第22話 絶望と希望

「何これ……?」


 師匠の部屋にたどり着くと、中は滅茶苦茶に荒れ果てていた。


「これ、人が住める環境じゃないわよね……」

 そういうルビーに、ミシェルが言う。


「リリィの師匠ルーン様は綺麗好きで通っています。彼女が荒らしたわけではないでしょう。

 恐らく、彼女が魔法をはねのけて、それを知った魔術師に追われている、と考えるのが普通でしょうね」

 ミシェルが言うと、アリスが顔を真っ白くさせた。


「ルーンさん‼」

 駆けだしていきそうになったアリスの手を掴み、無理やり引き戻す。


「こんな時にバラバラになってどうするんだ。冷静になれ」


「でも……」

 アリスがそれでも気になる、とばかりにちらちらと周囲の様子をうかがう。


「おーい! これ見てみろ!」

 ノエルの声に三匹は素早く反応し、彼の周りに集まった。


「これ……」

 そこには魔力を感知すると淡く光る、辿り虫が散らばっていた。


「あっちに向かってる!」

 そう言ってアリスは外を指さす。


「ルーン様が簡単に捕まるはずがないから、これはルーン様が置いた辿り虫だろう。

 こんな砂漠の中じゃ彼女ですら迷うこともあるということだな」


「ねえ! 早く辿りましょう‼」

 アリスが限界だと感じてすぐさまそれを皆で追い始めた。


「彼女がいるということは敵もいるということだぞ。慎重に歩け」

 ミシェルが言うが、アリスの耳には届いていないようだった。

 もう一度、と今度は耳元で言おうとすると、いきなり立ち止まったアリスに鼻をぶつけてしまう。


「いった!」

 その瞬間、アリスの目の前を矢が飛び去った。


「敵‼」

 一瞬で切り替えたミシェルが風を皆にまとわせる。


 辺りから素早く近寄ってきた魔術師たちの攻撃を、その風は片っ端から吸い込んでいった。


「せい!」


 その攻撃が皆にまとわりつく寸前、ミシェルは魔法をそのまとわりつく魔法と一緒に霧散させた。


「アリス!」

 その声を聞いて硬直が解けたアリスが杖を振ると、向かってきた魔法を全て包み込む光の壁が出現した。


「なんだこれ⁉」

 混乱する相手に止めをさすべく、アリスはその壁を相手の方になぎ倒した。


「ぎゃっ‼」

 壁の下敷きになった者たちは蛙がつぶれたような声を漏らして気絶する。

 アリスの心配りで見た目よりも大分軽い壁に挟まれた彼らはまだ生きていた。


「よしっ。おしまい……」

 そうアリスが警戒を解いた瞬間、彼女の死角から魔法が降ってきた。


「アリス!」

 何とか守ろうと三匹が同時に間に割り入り、魔法を向ける。

 相性の良かった二匹と別に、水に対して使い慣れた火を使ってしまったルビーに水の魔法が迫る。


「ルビー‼」

 フォローに入っても間に合わないと察知したアリスは彼女と相手の間に割り込んで、守るように彼女を抱え込んだ。その時、ルビーはとんでもないものを目にした。


 巨大な木が彼女らを包み込み、上へと押し上げる。同時に水使いに木が巻き付き、ぎゅっと締め付け、相手を気絶させた。


 その魔力の多さに恐れを抱きながら、その魔法を展開させたであろう人物を探す。


「私の噂をしてたのは誰かしら?」


「ひぇえ⁉」

 いきなり後ろから声が聞こえて、皆で飛び上がる。

 後ろに立っていたのは、まぎれもなくルーンだった。


「お師匠様‼」

 にゃはは、と笑う女性。

 彼女は茶色の肌をしており、髪は青色、目は黄色で、その目は優し気に垂れ下がり、ゆるやかなウェーブをたたえた髪に合わせて揺れ動いているような不思議な存在感を醸し出し、本当にそこにいるのか、見たものを動揺させるのが彼女の得意技なのだという。

