第11話 美食の国
「なにこれ……」
アリス達が美食の町に入ると、真っ先に目に入ってきたのは、生の野菜を適当に食べる獣人たちだった。
「どうしたお前たち。町の外からやってきた途端目を点にして」
道端に無造作に座り込み、トマトにかぶりついているそのハイエナの獣人が言うと、アリスが勢い込んで質問をする。
「ここは美食の町よね⁉」
そう言うと、そうだ、と頷くハイエナに、彼女は質問を重ねる。
「じゃあなんで野菜をそのまま、なんて食べ方をしているの?」
「下手に獣人が料理するよりこっちの方が美味しいんだよ」
目を逸らしながら言う獣人の目の前に割り込むと、その人はため息をついて、町の事情を教えてくれた。
「今この町は歪んでいるんだ。町長の獣人が町長と一緒に消えてから、今までの均衡関係が狂って、今まで見向きもされなかった力が強いだけの獣人たちがこの町を締めるようになってな。
彼らが町長のように幅を利かせるようになってから、料理人は彼らの周りに囲われ、肉も彼らが独り占めし、俺らは野菜でもかじるしかなくなってるんだよ」
「なにそれ! それに不満を持っている人はいないの⁉」
「いるけどな、それでもあいつらに戦いを挑もうなんて奴はいないんだよ」
「じゃあ、一斉に襲い掛かればいいんじゃないか?」
物騒な事を言うノエルをちらりと見て、彼は言う。
「そんなに骨のあるやつはいないさ。それに、それが出来たからと言って、次は誰がリーダーになるかで揉める。これ以上の揉め事は勘弁だ」
そう言ってごろりと寝そべる彼に、アリスは明るく声を掛ける。
「あなたがなればいいじゃない。協力してあげるわよ」
「は?」
皆の言葉が重なった。皆が彼女を見ると、彼女は自信満々な表情で胸を張っていた。
「いやなんで俺なんだよ」
ハイエナが言うと、彼女は胸を張って言う。
「あなたが良い人そうだったからよ! あなた、魔力かなり強いわよね? 何で立ち向かわないの?」
そう聞くと、彼は少しバツの悪い表情になった。
「……誰かを傷つけてまで美味しいものを食べたりしようと思えないんだよ」
そう言った彼を驚きながらミシェル、ルビー、ノエルが見つめる。
「優しいんだな」
ミシェルが言うと、照れて顔を隠してしまうハイエナに親近感を持ち、ノエルが肩を組ませる。
「なんだなんだ、お前リーダーにふさわしいじゃねぇか! 一緒に頑張ろうぜ!」
そう言われて、ハイエナはわたわたと手を振った。
「無理だって! それに、俺は今の状況も気に入ってるんだ」
「今の状況が続くと、本気でそう思っているのか?」
後ろから声が聞こえて振り向くと、蛇の獣人がこちらに歩いてきていた。
「グル……」
グルと呼ばれた蛇の獣人はかなり背が高く、蛇のキラキラ光る尻尾を携え、思慮深い目をしていた。
「エナ、お前の妹さんが捕まった」
「は……?」
途端に彼の魔力が膨れ上がり、まき散らされる。
「あなたの妹って?」
アリスが聞くと、その時にはもうエナは走り去っていた。
「ちょっと待って! エナ!」
ミシェルはグルに向き直り、質問を投げる。
「彼の妹は何を商売にしていたんだ?」
「君たちは……?」
事情を説明すると、グルは面白そうに顔を歪める。
「へえ、町を渡っているのか。今まで良く生きてこられたな」
「本当にそう思うよ」
笑いながらミシェルが言うと、興がそがれたとでもいう様に、彼は顔を顰めた。
「彼の妹って?」
同じ質問を繰り返すと、ため息を一つもらし、答える。
「酒屋の看板娘だよ。正直何をされるのか分からんからな。それに、彼女はけんかっ早い。何をしでかすか分からん」
それを聞いた瞬間、アリス達はエナが消えた方向へ全力で走り出した。
「どこに向かうかもわからずにいきなり走るなよな」
隣で声がしたことに驚いてノエルが飛び上がる。
「俺たちより走り始めが遅くなかったか⁉」
「蛇は走るのが早いんだぜ?」
そう言って不気味な笑みを見せるグルに、ノエルは不機嫌そうな顔を向ける。
「お前みたいなやつは嫌いだ」
「それで結構。俺は誰とも仲良くする気なんてないからな」
言葉の応酬をしながら走っていくと、十字路でグルが声を掛ける。
「こっちだ」
そう言って彼も全力で先頭を走り出した。
「……お前、なんだかんだ言ってエナの事が心配なんじゃないのか?」
それに対しては反応が無かったが、少し足がもつれたように揺れるのを見逃さなかった。
「へーお前もいいやつだな」
そう言うと、無駄口を聞く間があるなら走れ、と耳まで赤くしてグルが言う。皆に笑われると、ぴたりと止まった。
「案内しないで一人で行ってもいいんだぜ」
シューと威嚇しながら言われると、アリス達は素直に謝り、また彼の後を追って走り出した。
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