第20話 黒の誘い

「できた!」

 ミシェルが掲げたそれは魔力を存分に放ち、一定した魔力の放出が感じられた。


「アリス、やれるか?」


「勿論よ。悪魔は魔法も魔術も使えるのよ?」


 アリスが呪文を唱え始めると、そこかしこがミシミシと呻りを上げた。

「おいアリス。全部吹き飛ばしたりしないようにな」

 ミシェルが注意するが、またしてもアリスは聞いていないようだった。


「火よ」


 アリスが唱え終えると、彼女の魔術が炸裂し、柵がバターのように溶けた。


「やった!」

 それを見ていたバナはあんぐりと口を開けていた。


「自分の能力をコントロールできて、さらに人間の使い魔として飼われているのか?」

 そう聞くバナに、アリスは首を横に振った。


「違うわ。私たちは家族なの。どっちがどっちに飼われている、ということはないわ」

 またしてもフリーズしてしまうバナに、ミシェルが笑った。


「私たちの故郷はかなりのどかな町でして……」

 いいなあ、というバナの言葉を聞き逃さず、アリスはそれについて問う。


「俺らにご主人はいないんだ。ここは獣人たちの町。獣人たちが自由に、野生で生きられる場所なんだ」


「へえ」

 会話に混ざってきたのはノエルだった。


「うわびっくりした!」

 アリスが悲鳴を上げると、ノエルは悪戯っぽく笑う。


「とっくのとうに起きてはいたんだけど、中々口を挟めなくてね」

 ルビーとレオも続けて起きる。


「ここ、どこなのかしら……」

 不安そうに言うルビーの肩をノエルが叩く。


「大丈夫だ。どうにかなるさ」

 そう言うと、ルビーは少し顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。


「あれ?」

 ノエルが悲しがっていると、ルビーは彼の頭を翼で撫でた。


「からかうなよな!」

 そう言ったノエルの口調は泣きそうな嬉しそうな声だった。


「じゃあ、行きましょうか」

 事情を話す前に、まずは見つからないうちに進もうということで意見は一致し、アリスが扉を開けようとする。


「なに! これ! 開かないじゃない!」

 アリスがイライラと扉を蹴る。すると、ミシェルとノエルが変わって扉を引っ張ったり押したりしてみるが、びくともしなかった。


「鍵穴はないから魔法か?」

 アリスに協力してもらって柵を無力化させたように、灼熱の炎を向けるが、火が消えた時も扉は相変わらずそこにあった。


 くそっ、と言って扉を蹴り飛ばそうとしたノエルに蹴られた土が、扉を貫通して、いきなりどこかへ消えた。


「これ、魔法で幻影を見せられてたりするのかしら?」

 ルビーが言うと、皆が彼女に注目する。


「それならアリスの魔法でもう扉は無いわよね」

 そう言って彼女は歩き出す。


「あっつ!」

 扉の破壊部分が熱くなっていたのか、悲鳴を上げるルビーに、すかさずノエルが彼女をお姫様抱っこで抱える。


「これくらい大丈夫よ」


「せっかくの役得なんだし、このままでいてよ」

 そんな甘い言葉をかけながらノエルが扉を踏まないように進んでいくと、彼らはいきなり見えなくなった。


「ここで魔法が途切れているんだな」

 そう言ってミシェルも歩き出す。


 安全を確認して、アリスに手を差し伸べた。

「ほれ」

 アリスは素直にその手にしがみつき、扉を避けて外へ出た。


 歩いた先は案の定建物の外で、彼女たちはガッツポーズをした。

「よしっ。じゃああいつが帰ってくる前に立ち去ろう!」

「誰が帰ってくる前に?」


 前から聞こえてきた言葉に、皆が耳を塞ぐ。眠りの魔法は聴力から発生するものが多い。


「ありゃま。皆僕の能力を警戒しちゃってるのか。やりずらいな。といってもこの声すら聞こえてないってことだよね」

 残念そうな獏の顔が見えたと思ったら、すぐ目の前に一秒もたたずに接近されていた。

「ねえ、遊ぼうよ」

 獏はねちっこく言って、体を消し去った。


「闇よ!」

