第18話 夜のお散歩

「アリシア、起きてる?」


 同じベッドに寝転がり、同じ布団をかぶっているアリシアに尋ねる。


 わたしたちは背中合わせで横になっていた。


 静かな夜。隣にいるアリシアの身じろぎする音や、呼吸をする音は何にも邪魔されず耳朶まで届いてくる。


 アリシアがさっきからずっと起きていることはわかっていた。


「なによ、眠れないの?」


「うん」


 魔力切れでお昼前から夕方まで眠っていたせいか、頭はまだ睡眠を欲していなかった。


「明日から授業なんだから、早めに寝なさいよ」


「頭じゃわかってるんだけどねー……」


 今日は色々なことがありすぎて、瞼を閉じるとどうしても思い出してしまう。


 クレアさんとナルカちゃんに見送られて、王都へ向かって旅立ったこと。


 道中、アリシアと出会ったこと。


 試験中に箒のコアが折れてしまったこと。


 何とかギリギリ、試験に合格できたこと。


 お姉さんと再会できたこと。


 アンナちゃんに出会ったこと。


 三人でお風呂に入ったこと。


 ロザリィさんにケンカを売られたこと。


 どれも、四か月前にお姉さん……シフア先生と出会わなければ起こらなかった出来事だ。


 いくつもの偶然が重なって、わたしは今ここに居る。


 それを思うと気持ちが昂って、うずうずが止まらなくなってしまう。


 眠らなきゃいけないとわかっていても、これはしばらく眠れそうにない。


 そして、それはきっと、


「アリシアも、でしょ?」


「まあね……」


 アリシアもアリシアでなかなか寝付けないでいたようだ。二人そろって、一度上半身を起き上がらせる。アリシアはパジャマ姿で、髪は結わずにおろしていた。


 その姿は誰かに似ているような気がするんだけど、具体的に思い浮かばなかった。


 それよりも、


「ねえ、アリシア。ちょっと付き合ってよ」


「付き合う? 別にいいけど、何をするつもりよ」


「散歩だよ。夜の空中散歩」


 ベッドから出て、アリシアの手を引っ張ってベランダに出る。ベランダには二本の箒が立てかけてあった。


 わたしの箒と、アンナちゃんの箒だ。


「あたし、箒を部屋に置いてきちゃったわよ?」


「じゃあ、二人乗りしよっ! わたし操縦するから」


「いや、あんた昼に魔力切れでぶっ倒れたばかりでしょーが。先生からも今日一日は魔力の使用禁止って言われたじゃない」


「大丈夫だよ、少しくらい。今飛ばないと、心がうずうずしちゃって眠れそうにないんだもん!」


「まったく……。本当に少しだけよ?」


「うんっ! ありがと、アリシアっ!」


「ちょっ⁉ こら、くっつくな!」


 そんなこんなで、二人で一本の箒に乗って夜の空中散歩に出発する。


「ミナリー、箒の先に発光魔術つけなさいよ。夜間の飛行は視界が悪くて事故を起こしやすいんだから」


「アリシアが言うと説得力が違うね」


「あんたが言っても変わんないわよ?」


 お互いに視界が良い昼間に衝突したドジっ子なので、安全対策はしっかり行う。箒の先を魔術で赤く照らして、ゆっくりと高度を上げていく。


 今日は晴天で満月だった。雲一つない澄み渡った夜空に、真ん丸の大きなお月様が浮かんでいる。月が明るすぎるせいか星はあまり見えないけど、遠くに見える王都の夜景が煌びやかで奇麗だった。


 夜風が冷たくて気持ちいい。夏が過ぎ去って、これからどんどん秋も深まっていくだろうこの季節が、箒で夜空を飛ぶのにちょうどいい時期なのかもしれない。


「夜に飛ぶと、昼に飛ぶのとまた違った感じで楽しいね」


「あんたって飛ぶのが好きなのね」


「うんっ! アリシアは?」


「……どうかしら。好きとか、楽しいとか。そういうの、考えたことなかったわ」


 アリシアはそう言うと、わたしのお腹に手をまわして、背中にぴったりと抱き着いてくる。


「でも、ミナリーと一緒に飛ぶのは嫌いじゃないわよ」


「そっか。じゃあもう少し飛んでみよう」


 ほんの少しスピードをあげて、入学試験とほとんど同じコースでスぺリアル湖上空を飛行する。周りには誰も居なくて、鳥すらも飛んでいない。


 わたしとアリシアだけの世界が、どこまでも広がっているようだ。


「……あたしの家のこと、聞いてこないのね」


「アリシアの家? ……ああ、王国七大貴族とかって」


 確か、ロザリィさんはそう言っていた。アリシアが平民のわたしと一緒に居たら、王国七大貴族であるバルキュリエ家の名がどうこうって。


「わたし、貴族のことあんまり詳しくないんだよね。だから、そんなに気にならないというか、もっと気にした方がいいのかな、やっぱり」


「……そんなこと、ないわよ。そんなミナリーだから、あたしは一緒に居られるの」


「じゃあこれから一生、気にしないことにするね」


「……ッ。ミナリーの、ばーか」


「えぇっ⁉ なんでわたし急に罵倒されたの⁉」


「知らないわよ。あーもう、あんたって本当にミナリーよねっ」


「ミナリーだよっ⁉ わたし初めからミナリーだったよ⁉」


「そんなところが、その……、  ……なのよ」


「アリシア? なにか言った? 最後の方、聞き取れなかったんだけど」


「別にっ! 何でもないわっ! 友達になってくれてありがとうって言ったのよ!」


「あ、うん! こっちこそありがと、アリシア! これからもよろしくね!」


「ええ!」


 なんて会話をしながら、わたしたちは気が済むまで夜の空中散歩を楽しんだのだった。

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