第34話 エル

 そこは魔力が一番強く残っている場所、農民が一番能力を強く使える場所だった。


「ここが一番エルや王のいる可能性が大きいところだから、注意するのよ……」

 そう言ったルーンに頷き、アリスですら戦闘態勢を崩さずに辿り虫を飛ばせる。

 数メートル行った先で、虫は止まってぶんぶんと地面に体をこすらせた。


「やはり下か」

 そう言ったルーンがそこに近付こうとすると、どこかから声が聞こえた。


「久しぶりだな、ルーン」


「上⁉」

 いち早く察知したルビーが上空へと飛び上がり、男の頭上に付く。その動きに合わせ、男はくるりと体を反転させ、ルビーに向き直った。


「火よ」

 男がそう言った瞬間、ルビーに明るい青い炎が迫る。あまりに大きすぎるそれに怯みながらもルビーは必死に水の魔法を繰り出し、威力を弱めた。しかしそれでも尚向かってきた炎をまともに食らってしまい、ルビーは下へと落下していった。


「ルビー‼」

 ノエルが叫び、彼女の下に闇魔法でクッションを作り上げる。そこに彼女が落下すると彼女に近付こうとするが、その隙をついて男が接近してきた。


「どこを見ている?」

 男は言うと、途端にノエルの前に緑が湧きだした。ツタでからめとられる寸前でノエルは解放される。アリスが風魔法でそれをぶった切って男に肉迫すると、男は途端に後ろに下がり、距離を取った。

 それを追うようにアリスが風を走らせると、男は火を灯す。火の威力を強めてしまうことを危惧したアリスが魔法を解くと、男はルーンの方へと歩みを変え、一気に接近してみせた。

 ルーンは大きな水の塊を作って、男に投げつける。じゅう、という音と共に男の魔術が爆ぜる。男はそれを無視して、ルーンに拳を向けた。

 彼女は男の腕の関節に手刀を叩き込み、怯んだ男の腹を蹴り飛ばした。


「ぐっ……」

 堪らず今度は単純に逃げるために距離をとった男に、アリス達は一斉に魔法をしかけた。


「闇よ」

 それらを全てのみ込むことはせず、自分の体の大きさだけ闇の魔法で覆い、それを受け切った男を見て、アリス達は戦慄する。


「うそだろ……」

 ノエルが言うと、男は笑った。


「こんなもんかよ」


「エル……」

 ルーンが言うと、彼は彼女の目を真っ直ぐに眺めた。


「ルーン。来ると思っていたよ。我が友人」


「あなたは、魔術師だったのね」

 ルーンが言うと、またエルは高く笑った。


「お前らは優しすぎるんだよ。気持ち悪い」

 顔を歪ませるエルに、ルーンが怒りをあらわにする。


「私はともかく、皆を侮辱するのはやめて」


「うるせぇ」

 全く会話にならないエルに、ルーンは髪を搔き乱す。


「あなた、どうやって魔法使いの土地に入ったの?」

 ああ、悪魔がいるっていうのは知ったんだな、と言ってエルは面白そうに言う。


「魔法使いに連れて行ってもらったんだよ。決まってんだろ」


「じゃあ、魔法使いの中に魔術師側の人間がいる、というのは確定なのね」

 そう言うルーンに、エルは本格的に笑う。


「そうに決まってんだろうが。自分たちの命を使われているというこの状況に疑問を抱く魔法使いが多い、ってことだろうな」

 そりゃそうよね、とルーンが言うと、驚いたようにエルは目を見開く。同意をしたことがよっぽど驚きの事らしい。


「……魔法使いの中でも話しやすいやつはいるんだな」

 彼は笑って言った。


「じゃあ、お前らは俺たち側でいいってことか?」


「魔法使い達を元の土地に戻してくれるというのであれば、ね」

 それは無理だな、とエルはため息をつく。


「魔法使い達にはこれから地下で生きてもらわないと」


「それはどうして?」

 聞き返すと、イラついたように歯をギリリとかみ合わせた。


「今までお前たちが享受してきたことに対して全くの不問、ってのは割が良すぎるだろ」


「でも、私たちは悪魔との契約で寿命を削られていたのよ?」


「それはお前たちが勝手にしてきたことだろ」

 憎しみに表情を歪める。


「あなた、誰から歴史を教えてもらって、どうやって魔術師側に付いて、どうやって私たちの土地に来たの?」

 その質問をした瞬間、彼の纏うオーラが劇的に変わった。


「どうでもいいじゃないか、そんなこと」


「一番大事な事よ?」

 ルーンが突き詰めると、彼はイライラとした雰囲気を隠そうともせずにイラつき始めた。


「言わねぇ」

 そう言った彼の目には悲しみの色が宿っていた。それに怯んだ瞬間、彼は特大の闇でアリス達をからめとる。アリス達の意識が闇に落ちたのはそれからすぐのことだった。


「また戻ってきちゃったわね」

 ルーンに同意し、アリスは洞窟内で大きく伸びをする。


「ここから出てきたことをエルは知らなかったのね」

 ラッキーだわ、と言って笑うルーンに、アリス達は渋い顔する。もちろんルーンに対する表情ではなく、エルに対するものだ。


「どうやって彼を突破する、もしくは説得したものか……」

 そうミシェルが言うと、それは任せておいて、とルーンが軽く言った。驚くみんなを見て少し笑った。

 皆に作戦を言うと、驚きと不安の入り混じった顔が交錯する。


「じゃあさっきの場所に戻りましょうか」


「本当に大丈夫なの?」

 アリスが不安そうに言うが、ルーンはもはや聞いていないようで、移動魔法を起動させた。

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