第6話 ウィザード・レース

「へぇー、アリシアって貴族様なんだ」


「とは言っても、そこまで大きな家でもないわよ? 昔から王家に仕える魔術師の家系ってだけ」


 服を乾かしながら、わたしとアリシアはほんの少し雑談に花を咲かせていた。同年代の子と話すのは随分と久しぶりな経験だ。上手く話せるか不安だったけど、アリシアはとても気さくな子ですごく話しやすい。貴族の人って、もう少し気難しいと思ってた。


「ミナリーは平民かしら? ご家族は何をされているの?」


「うーん……。パン屋さん、かな?」


 ちょっとだけ言いよどんじゃった。ただアリシアは気にならなかったようで、わぁと表情をほころばせる。


「パン屋さん! いいわねぇ、焼き立てのパンが食べ放題だわ」


「いや、売り物だから食べ放題ではないよ……?」


「そうなの? なら魅力は半減ね」


「えぇー……」


 なんてやり取りをしつつも、アリシアは炎と風の魔術で器用にわたしの服を乾かしていく。


「凄いね、アリシア。炎と風の魔術を同時に操るなんて」


「これくらい出来て当然よ。ウィザード・レースじゃこれを箒に乗ってやんなきゃいけないんだから」


「そうなの? 風の魔術は何となくわかるけど」


 主に箒の加速や向かい風を和らげるために、わたしも箒に乗りながら風の魔術は使ったりする。けど、炎の魔術は何のために使うんだろう?


「そりゃ、攻撃をするために決まってるじゃない」


「えっ? 炎の魔術で攻撃するの⁉」


「あたしはそうよ。あんたは?」


「いや、攻撃するって発想がなかったです」


 話には聞いてたけど本気で攻撃するんだ……。どうしよう、ちょっとおっかなくなってきた。大丈夫かなぁ、わたし。


「あんたねぇ、それでも国家魔術師志望なわけ? まあ、確かにウィザード・レースなら攻撃しないって戦法もありっちゃありだけど。あたしも、必要じゃなかったらめったに攻撃に魔力を使わないし」


「そうなの?」


「だって、一番前を飛んでたら攻撃する理由なんてないじゃない。魔術を無駄撃ちしたら魔力がもったいないわよ」


 アリシアはさも当たり前のように言い放った。


 ……なるほど。それは確かに一理あるなぁ。


「じゃあ、わたしもそんな感じで頑張ってみる」


「へぇ。つまりあたしよりも速いって言いたいわけね?」


「えっ⁉ いや、そういうつもりで言ったわけじゃ――」


「レース本番が楽しみね、ミナリー?」


「あ……、はい。そうだね……」


 どうやらアリシアのプライドに火をつけちゃったらしい。


 なんでも、アリシアは子供の頃から王国各地で開催されているウィアード・レースの大会に出場していて、何度も表彰台に上がってきたそうだ。


 うーん、藪蛇だったかも。


 一通り服を乾かして、わたしたちは一緒に試験会場に向かうことにした。


「そういえばあんた、魔術学園の方に飛んで行こうとしてたわよね? 試験会場は別の場所よ」


「えっ⁉ そうなの⁉」


「知らなかったのね……」


「う、うん」


 道理で同じ目的地に向かって飛んでいたはずのアリシアとぶつかったわけだ。招待状、そういえばあんまり読んでなかったかも。


「王都のすぐ近くにあるカルーア岬ってとこ。ほら、あの灯台のあたり。人だかりが見えてきたでしょ」


「あ、本当だ。人がいっぱい居るね」


 灯台の周りには大勢の人が集まっていて、出店が幾つも軒を連ねてステージまで設営されている。試験会場って言うよりも、縁日のお祭り会場みたいだ。


「あそこに居る人たち、みんな試験の参加者かな?」


「半分くらいはそうね。もう半分は見物人とか、参加者の家族とか。あとは学園の在校生が冷やかしに来たりもするそうよ」


「へぇー。詳しいんだね、アリシア」


「前に来たことがあるのよ。この辺りで降りて受付けにいきましょう」


「うん!」


 アリシアの後に続いて、人だかりから少し離れたところに着地する。試験の受付では濡れてしわくちゃになった受験票に苦笑いされたけど、何とか手続きを済ませることができた。


