第49話 可哀想だよね

「ま、ほどほどにしときなよー、ミナリーちゃん。明日のレースに出るなら、魔力の回復が追いつく程度にね」


「はい、気を付けます。そう言えば、シユティ先輩。わたし意外にもこんな時間に飛んでいる人が居るみたいですよ?」


 わたしはスぺリアル湖の方へ視線を向ける。そこではまだ、赤い光が夜空を縦横無尽に飛び回っていた。上昇と下降を不規則に繰り返したり、急加速急旋回をしたりと、一見出鱈目な飛行をしているように見える。


 けれど、わたしにはその動きが何をしているものなのかが理解できた。


 魔力の流れを辿って飛んでるんだ。


 わたしのように魔力が見えているわけじゃなさそうだ。ただ、アリシアと同じかそれ以上に魔力を感じられる人には違いない。


 いったい、あれは誰なんだろう。


「ああ、パイセン今日も飛んでるんだ」


 先輩は発光魔術を見て、呟くように言った。


「パイセン……?」


「そうそう、アリスパイセン」


「アリス…………ってことは、アリシアのお姉さん……?」


「おろっ? ミナリーちゃん、パイセンの妹ちゃんと知り合いなの?」


「え、あ、はい。まあ……」


 知り合いというか、実質ルームメイトだ。入学以来、アリシアはすっかりわたしとアンナちゃんの部屋に居ついてしまって、たぶん自分の部屋で一度も寝たことはおろかお風呂に入ったことすらないと思う。


 そんなことよりも、だ。


「アリシアのお姉さん……アリス先輩って学内ランキング一位ですよね。そんな人が、レースの前夜にこんな時間まで飛んでいるんですか……?」


「意外?」


「それは、まあ……」


 アリス先輩は、学園内で知らない人は居ない実力者だ。


 友達が少ないわたしの耳に入ってくる限りでも、入学試験最速記録保持者、一年から代表戦選抜入り、校内のレースでは一度も二位以下になったことがない……などなど、その逸話には枚挙にいとまがない。


 天才、才能が違う、別格の存在。アリス先輩を誰かが語る時には、必ず耳にする言葉だ。


 それを聞くたびに、アリシアが嫌な顔をしていたのを思い出す。


「可哀想だよね、あの人」


「えっ?」


「なんでもなぁ~い。そんなことよりミナリーちゃん、良かったらお姉さんがプライベートレッスンをしてあげようか?」


「えっ?」


「むふふふふ。怖がらないで良いからね? お姉さんが優しく手取り足取り教えてあげるよぉ、げへへへへっ♪」


 シユティ先輩は鼻息を荒くして、指先をうねうねさせながらわたしに近づいて来る。


「ちょっ――先輩、何を……っ⁉」


「良いではないかぁ、良いではないかぁ。ぐへへぇ」


 深夜に昂りすぎて変なスイッチでも入ってしまったのか、先輩はじりじりと箒でわたしに迫り寄ってくる。何をするつもりか見当もつかないけれど、本能が逃げろと叫んでいた。


 と、


「一年をからかうんじゃありません」


「げふぅっ⁉」


 振り下ろされたチョップに、シユティ先輩は頭を押さえた。


 その後ろに居たのは箒に乗ったアリス先輩だった。い、いつの間に……? 発光魔術の赤い光からは結構離れていたはずなのに。


「久しぶりですね、ミナリー。シユティに変なことはされていませんか?」


「あ、はい! 大丈夫です。ありがとうございます、アリス先輩」


「いいえ、後輩を悪の魔の手から守るのも先輩の務めです」


 悪の魔の手って……。


「ちょっとパイセン! いきなり何するんですかっ‼」


 わたしが苦笑していると、頭を押さえて身を丸くしていたシユティ先輩が、状態を起き上がらせてアリス先輩に詰め寄った。


「こんなに可愛いくて美少女な後輩の頭にチョップを食らわせるなんて、人のすることとは思えませんね。鬼です、あなたは鬼ですよっ!」


「誰が鬼ですか、誰が。あなたの方こそミナリーに何をするつもりだったのですか」


「別になにもー? ただちょっと、からかってミナリーちゃんの恥ずかしがる表情を愛でようとしただけですぅー」


「十分確信犯ではないですか」


 ……まったく、とアリス先輩は溜息を吐く。二人はどういった関係なのだろう。何となく気心の知れた仲といった印象を受けた。


「そういえば、ミナリーも明日のレースに出場するのでしたよね?」


「あ、はい。そのつもりです。アリシアと、アンナちゃんと一緒に」


「へぇ……」


 スッ……と、シユティ先輩が目を細めた。アンナちゃんの名前をわたしが口にした瞬間から、先輩のまとう空気が変わったような気がする。


「アリシアもレースに参加するのですね。てっきり、明日のレースは出場を見送るかと思っていましたが……」


「アリシアから聞いてなかったんですか?」


「この間の秋休暇も実家に戻ってきませんでしたし、学園でもなかなか会う機会がなくて……。元気にしているなら良いのですが……」


 アリシア、新入生歓迎レースから一度もお姉さんと顔を合わせてなかったみたいだ。


 今のアリシアを先輩が見たらどう思うだろう。驚いちゃうかな……。


 その楽しみは、明日のレースに取っておこう。


 明日のレース、わたしは参加こそするけど上位を狙うわけじゃない。目的は、アリシアの……ううん、アリシアとアンナちゃんのリベンジを見守ることだ。


「シユティ先輩、アリス先輩」


 ここでこの二人に出会ったのも何かの縁。二人のリベンジに水を差すつもりはないけれど、ほんの少し思うところは確かにあって。


「アンナちゃんも、アリシアも、新入生歓迎レースからすごくすごく頑張ってきたので」


 わたしは、目の前の先輩たちに向かって言う。


「明日のレース、楽しみにしておいてくださいね」

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