 それに対して今度は反応できたアリスとレオが闇の魔法を発動し、獏の闇を食らった。


「やっぱアリスちゃんが相手だと僕じゃ相手にならないな。降参だ」

 早々に両手を上に上げて、参ったのポーズになる彼に、アリスが質問を投げる。


「どうして私の事を知っていたの?」

 彼はくすくすと笑った。


「君たち、人を信じすぎだよ。今まで君たち律義にも名前を明かして、素性を明かして旅をしてきただろう? その中に魔術師のスパイがいたって、ただそれだけのことだよ」

 そう言って彼は笑い転げる。


「ねえ、そんなことして、楽しいの?」

 ルビーが嫌味を込めて言うと、彼は即答した。


「楽しいよ?」

 純粋に不思議そうに言われたその言葉に嘘はないものの、彼の今までの人生が気になる解答だった。


「君、アリスを捕まえて何をするつもりだったんです?」

 ミシェルが聞くと、獏はめちゃくちゃに笑って言う。


「僕は悪魔を飼うのが夢だったんだよ」


「は……?」


 本気で何を言っているのか分からないアリス達は思わず聞き返す。


「だから、俺はアリスさんを飼おうと思ってね。まあ、多少実験とかに協力してもらうけど」

「君は科学者なのか?」

 獏はこくりと頷く。そうしてかなり憎らしそうな顔になった。


「君たちさえいなければアリスは僕の物になったかもしれないのに」


「アリスは物じゃねぇ」


 どすの利いた声を掛けるミシェルに、獏はぽかんと口を開く。


「ええ……? 君、悪魔とどんな関係なの?」


「友達だ。それに、アリスを悪魔って呼ぶのはやめろ」


 怒りをあらわに言うミシェルに、それでも獏ののんびりとした目と顔は変わらない。


「悪魔に感情移入しても意味ないじゃないか」


「それってどういうことよ」


 アリスが聞くと、獏は言った。


「ご主人の命を食って表の世界に来るのに、何で仲良しごっこなんてやってるんだい?」


「私はリリィから命をもらったりしていないわよ。私は彼女の家族なんだから」


「……は?」


 獏はアリスの様子をうかがう。そして、それが彼女の本心であることを知って、大声で笑い始めた。アリス達はどういうことだか分からず、警戒を強める。


「君は、悪魔が表の世界に居る時は契約がどうであっても、契約主の命を吸い取り続ける、ってこと、知らないのか!」


 その言葉と共に、ミシェルが獏に飛びかかる。


「嘘をつくな」


 首を絞めつけられながらも笑い続ける獏に、アリスは絶望を感じた。


「嘘を言ってなんになるってんだい」


「アリスを傷つければ、お前のものになる、とでも思ってるんじゃないのか?」


 まあそれもそうだね、と言って、獏はまた笑う。


「でも、魔法使いが短命な理由ってそこなんだよね」


 くすくすと笑って言った彼の声は、アリス達の心に闇を落とした。


「アリス、行こう」


 そう言ってミシェルに手を引かれ、アリスははっと正気に戻り、その手に従った。


 外に出てようやくアリスは獏への怒りをあらわにする。


「私はリリィの命を吸い取ってなんていないわ!」


「君がそう言うならそうなんだろう。あんな獏の言う事なんて聞く必要ないよ」


 今まで黙っていたルビーとノエルも話に加わる。


「アリスがどういう人かは私たちが良く知っているわ。そんなことするわけないわよ」


「そうだな。無意識であってもそんなことするわけない」


 そう肯定され、アリスはようやく肩から力を抜く。

「にゃああ……」

 悪魔ということで今までどれだけ傷ついてきたのだろうということが目に見える形で分かり、ミシェル達はアリスに抱き着いた。


「大丈夫だアリス。大丈夫」


 そう言ったミシェルの声の優しさと甘さに甘え、アリスはしばらく泣き続けた。


 どこか不安な気持ちを抱えたまま、アリス達はバナとレオに食料などを頼んで調達し、彼らに別れを告げ、その町を後にした。

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