第16話 ロザリィ・サウスリバー
「ごきげんよう。たしか、ロザリィ・サウスリバーさんだったかしら」
「まあ、憶えてくださっていらしたのね。光栄ですわ、アリシアさん」
「社交界で何度か顔合わせしてたでしょ。それに、レースで一度だけ戦ったこともあるわよね」
「ええ、そうです。そのことまで憶えてくださっているなんて、驚きですわ。わたくし、そのレースで入賞すらできなかったというのに」
「同い年の女の子が出場していると小耳にはさんで、少し気になっただけよ。それで、あたしに何か用かしら?」
アリシアが尋ねると、ロザリィさんはわたしとアンナちゃんを一瞥する。
「こちらのお二人は、アリシアさんのお友達かしら?」
「ええ。ミナリーとアンナよ」
「初めまして。えっと、ロザリィさんって呼んでいいのかな? ミナリー・ロードランドだよ。よろしくね」
「アンナ・シールズです」
「ミナリー・ロードランドさんとアンナ・シールズさんですわね。お二人のご実家はどちらを治めていらっしゃるのかしら?」
「えっ?」
はじめ、ロザリィさんが何を言っているのか理解できなかった。わたしが戸惑っていると、アンナちゃんが相変わらず感情の読めない表情で言う。
「アラルカの北部。シルドブルム一帯の山岳地帯です」
「あら、アラルカの方でしたのね。あの辺りは年中真冬のように寒いと聞きますが本当ですの?」
「夏は暑いです。冬は洗濯物が凍ります」
「まあ。それは何かと不便そうですわね」
アンナちゃんはロザリィさんの質問に淡々と答えていく。
というか、アンナちゃんも貴族の家の出身だったんだ。
思えば、王立魔術学園の飛空科に入学するためには、自分の箒を持っていることが第一条件なわけで。わたしみたいに人から貰ったりしない限り、箒を持っている家庭というのはだいたいがお金持ちか貴族のご家庭なわけで。
あれ? もしかして、平民ってかなり少数派なのでは?
「ミナリーさんのご実家はどちらですの?」
「ふえっ⁉ え、えーっと、キリスクの町のパン屋さん……かな」
「パン屋さん……?」
まるで想定していなかった答えが返ってきたようで、ロザリィさんは小首を傾げる。
「つまりあなたは、平民ということかしら?」
「う、うん。そうなるね」
わたしがそう答えると、ロザリィさんのわたしを見る目が変わった。すぐにわたしから視線をそらして、アリシアを見る。
「アリシアさん、お友達付き合いをする相手は選んだ方がよろしくてよ? 王国七大貴族に名を連ねるバルキュリエ家の格が下がりますわ」
「何が言いたいのかしら?」
「わたくしとお友達になりましょう。このような平民とよりも、わたくしならよっぽど素晴らしい関係を築けると思いますの」
「…………素晴らしい関係、ねぇ」
ピシリ……と、アリシアの周囲の空気が軋んだような気がした。
そのことに、ロザリィさんが気付いた様子はない。彼女はわたしよりもどれだけ自分が優れているか、生まれや教養や作法あらゆる面をアピールしている。
そうするごとに、アリシアの周囲の空気が軋み悲鳴を上げていって、
「アリシア、ストップっ‼」
「――ッ」
アリシアの魔術が発動する寸前、わたしはアリシアとロザリィさんの間に割って入った。
間一髪だった。もう少しでアリシアの魔術が発動して、ロザリィさんに向かって放たれていた。そんなことになったら、きっとアリシアとはもう一緒に居られなくなる。それが何より嫌で、体が自然と動いてくれた。
「落ち着いて、アリシア。わたしは大丈夫だから」
「でもっ……。ミナリー、あたし……」
「ありがとう、アリシア。その気持ちがすごく嬉しいよ。それだけで、十分だから」
アリシアの呼吸は荒れていて、瞳には仄かに赤い光が輝いている。
わたしはアリシアの体をぎゅっと抱き寄せた。
「大丈夫だから。落ち着いて…………ね?」
「……ん」
ゆっくりと、アリシアは呼吸を繰り返す。空気が軋むような、ピリピリした感じはなくなっていった。
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