第21話 お菓子の街
「次の町はお菓子が沢山あるっていうことだったわね!」
ルビーがはしゃいだように言ってみせると、アリスはようやく顔を少し明るくした。
「いっぱいお菓子食べたいな」
そう言うアリスに、皆で、沢山食べよう、と約束し、その場所に向かうために馬を出し、次の町へと駆けていった。
「ここがお菓子の町?」
そう言うアリスに頷ける人は誰だっていなかっただろう。そこは荒廃していた。
「どうしてこんな……」
絶句するミシェルを置いてアリスがわずかに見受けられる町民に話しかける。
「ねえ、ここってお菓子の町よね?」
そう言うと、その猫の獣人は顔を逸らしてしまった。
そうよ、と一言だけ言って、その人は足早に去ってしまう。
「どういうことなの……?」
「ねえ、君たちよその町から来たんだよね? 情報を聞かせてくれないかな?」
そう言って近寄ってきたのは町長の獣人であるという猫の獣人だった。
アリス達が状況を伝えると、そのネリという人はため息をついた。
「やっぱり別の町では立て直しができているんだね……」
「私の町では中々進んでなかったわよ」
アリスがフォローすると、ネリは疲れ切った顔で、ありがとう、と応じた。
「今まで主人に頼りっきりで過ごしていたせいで、レシピが残っていても文字が読めないのよ……」
「文字が読めればお菓子が食べられるの?」
アリスがそう言うと、ネリは期待を込めた顔でアリスに接近する。
「うん。そうなんだ。君、文字読める?」
アリスが頷くと、ネリは目に涙を浮かべて頭を下げる。
「お願い、僕たちに力を貸してくれないか」
慌てて顔をあげてくれと頼むが、承諾するまでそうするというような固い意志を感じ、アリス達はお菓子の町の人たちを救ってみせると心に刻んだ。
「こっちこっち!」
集会場だという教会にアリス達が行くと、想像以上に大勢の獣人たちがアリス達を期待の目で見ていた。
ネリが皆の前に立ち、話し始める。
「ここにいるアリスさん達は主人を取り戻すために旅をしてきた勇気のある人たちです。文字が読めるということで、ここに集まってもらいました。
皆さま、順番を守って、彼女たちに文字を読んでもらい、お菓子の町というこの町の名を守りましょう!
そして、アリスさん達の手助けもしましょう! この町に主人を取り戻すために!」
そう言うと、皆の歓声が飛び交った。
皆アリス達に渡すために大量の食糧を持ってきていた。
皆にとってはそれよりもお菓子の町としての誇りが大事ということなのだろう。
それに驚きつつ、アリス達は適度に食料をもらい、文字を読んでいった。それはかなり楽しい作業だった。
ガトーショコラ、という聞き覚えのないものや、リリィと一緒に作ったことがあるお菓子もあった。オペラという繊細なお菓子などもあり、とっても楽しい時間を過ごし、予想以上に感謝され、皆に崇めたてられた。
ありがとう、という言葉はどれだけ聞いたか分からないほどたくさん言ってもらえた。アリスの心の傷はいつの間にか癒えていた。
お礼に、と言って沢山のお菓子を運んできたのはネリだった。
「本当にありがとう」
そう言って差し出されたのはとても美味しそうなチーズケーキ。アリスの大好物だった。
「今更だけど、やっぱりここでも主人がいなくなっているのね……」
アリスが言うと、ネリが失念していたとばかりに頷く。
「そうなんだ。主人がいきなり全員いなくなるなんて……そんなこと想像もしてなかったよ」
「私たちはこれが魔術師の仕業だと聞いたのだけど、それ以上の情報があったら教えてもらえないかしら?」
そう言うと、ネリはとても驚いているようだった。
「魔術師はこちらに来られないはずですよ」
アリスが、どうして、と尋ねると、ネリは予想外の言葉を返す。
「だって、この町の人なら知っている事だけど、この国の外側に近付けば悪魔たちがいる場所に行くことになるからだよ」
「……え?」
ネリに話を聞くと、この国の周り、魔法使いと農民を隔てているところには悪魔が放し飼いにされているらしい。
放し飼い、という言い方に引っかかったものの、それには突っ込まず、重要な事を聞く。
「悪魔が魔法使いと農民を隔てている、ということですか?」
「ああ、そうだよ」
知らなかったの? とばかりに見つめられ、アリス達は動揺する。
「じゃあ、何で内側に魔術師がいるの?」
アリスが言うと、ネリが慌てて聞き返してきた。
「えっ? 内側のここより深いところに魔術師が出たの?」
今までで一番動揺するネリに、アリスが今までの出来事を語ると、さらにネリは動揺した。
「もしかすると、魔法使いの中に今回の事件に荷担している人がいるのかもしれない……」
「えっ……」
アリス達が絶句していると、ネリは続ける。
「悪魔たちを躱してここまで潜り込んでくる人はいることはいるんだ。だけど、この先に進めない。
悪魔たちが一斉にここまで追ってきて、その人を食い尽くしてしまうから」
アリスの顔が真っ青になっているのを見ながらも、耐えきれなくなってミシェルはさらなる情報を求める。
「悪魔がいるという地域はどのあたりなのですか?」
「ここ辺りだよ」
そう言って指さしたのは、リリィの師匠、ルーンがいるという場所のぎりぎり外側だった。
彼らに惜しまれつつ町を出ると、アリス達は言葉少なになっていた。
「ねえミシェル。何で魔法使いたちはそんなに魔術師たちを毛嫌いするのかしら?
契約すると命を吸い取ると言われている悪魔を使って分断、なんて穏やかじゃないにもほどがあるわ……」
そうアリスが切り出すと、ミシェルは困ったように言う。
「俺も分からない……何故彼らはそんなに躍起になって分断しようとしたんだろう……別に彼らが内側に入り込んでもいいじゃないか。
それに、農民たちから分断を提案した、という俺たちの聞かされる歴史とはどうしても合わない……」
そう言って考え込むミシェルに、アリスはぼーっと空を見て考える。
「どうして悪魔に助けを求めたのかしら……」
「まあ、とりあえずは考えないでルーンさんのところに行くことだけ考えましょう?」
ルビーが言うと、考え疲れた皆は同意し、次の町、ルーンがいる町へと入っていった。
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