 そして試験本番、ウィザード・レースのスタート地点まで案内される。


 そこに居たのはわたしと同い年くらいの子たちだ。ざっと見ただけで、五百人は居そうに思える。みんな箒の最終チェックをしていたり、じっと目を瞑って瞑想していたりと、周囲のお祭りみたいな雰囲気に流されず集中している。


 ……みんな、本気なんだ。


 誰も中途半端な気持ちでここに居ない。ピリピリとした緊張感が、嫌でも肌に伝わってくる。


 わたしも、負けられない。


「ミナリー、今この瞬間からあたしたちは敵同士よ」


「うん。お互いに全力で頑張ろう」


「ええ。入学式で会えるのを楽しみにしているわ」


 互いに健闘を誓い手の甲をぶつけ合って、各々のスタート位置に分かれる。


 せっかくアリシアと仲良くなれたのだ。できることなら、二人で一緒に合格したい。


でも、今のわたしに他人の心配をしている余裕はない。


 試験開始まで、あと少し。


 気持ちを落ち着かせて意識を集中――


『さぁ、今年もこの季節がやってまいりました! 第二十五回王立魔術学院飛空科入学試験レース! 晴天に恵まれた今日、この日。我が校の新たな歴史を担うべく、王国各地から集まった猛者たちによる苛烈な争いが始まろうとしていますっ!』


 集中……、


『このレースの実況はわたくし! 王立魔術学園二年生、ユフィ・クロイツがお送りします! さあ、このレース! いったいどれだけの参加者がわたくしの後輩となるのでしょうか⁉』


 ……集中できない。


 音を大きくする魔術かなぁ。実況が盛り上がるにつれて、参加者以外の人たちも盛り上がっている。完全にイベントみたいな感じだ。


『さて、それでは本レースのコースと試験合格条件をご説明しましょう! コースは眼前に広がるこの雄大なスぺリアル湖に沿いまして、ぐるぅううううっと‼ 一周! そして、一番にこのカルーア岬のミルク灯台まで戻ってきた参加者の優勝です! また、試験合格条件は優勝者のタイムから三十分以内のゴールとなります』


 トップから三十分以内のゴールかぁ。どれだけの距離をどれくらいのスピードで飛ぶのかまったく未知数だ。


 どうしよう、とりあえず一番早い人についていけるように頑張ってみようかな。


『さあレース開始まで残り一分を切りました! スタートの時が近づきつつありますっ!』


「……えっ⁉」


 考え事をしていたらいつの間にか時間が過ぎてしまっていた。

 試験開始まで六十秒しか残されてない。


 お、落ち着こう。集中、集中……っ!

 鼻から空気を肺いっぱいに吸って、口からゆっくりと吐き出す。


 ……大丈夫。やれるっ!


『レース、スタートですっ‼』


 試験開始を知らせる歓声が響き渡ったと同時、わたしたちは一斉に大空へ浮き上がった。


 直後、真っ赤な箒が一つ。スタートダッシュを決めて飛び出す。

 あれって……!


 風にはためくのは陽の光を浴びてきらきらと輝く一房の金髪と真っ赤なローブ、そしてチェック柄のスカート。


 アリシア・バルキュリエだ。


「速いっ……⁉」


 彼女はスタート時の混雑から一瞬で抜け出して、後続を導くように先頭を飛んでいる。


 初めてのウィザード・レース。どれくらいのペースで飛べばいいのかわからないけど、少なくともアリシアのペースで飛べば合格圏には入れるはず。


「よし、わたしもっ!」


 アリシアには悪いけどペースメーカーになってもらおう。そのためには追い付かないと!


 スピードを上げるためにハンドルを握りしめ、一気に魔力を注ぎ込む。



 ――バリバキッ‼



 箒から嫌な音が聞こえたのは、その時だった。


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