第17話 ちょっと特殊な体質

 もう大丈夫そうだ。


 魔術は感情に影響されて、無意識で発動させてしまうことがある。頭ではわかっていても、発動を止められなくなってしまうのだ。


 魔術を覚えたての子供は特に危険で、ナルカちゃんも時折無意識で魔術を発動させそうになることがあった。


 そういう時は、こうして抱きしめてあげると落ち着いてくれる。


 アリシアも感情のコントロールがあまり得意じゃないんだと思う。そういう人は大人にも居て、珍しいというわけじゃない。どの世界にも、良い意味でも悪い意味でも感情が豊かな人は大勢居るものだ。


「ちょっとミナリーさん! 急に割り込んできてなんですの⁉」


 一連のやり取りを理解できなかったのか、ロザリィさんが金切り声を上げる。


 貴族とか平民とか、わたしにはよくわからない。曖昧にしか憶えていないはずの前世の価値観が、頭の中に残り続けているからだろうか。


 好きに言わせておけばいいと思っていた。


 わたしは特に気にならなかったから。


 けど、アリシアにとってはそれじゃ済ませられることじゃなくて。


 怒らないわたしの代わりに、アリシアが怒ってくれたわけで。


 そんな彼女の想いまで、見て見ぬふりはできない。


「悪いけど、ロザリィさん。アリシアはわたしの大切な友達だから」


 アリシアを抱きしめたままロザリィさんに向き直り、わたしは言い放つ。


「あなたなんかに、――アリシアは渡さない」


「へ、平民の分際で……っ!」


 目じりを吊り上げ鋭い視線を向けてくるロザリィさんから、わたしは一瞬たりとも視線をそらさなかった。ただ真っすぐに見つめ返す。


 しばらくして、先に折れたのはロザリィさんの方だ。


「ちっ……。今日のところは失礼いたしますわ。忠告差し上げましてよ、アリシアさん。バルキュリエ家の名に恥じぬ友達付き合いをなさいますよう。……それから、ミナリー・ロードランド!」


「何かな、ロザリィ・サウスリバーさん?」


「覚えていらっしゃい! このロザリィ・サウスリバーが、あなたに格の違いというものを見せつけて差し上げますわ。試験に合格した程度で、調子に乗っていられるのも今の内でしてよっ‼ ごきげんようっ‼」


 ふんっ……と鼻を鳴らして、ロザリィさんは食堂から去っていく。


 取り巻きの生徒だろうか。何人かの女子がそのあとに続いて出ていった。


 わたしたちのやり取りを見ていた周囲の生徒たちも、再び食事に戻っていく。


 アンナちゃんは相変わらずの無表情で、


「騒がしい人でしたね」


 と呟いてスープをすすった。


 ……ふぅ。とりあえず何とかなったかな。


「み、ミナリー……。その、ちょっと暑いんだけど……」


「えっ? あ、ごめんアリシア」


 抱きしめたままだったアリシアを開放する。


 アリシアは「ふぅ」と息を吐くと、真っ赤な顔を掌で仰いだ。


「まったく、何なのよあいつ。次にミナリーを馬鹿にしたらただじゃ置かないんだから」


「まあまあ。でも、魔術はダメだよ。周りにも迷惑がかかっちゃうんだから」


「わ、わかってるわよ。でもあんた、よくあたしが魔術を使っちゃいそうだってわかったわね? 止めてくれて助かったわ」


「アリシアの周りの空気がピシピシって軋んだから、止めなきゃダメだなと思って。…………………………あれ?」


 気づけば、アリシアとアンナちゃんが信じられないものを見たと言いたげな顔でわたしを見ていた。アンナちゃんまでそんな顔をするなんてどうしちゃったんだろう。


「ミナリーさん、魔術の発動がわかるのですか……?」


「うん。何ていうか、魔術を使うときってその人の周りの空気が軋むよね。みんなにも見えてる…………と、思ってたんだけど」


 アリシアもアンナちゃんも、「何を言ってるんだこいつ」と思ってそうな表情を浮かべていた。


 どうやらわたしは、ちょっと特殊な体質だったみたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る