第31話 ピンチと妙案

 次の商店街は、全く何も無かった。


「は……?」

 思わずといった調子でルーンが腑抜けた声を出すが、皆同意見だった。


 町長に聞いた話だと、ここも元は栄えている商店街のはずだったのに、全く人がいない、どころか、全く建物すらない、ただのコンクリートで固められた地面だけが広がっていた。


「なぜ……?」

 ここの住民は魔法使いの事を悪く思っていないらしい、という話だった。だがそのせいで王に歯向かったため、町長が捕まっている、という話は聞いていたが……


「ここまでする意味が分からん……」

 人間同士の意見の対立が見せる狂気を初めて間近で感じた四匹は、身を震わせ、必死に毛繕いを始める。

 その一瞬で、目の前が黒く染まった。


「奇襲⁉」

 ルーンですら出遅れ、咄嗟に身を屈めると、真上を何かが通り過ぎた風が髪を乱した。


「闇に食らいつけ!」

 同じ属性のノエルが影を使ってその闇を食らうと、やっと目の前に光が見えた。

 アリスも直後に同じ魔法を使って闇を一気に晴らすと、真の前に迫る刃の明かりが目に入ってきた。


 上空に上がったルビーが勢いよく下降してきて割り込み、呪文を唱えると、明るすぎる光が皆の中央に浮かび上がった。


「うわっ」

 たまらずに目を閉じる人間を余所に、動物たちは目をぱっちりと開けたまま、彼らに飛びついた。


「このっ!」

 杖を振り回す農民の魔術を避けようと後ろへ下がると、後ろに気配を感じた。


「挟まれてる⁉」

 アリスが状況を叫ぶと同時に複数の杖から魔術が放たれる。


「壁‼」

 アリスは周りの様子を察知することと引き換えに、大雑把に皆を透明な壁で覆う。いくつもの魔術が外で展開され、ピカピカと光るのが見えるが、アリスの魔力にかなうはずもなく、傷一つつけられていなかった。


「ちょっと待ってくれ! 私たちはただ話し合いをしに来たんだ!」

 そうルーンが叫んでも聞いてくれる人はいない。誰もが恐怖の表情を固め、その仮面をはがそうともしていなかった。


「この近くに王がいるのか⁉」

 対応の速さや攻撃の躊躇の無さからミシェルが分析すると、人々の恐怖はさらに色濃くなった。


「ルーン! 皆! 一旦引きましょ!」

 珍しく弱気なアリスに嫌な予感がして、ルーンが移動魔法を唱える。刹那、とんでもない量の魔力の放出と共に、青白い炎が壁を包み込んだ。


「きゃあ!」

 アリスがたまらず壁を手放すのとルーンが魔法を展開させるのとが同時だった。



「アリスの魔力すら凌駕する農民、ね……」

 焦りも相まってルイのところに戻ってきた皆を、ルイはとても歓迎してくれた。


「何も無くなっている、なんてことができるのはあいつしかいないわね……」

 最強の魔法使いと呼ばれたルーンがそう言うのを聞いて、皆はゾッとした。


「ルーンより強いやつがいるってこと?」


「あいつは闇と火が得意、私は光と水が得意なの。だから私が最強と呼ばれていたんだけど……」

 少し考え込み、ルーンは言葉を続ける。


「今のあいつは明らかに私の魔力を凌駕してるわね」

 衝撃を顔に浮かべる皆に、少し苦い顔を見せた。


「私の知っているエルという人は魔法使いだから話に聞いた時は知らないと言ったのだけど、どうやら人物像と今の状況を照らし合わせて考えてみると、私が知っているエルが農民の味方をしている、ということで間違いなさそう。

 エルは恐らく王とつるんで何かをやっているようね。

 エルは昔から負けん気が強くて策略家だったから、王の策略に気が付いて何か交渉を持ちかけて対等な立場に立っているはずよ」


 その言葉を聞いて、皆またせわしなく毛繕いをする。それが終わると、深呼吸をしてやっと落ち着きを取り戻した。


「じゃあ、これからどうしようか」

 ミシェルが場を整えると、皆が一斉に案を出す。

「あそこに王とエルがいるって分かったんだから、今度は同時攻撃でどうにかならないかしら」


「まだエルは全力を出していないようだったから正面突破は正直厳しいわね」


「じゃあこっちが逆に奇襲をかけられる状況を作れますか?」


「エルは探索魔法も得意だったの……多分幻影を作っても気づかれるわ」


「どうにか彼に話を聞いてもらえないかしら……」


「エルはよっぽどいい条件じゃないとのまないわ……王の要求をのんだから力が上がったとしたらどんな案も一蹴されてしまうわね……」


「そもそもどうやって魔力を上げたんだろ……」

 ノエルが言うと、皆が顔をさらに引き締める。


「あの……」

 そう言っておずおずと手を上げたのはまさかのルイだった。驚きつつも、彼の発言を促す。


「魔力を増やすのと、魔法使いが居なくなったことを掛け合わせたら、彼らの魔力をエルが使っている、ということにならないかな?」

 ルイが言うと、皆は衝撃を受けて固まった。


「他人の魔力を奪うことまでは機械でできる。でもそれを使えるのか?」

 そう言ってミシェルが呻ると、アリスが馬鹿でかい声を上げた。


「あっ‼ 魔術‼」

 皆の視線を一身に集めながら、アリスは呟く。


「魔術は周りの魔力のみを使うもの。それを彼が会得できるとしたら……」

 そう言って、完全に固まるルーンを正面から見据える。


「彼が魔法使い、っていうのは本当なんですか? もしや彼は、魔術師なのでは?」

 絶句するルーンを余所に、アリスが考察を重ねる。


「彼の出は?」

 何とかルーンは口を開いた。

「知らないんだ。彼はある時やってきて、私に勝負を挑んできたから……だが、言われてみれば言葉遣いは農民のものに近かったような……」


「勝負を挑んだ時、彼はどのような服装をしていたのですか?」


「かなり薄汚れた服を着ていた。私たちのようなものではなく、あれは」


 言おうとしていることに愕然とする面持ちで、口を開く。


「土仕事をする服装だったな」



 魔法使いの土地には魔術師は立ち入らない。それが常識となっていた世で、彼女のように何も違和感なく魔法使いとして人を迎える者は多かっただろう。


「何年も前から計画されていた事だったのか……?」

 もし、魔術師が魔法使いの傍に意図的に配置され、それで彼らをどこか別の場所に飛ばし、その土地を奪いとる、ということになっていたとしたら、アリス達の敵は王一人というものでは無い。

 もはや世界を相手取っているようなものだった。


 それでも諦めるなんて、出来っこなかった。


「もしそうだったとして、私たちに何ができるかしら?」


「もう、いっそのこと捕まってみるか?」

 投げやりにも思えたそのノエルの台詞をアリスが掬い取る。


「それだわ」

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