第5話 出会い頭の空中衝突
「へっ?」
どこからか聞こえてきた声に、わたしは何事かと辺りを見渡そうとして。
――真横からの衝撃に吹っ飛ばされた。
その一瞬、見えたのは真っ赤な箒と、それに乗った金髪の女の子。そして、はためくチェック柄の奥にチラリとのぞいた純白の……
「きゃぁあああああああああああああああああああああああッッッ⁉⁉⁉」
それどころじゃなかった。そんなどころじゃなかった! 落ちてる! 衝撃で箒のコントロールを失って、真っ逆さまに落ちてるっ⁉
箒の体勢を立て直すこともできず、せめて箒を手放さないようにハンドルをギュッと握りしめる。幸いにも、眼下にあるのは緩やかな流れの川だった。澄んだ水が流れていて、藻を蓄えた川底の石がよく見える。
……水深、浅いなぁ。
死を覚悟した直後、水柱に視界が覆われた。全身に打ち付ける衝撃にわたしの体は押しつぶされ…………ない。あ、あれっ?
思わず瞑ってしまっていた目を開けると、箒は川面に対して垂直に止まっていた。薄っすらと、川面と箒の間に膜のようなものが見える。
そ、そっか。箒の衝撃緩和術式が作動したんだ……。
箒には落下事故防止のため搭乗者を守る衝撃緩和術式が組み込まれている。それがちゃんと発動したようで、わたしを落下から守ってくれたのだ。
「よ、よかった。助かっ――」
ぐらっと箒が揺れたかと思うと、わたしはそのまま川に落っこちた。
「ぶはっ⁉ げほっ、ごほっ」
慌てて水面に顔を出す。水深が浅くて助かった。
「つ、冷たい……!」
段々と肌寒くなってくる季節。川の水は身を切るほどとまではいかなくても、体を冷やすには十分だった。
流されかけていた箒を慌てて回収し、濡れて重たくなった服で何とか岸にたどり着く。
し、死ぬかと思ったぁ……っ!
と、
「ちょっとあなた、大丈夫なの⁉」
岸から差し伸べられた手があった。シミ一つない綺麗な白磁色で、ほっそりとした手だ。
見上げると、そこに居たのは同い年くらいの女の子。
背はわたしよりも高くて、百六十センチはありそうだった。
艶やかな金髪を頭の高い位置で結ったポニーテール。ほっそりとした眉と、ぱっちりとした強気な瞳。スッと通った鼻筋で、瑞々しさのある桜色の唇に視線が吸い寄せられる。
とても可愛くて、美しい女の子だった。差し伸べられた手を取っていいのかと逡巡してしまう。それでも恐る恐る掴んだ手は暖かく、すべすべとしていた。
「あ、ありがとう……」
彼女の手を借りて岸に上がったわたしは、思わずその場にへたり込んだ。
出かける前にナルカちゃんから気を付けるようにと言われていた手前、バツが悪い。
「あなた、怪我は⁉ 痛いところとかない⁉」
「う、うん。衝撃緩和術式が作動してくれたから、大丈夫……」
言いかけて気づく。おそらく事故った時の衝撃で、箒の左側のフレームに凹みができていた。幸い小さな凹みだから、飛行には問題なさそうだ。
「よ、良かったぁ~……」
わたしの返事を聞いて、女の子は胸をなでおろすように息を吐いた。
もしかして、この子……。
服装は白色のブラウスに赤いローブを羽織り、チェック柄のスカートをはいている。あの一瞬でチラッと見えた柄と同じ。と言うことは、
「――ったく、あなたねぇ! 他人の飛行ルートに横から割り込んできて、死にたいの⁉ 周囲確認は箒乗りの基本でしょうが‼」
「えっ⁉ あ、ごめん!」
「まったく、急に飛び出してくるんだもの。ビックリしたわよ!」
「ご、ごめんなさい……」
今回の事故、周りに注意を向けていなかったわたしの責任だ。返す言葉もなかった。
「……まあ、とにかく無事でよかったわ。私も注意を怠っていたところもあるから……その、ごめんなさい」
女の子はぺこりと頭を下げた。
まさか謝られるとは思わなくて、「いや、ちょっ、えっと」と言葉に詰まる。
気が強い印象を受けたけど、根は真面目な子なのだろうか。
「こ、こっちも……ごめん。あなたは大丈夫だった?」
「え、ええ。幸い落ちずには済んだから」
箒同士の事故は決して少なくないと箒屋さんから教わった。衝撃緩和術式があるから今回のように怪我なく済むケースがほとんどだけど、中には箒に乗っていた人が大怪我を負う事故や、最悪死んでしまう事故だってある。
今回はお互いに怪我もなかった。それは間違いなく幸運と言えるものだ。
「そっか。良かった、あなたにも怪我がなくて」
「でもあなただけびしょ濡れね。上着、貸して。乾かすのを手伝うわ」
「え、でも」
もし彼女が急いでいたら、わたしのせいで遅刻させてしまうのは申し訳ない。気にせず先に行くように伝えたわたしに、彼女は首を横に振ってわたしの胸元を指さした。
「それ、王立魔術学園飛空科入学試験の招待状でしょ?」
「あ、うん。そうだけど」
「あたしも、その試験を受けるのよ」
そう言って、わたしがお姉さんから受け取った招待状と同じものを女の子は取り出して見せてくる。
「試験の開始時間まで少し余裕があるわ。あなたが風邪をひかないうちに乾かしてしまいましょう」
そう言うと、彼女はへたり込んだままのわたしに、さっきと同じように手を差し伸べて、
「まあ、これも何かの縁よね。あたしはアリシア。アリシア・バルキュリエ。あなたは?」
差し伸べられた手を取って、わたしは名乗る。
「ミナリー。ミナリー・ロードランド」
「そう、ミナリーね。よろしく」
「う、うん! よろしくね、アリシア」
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