれた。


「アリス!」

 大声を出して走ってくる人を見て、アリス達は絶句した。


「ウル⁉」


「さっきは庇えなくてごめんなさい」

 そう言って頭を下げるウルに、アリスはわたわたと手を振る。


「いやいや! ウルが私の味方に立っちゃダメでしょ。

 町長は誰より公平にならないといけないものだし!」


 アリスが言うと、口惜しそうに尻尾をふるいながら、ウルが顔を上げる。


「だからといって、町の味方のあなたをあんな風に言われなくちゃいけないいわれはないはずなのよ」

 そう言うと、アリスに抱き着く。


「本当にごめんなさいね」

 アリスはまた少し涙を浮かべて、ウルに話しかける。


「ウル、私たち旅に出るの。それには沢山の物が必要みたいなんだけど、調達手伝ってくれないかしら」

 そう言うと、ウルの表情がぱっと明るくなり、頷いた。


「もちろんよ! 協力させてもらうわ!」

 ウルは胸を叩きながらそう言ってくれた。

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