第3話 箒とわたし

 あれから四か月が過ぎた。


「ミナリー、急で悪いんだけどハンクさんのとこまでパンを届けてくれるかしら。レインったらハンクさんのパンを忘れて行っちゃったみたいなの」


「はぁーい! 今行きまーす!」


 荷造りをしていた手を止めて、わたしはお店のほうに顔をだす。店主のレインさんは配達に出かけていて、今は奥さんのクレアさんが店番中だ。


「ごめんなさいね、ミナリー。もう明日だっていうのに」


「大丈夫ですよ、クレアさん。それで、配達のパンって」


「ああ、それなら」


 クレアさんが作業場の方に目を向けると、小さな女の子がパンの入ったバケットを持ってきてくれるところだった。


「ミナねー、これおねがーい」


「持ってきてくれたの? ありがと、ナルカちゃん」


「えへへー」


 レインさんとクレアさんの愛娘、ナルカちゃんはわたしにバケットを渡すとにっこりとほほ笑む。か、可愛い! 抱きしめてチュッチュしたい! というかするっ!


「やー、ミナねぇくすぐったいよぉ!」


「可愛いなぁ、可愛いなぁナルカちゃんはぁ!」


「もーっ! はやくはいたつしなきゃ、めーっ!」


「いたたたた⁉ ご、ごめんっ! ごめんってば!」


 耳たぶを引っ張られて、しぶしぶナルカちゃんから離れる。クレアさんはそんなやり取りを笑顔で見つめてくれていた。


「それじゃ、行ってきます」


「いってらっしゃい、ミナリー」


「ミナねぇ、きをつけてね!」


 二人に見送られて、わたしはバケットを片手に玄関に立てかけてあった箒を持って外に出た。


「飛べ!」


 ハンドルを握って魔力を流し込み、箒を浮かべてサドルにまたがる。


 そして一気に、大空へ飛びあがる!


 押し寄せてくる空気の壁が心地いい。箒はあっという間に家々の高さを超えて、町の中央の時計台も超えて、雲へとどんどん近づいていく。


 ……っとと。そんなに高く飛ばなくてよかったんだった。

 あんまり高く飛びすぎると、頭痛と息苦しさで死んじゃいそうになる。


 ほどほどの高度まで下りて、ハンクさんの家を目指す。


 ハンクさんの家は町の反対側。ちょうど四か月前にお姉さんと出会った日、向かっていた配達先もハンクさんのところだ。


「もう四か月か……」


 長かったような、短かったような。

 あれから、わたしはひたすら箒に乗る練習を繰り返した。


 箒はハンドルから魔力を流し込み、コアホウキに埋め込まれた飛空石に魔力を注ぐことで浮力と推進力を発生させる。その魔力の調整にまず苦戦した。


 ハンドルを握って魔力を流し込んだ途端、箒だけがすっ飛んでいったこと何十回。ただ浮かせて、サドルにまたがれるようになるまでどれだけ時間がかかったことか。


 ようやく箒に乗れるようになっても、飛べるようになるまでさらに時間がかかった。


 箒のコントロールがこれまた難しい。上昇するにはどうすればいいか、降下するにはどうすればいいか。旋回は、ブレーキは、急加速は。教えてくれる人は周囲に居ない。全部手探りで、一から自分で試すしかなかった。


 そうして自由に箒に乗れるようになったのは、つい一週間前のこと。


 王立魔術学園飛空科の試験日まで、あと八日に迫った日のことだった。


 ギリギリまで迷った挙句、わたしは王立魔術学園飛空科の試験を受けることにした。


 将来、国家魔術師になりたいと決めたわけじゃないけれど。

 お姉さんとの出会いを大切にしたい。そう思ったのだ。


「……いよいよ、明日だ」


 王立魔術学園飛空科入学試験まで――あと一日。


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