 それに加え、上品に整ったまつげ、長く伸びた足と形のいい手が見たものを魅了して離さなかった。

 始めて見たルビーは早速その存在感に動けなくなっていた。


「それで? 何しに来たのかな?」

 彼女が鈴のようにさらりと響く声を出すと、皆が一斉に正気に戻った。


「実は……」

 一番接点のあるアリスが先頭切って説明すると、師匠ルーンはだんだんと厳しい顔になった。


「なるほど……何やら変な魔力を感じて、その後に出てきた穴を吹き飛ばしたんだが、皆はそれに捕まってしまった、というわけか……」


 我が弟子まで捕まるとは、今度会ったら鍛えなおしだな、ということばに恐ろしさを知っているアリスは耳を垂らし、恐怖に思っているとルーンは頭を撫でてくれた。


「まあ、それにはまず彼女らを探さないとね」


「ルーン様でも難しいですか?」

長旅になりそうだし、ルーンでいいよ、と前置きして、ルーンは話始める。


「今回の魔術はだいぶ大掛かりな魔術だよ。下手したら、国も関わっているかもしれないね」


「なっ⁉」

 ルーンの言葉に皆が顔色を変える。国が魔法使いたちを一掃した……? 何のために? と考え込む皆に、うむうむと頷くルーン。


「考えるってことは大事な事だよ。皆よく主人に鍛えられたようだね」

 そして、また厳しい顔で続ける。


「答えは今までの知識じゃ出せそうもないし、言ってしまうと、国は私たちを邪魔だと思っているんだよ」


「どうして⁉」

 勢いよく聞き返す皆を宥め、ルーンは続ける。


「この国の歴史は知っているね?」

 聞くと、皆が頷く。復習だ、と言ってルーンがミシェルを指さし、答えさせた。


「この国は元々魔法使いと使えない農民たちの国でした。そして、いつの日か、魔法使いと農民たちに身分の差を感じた農民たちは、その頃数が少なかった魔法使いたちに戦いを挑みました。

 結果は魔法使いたちの圧勝。数で押すことができない数の差だったためです。そして、農民たちは領土を追われることになり、大多数が国を囲むようにして、つまり国境沿いに住むようになりました。

 彼らは自分たちを追放したり奴隷にしなかった代わりに、別の国が攻めてきたら真っ先に戦う要因として生きることを選択しました。

 彼らには年に一度魔法使いたちが十分な食料や日用品を届けるということになっています。

 政治に興味が無い魔法使いに代わり、王は農民の中から出すことにしました。

 そして、今、魔法使いも農民たちも幸せになりました」


 どうでしょう、とばかりに得意げにルーンを見るミシェルの頭を撫でると、ごろごろと喉を鳴らして答えた。


「正解だ。だが、これは魔法使い側に広まった話。

 今暮らしている農民たちは、その歴史があったからというだけで、いつ別の国が攻めてくるか分からない危険な土地に住み、年に一度の支給を待つしかない寂れた土地に住んでいる。

 これを受け入れられなかった者の仕業なのではないかと私は思っているのだよ」


「それならそうと言ってくれれば良かったのに……」

 そう言うアリスに、ルーンはやれやれ、と言わんばかりに乱暴に頭を撫でた。


「人間ってのはね、変わった者に弱いのよ。

 彼らは、自分たちとちょっとでも違う者が出ると、何をされるか分からなくなって、パニックになるの」


 自分や家族を守るための防衛本能、とでもいうものね、とルーンが言うが、アリスたちにはどうもぴんと来ないようだった。


「別に、攻撃されるかされないかをしっかり見極めてからでもいいんじゃないかしら?」


「じゃあ、アリスは他の縄張りをもつ強そうな猫に会ったらどうするのかしら?」


 えーっと、と考え、当たり前の答えを出す。


「とりあえず威嚇するわね……あっ‼」

 にまーっと笑ったルーンの顔が憎たらしいやら不気味やらで、アリスはぷいと顔を逸らす。


「まあ、そういうことよ」

 そう言って、ルーンは歩き出す。


「立ち話も何だし、私の家にいらっしゃいな。紅茶くらいなら出せるから」

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