第19話 メガネっ子アリシア

「まったく……。授業開始初日から遅刻とは。期待を裏切らないね、ミナリー」


「いやぁ、それほどでも」


「褒めてないけれど」


「ごめんなさいっ!」


 結局、わたしたちは翌朝の授業に遅刻した。


 思う存分夜空を飛び回って、部屋に戻ってきたのは日付も変わってしばらくした頃。そこからアリシアとお喋りをして、気づいたら寝落ちしていた。


 起きた時にはもう授業が始まっている時間で、わたしたちは大慌てで支度して校舎へ向かったのだった。


 ちなみに、アンナちゃんも一緒に遅刻した。何なら彼女が一番遅くまで寝ていたので、明日からはわたしがちゃんと起こしてあげなきゃと妙な使命感に駆られている。


「今回は大目に見てあげるから、三人とも空いている席に座りなさい」


「はーい」


 シフア先生に促され、わたしたちは空いている後ろの方の席へ向かう。


 途中、ロザリィさんに非難がましくジィっと睨まれてしまった。


 うっ……。昨日の今日で、わたしのせいでアリシアを遅刻させてしまった手前、ちょっとバツが悪い。まさに平民から悪影響を受ける貴族のお嬢様って構図だもんなぁ……。


 気を付けようと思いつつ、三人並んで席に着く。


「さて、授業を再開しようか。ちなみに、今頃になってのこのこと登校してきた三人に説明すると、今の時間は箒の歴史のおさらいだ。アリシア、君に質問してみようか。箒を今の形へと昇華し、人類で初めて箒に乗って龍(ドラゴン)と戦った人物を言ってごらん?」


 ……え、全然わかんない。


 この世界でわたしが通う学校は、この王立魔術学園が最初だった。読み書きはクレアさんに教えてもらってできるようになったけど、この世界の歴史なんてちんぷんかんぷんだ。


 アリシアはどうなんだろう。気になって隣を見ると、アリシアはいつの間にか赤ぶちの眼鏡を装着していて、椅子から立ち上がって回答する。


「屠龍王ドラングニルです。紀元前二年の八月七日だったと記憶しています」


「正解だ。うん、日付までピッタリだよ」


 えっ? 意外と優等生⁉


「今からおよそ千年前まで、この世界は龍が支配していた。我々人類は穴倉で生活し、常に龍の脅威に怯えながら過ごしていた。そんな世界を変えるべく屠龍王が作り出したが、現代魔術へと発展していく基礎となった対龍討滅術式と、飛空石を埋め込みハンドルとサドルを付けることで飛行を可能とした箒だ」


 いや、屠龍王さん箒を魔改造しすぎでしょ……とツッコミを入れたくなる気持ちを抑え込む。なまじ中途半端に前世の世界の知識があるせいで、どうもこの世界の常識を受け入れられない時がある。


「ここで重要となってくるのが、この石。飛空石の発見だね」


 シフア先生はおもむろに、ポケットから幾つかの半透明の赤い石を取り出した。


「宝石みたいに煌びやかで綺麗なこの石には、他の鉱石とは違うとても大きな特徴があった。こうやって魔力を注ぐと……」


 シフア先生の掌の上にあった飛空石が、淡く輝きを放った。


 そしてゆっくりと、一つ一つが宙へと浮かんでいく。


「これが飛空石だけが持つ性質。この石は魔力に反応して浮かぶんだ。これをコアとなるホウキに埋め込むことで、箒は浮力と推進力を得ているわけだね。ちなみにこの飛空石には様々な術式が刻み込まれていて、例えば……」


 視線をアリシアに向けてみると、アリシアはシフア先生の話に集中しながらしっかりとノートをとっている。いまだ真っ白なわたしとは大違いだ。シフア先生、黒板に何も書いてくれないんだもん。板書以外にノートに書くことってなくない?


 ……いや、あった。


『アリシア、眼鏡してるけど視力悪いの?』


 ノートに書きこんで、アリシアの視界に入るところに置いてみる。


 するとアリシアはこっちを一瞥して、にっこりと笑顔を浮かべたわたしを見てため息を吐いた。それから、ノートに何やら書き込んでわたしの前に置いてくる。


『後ろの席だと少し見えづらいってだけ。授業に集中しろ!』


『アリシアって意外と優等生キャラなんだね』


『意外って書くな。授業に集中しなさいってば』


 むすっとした表情でこっちを見てくるアリシア。そろそろ怒られちゃいそうだ。


 でも、伝えたいことがあったのでもうちょっと書いてみる。


『さっきのアリシア、かっこよかったよ』


 着席してすぐに先生から当てられて、動揺もせずあれだけスラスラと正答を返せる人はあんまり居ないと思う。少なくてもわたしには無理だ。素直に尊敬する。


『ありがと。あれくらい、簡単よ。ぜんぜんたいしたことじゃないわ。昔から歴史の授業は得意だったの』


 筆が乗ったのか饒舌な返事が戻ってきた。


 本当にわかりやすいなぁ、アリシアは。


 もう一押し、してみたくなっちゃう。


『その眼鏡、すっごく似合ってるね』


『そ、そうかしら?』


『うん。可愛いよ、アリシア』


「かにゃっ……⁉」


 ノートを見て、アリシアが変な声を上げた。


 そ、そんなに驚かなくても……。


 とっさに口元に手をやるけど、教室中の視線がアリシアに集中する。


 彼女の顔はみるみる内に赤く染まっていった。


 教壇に立つシフア先生は苦笑を浮かべて、


「どうしたんだい、アリシア。急に可愛い悲鳴を上げて」


「こ、これは、そのっ、み、ミナリーに!」


「ミナリーに?」


「ミナリーに……」


 アリシアの瞳が右へ左へと目まぐるしく動く。


やがてアリシアはガバッとわたしの手を掴んで、


「ミナリーに胸を揉まれました!」


「ちょぉおおおおおおおおおおおおっ⁉」


 わたしはとんでもない冤罪をでっちあげられた。

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