第33話 一歩進んで二歩下がる?

「うるせぇぞ!」

 怒鳴り声が響き、今度はルーン達も耳を塞いだ。


「奥に誰かいる……⁉」

 ルーンは言うと同時に、マッチを擦って辺りを照らした。

 ルーンは魔法が使えなくなっても生きていけるように最低限の物を常に持っていた。


「何これ……」

 そこにはとぐろを巻いた蛇のように丸まった通路と中央に穴、そして外側には穴がいくつも開いていた。それはともかく、頭上を照らすと、上には蝙蝠の群れが沢山いた。


「てめぇら真相に気づいたみたいだが、問題ない。もう魔力抜きは成され、俺たちにも少し魔力が受け渡されたくらいなんだからな。じきに魔法使いと魔術師の立場は入れ替わるだろうさ!」

 蝙蝠が一斉に笑う。ぐわんぐわんと響き渡る不快な超音波のように高い音を聞いているだけで気分が悪くなりそうだった。


「それはどうだっていいの! とにかく彼らを家に帰して!」

 アリスが叫ぶと、蝙蝠たちは馬鹿にしたような調子で言う。


「だから、その家はもう魔術師のものなんだよ。お前らは、俺たちが住んでた、この地下で住むんだ!」

 住めば都、っていうだろ? と言って、けらけらと笑う。


「何でこんなところに住んでいたのよ!」

 夜目が効かずに本気で怯えているルビーが悲鳴のように言うと、蝙蝠たちは笑う。笑い狂う。


「そこにしか場所が無いからさ!

 魔法使いは土地が増えてから人数を増やし、そいつらが住むところを確保していくと、俺らは結果的に隅に隅にと追い立てられた! だが、俺らもそれなりの人数が居た。だから生きるために地下へと逃げ込んだのさ。地下ならお前らも何も言うまい!」

 言うまい! と他の蝙蝠たちが大合唱し、洞窟に鳴り響く。


「それなら魔法使いに何か言えばいいのに……」


「戦争の相手に何言っても無駄だろ!」


「その戦争はあなたたちから仕掛けたんじゃない!」

 そう言うと、辺りがしんと静まり返り、蝙蝠の羽ばたきの音しかしなくなった。

 一気に不気味さが増した洞窟内で、怒りにかられた蝙蝠が静かに言う。


「戦争は、俺たちが起こしたものじゃねぇ。先祖が何したからと言って、俺らに埋め合わせが来るのはおかしいだろう。

 なのに、お前らは当然のような顔をしてその奪った土地でのうのうと住むばかりか、俺らの土地まで奪い去る。恨まれて当然だ」


「どっちもどっちね」

 エリナが言うと、またしん、と音が無くなった。


「何?」

 蝙蝠のドスの利いた声にもひるまずに、エリナは自分の意見を堂々と述べた。


「だって、どっちとも過去を振り返らなかっただけじゃない。魔法使いたちは今いる土地は誰のものだったかを振り返らず、人間たちは自分たちから戦争をしかけにいったことを振り返らない。どっちもどっちよ」

 エリナは真っ直ぐ蝙蝠の集団を見据える。


「何で、話し合いより前に攻撃を仕掛けたの? 自分たちが優位に立ちたいから、とか、恨み、とか、そういう感情があったんじゃないの?

 なら、悪いのはどっちかしら? そもそも、悪い人なんているのかしら?」

 彼女が口を閉じると、蝙蝠はぢぃぢぃと喚き出した。


「うるさいうるさい! どっちが正しいかなんて、もうどうでもいいんだよ! ただ、俺らはお前らの土地が欲しいんだ! よこせ! よこせ!」

 どんどんと重なる音に、エリナも耳を塞いだ。途端に、エリナたちは掻き消えた。


「は?」

 一拍遅れて蝙蝠たちは叫びだす。


「何だあいつらどこへ行った⁉ 探せ探せ‼」



「やっぱり使えたわね」

 青空の下でルーンが大きく伸びをする。エリナは呆然として声も出ないようだった。

 眩しそうに外の明かりに慣れようとする目を持て余していた。


「ここどこ?」


「ここは僕の町だよ、お嬢さん」

 ルイが明るく言うと、彼女はびくりと飛び上がった。


「……ルイ叔父さん?」


「エリナちゃん、お帰り」

 聞くと、エリナは農民の出だったらしい。ルイの姪ということだった。


「それなのに何であんなところへ……?」


「それは、彼女の母が魔法使いだったから、だな」

 まあそれはともかく、何があったんだ、と聞かれて、ルーンは説明を始める。


「魔術師が入ってくる洞窟ということは魔術なら使えるんだろうな、と思ってな。私は多少魔術が使えるんだ」

 そんなチートありかよ……と絶句するルイに、エリナが抱き着く。


「おっと」

 ルイは姿勢を正して、よいしょとエリナを担ぎ上げる。抱っこの格好になった彼を見て、ルーンは、似合うな、と茶化すと、彼は、似合うだろ、と笑ってみせた。


「彼女の母が魔法使い、父が農民、ということか?」


「そうだ。彼女は土地を農民に分け与え、かなり上手くやっていたように見えたんだが……」

 どうして……と呟く彼に、なぜ何も教えなかったのかと問い詰めると、彼女らは王の傍で安全なところにいるのだと思い込んでいたらしい。それもそうだと納得し、王の冷徹さにまた身がぞわりとした。


「さて、この先どうしたもんか……」


「王にすら会えないとは困りましたね……」

 ルーンが言うと、ミシェルが応じる。いくら考えても解決策が見当たらなかった。


「まず問題を整理しよう。とりあえず、最終目的はリリィたちを元の土地に戻す、ということでいいんだよな?」

 そうミシェルが言うと、皆一斉に頷く。


「そして、そのためには王に目的を聞いてちゃんと話し合いを行う必要がある、と。王は恐らく土地を欲しがっているから、元の土地にリリィたちを戻そうとしたら対立してしまうよな……」


「そんなの、二種族が一緒に暮らせば済む話じゃない?」

 アリスがぴょこりと二人の間に顔を出して言う。二人の驚いた顔を見て、アリスは不思議そうにしていた。


「私何かおかしなこと言ったかしら?」

 そう言って自信なさそうにしているアリスを二人はくしゃくしゃと撫でてやる。


「いや、その通りだなと思ったんだ。我ながら、二種族を別の土地に、という前提を置いてしまっているとは情けない」


「平等に考えるアリスだからこその案だろうな」

 まだ首を傾げているアリスに、二人は頭を撫で回した。


「にゃああ」

 嬉しそうに頭を擦り付けてくるアリスを見て、皆で笑う。


「じゃあ、それを解決策として、どうやって王に会うか、だな……」


「地下にはいなかったはずだよな?」

 そうだな、とノエルにミシェルが応じる。地下にとらえた人たちと王が一緒にいるとは中々考えにくかった。


「それが分かっただけでも潜ったかいはあったな。それに、エリナにも会えたし」

 ミシェルが笑ってエリナを撫でる。エリナも幸せそうに笑っていたが、その笑顔はどこか寂しそうだった。


「お父さんお母さんはどこにいるのかしら……」

 俯いて言うエリナに、慌ててルーンが言う。


「必ず二人を見つけてあなたのところに連れて行くから、心配しないでちょうだい?」

 そう言ってやると、エリナは涙目のまま太陽のように笑ってみせた。


「絶対よ?」

 エリナが言うと、勿論、と皆で返す。


「じゃあ、エリナを頼むな」

 ルイにエリナを預け、ルーン達は移動魔法であるところへ飛んだ。

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