第50話 来訪祭

 今から千年以上前に屠龍王ドラングニルが王都アメリアに訪れたことを祝すお祭り、来訪祭の日がいよいよやってきた。


 レースの開始はお昼前の午前十一時。スタート位置の王都中央公園までの道沿いには多くの出店が立ち並んで、そこかしこから美味しそうな匂いが漂ってきている。パッと見ただけでも肉串やリンゴ飴、焼きトウモロコシなんかのお店が並んでいる。


 その様は、前世の記憶として朧気に残っている縁日の光景に似ていた。前世の世界とこの世界、変なところで似通ったところがあるんだよね……。


「やっぱり来訪祭となると凄まじい熱気ですわね! 王都の秋の一大イベントと言えばこの来訪祭しかありえませんわ!」


「ふぇー、そふなんたぁー」


「ミナリー、あなた何を食べていますの?」


「リンゴ飴。ロザリィも食べる?」


 わたしは齧っていたリンゴ飴をロザリィの口元に向ける。物珍しさに食べてみたくなって買ったはいいけど、リンゴ丸まる一個はさすがに食べていて飽きがきてしまった。


「良いんですの? 祭りの定番ですが、今まで庶民の食べ物だからと敬遠してきましたわ。せっかくの機会ですし、いただきますわね」


 ロザリィは顔にかかった髪を手でかき上げながら、「あーん」とリンゴ飴に口を近づける。


「ちょっ⁉ ロザリィ、それ!」


 それになぜか狼狽した声を上げたのはアリシアだった。血相を変えてリンゴ飴に手を伸ばそうとするけど、それよりも先にシャクっとロザリィがリンゴ飴を口にする。


「ふむ、なるほどですわ。飴のカリッとした食感と、リンゴのシャキシャキした果実の食感が合わさって美味ですわね。少々甘すぎるような気もしますけれど、年に一度は食べたくなる味ですわ」


「年に一度ってところが的を射てる気がするよ」


 お祭りの出店で買う食べ物って、どれもだいたいそんな感じだった気がする。普段は食べたいと思わないけど、お祭りだとなぜか買っちゃうというか。


「み、ミナリーとロザリィが間接キス……」


 振り返るとアリシアがこの世の終わりみたいな顔をしていた。いや、女同士のたかが間接キスくらいでそんな絶望しなくても。


「アリシアも食べる? 年に一回食べたくなる美味しさだよ?」


「それは人に勧める美味しさなのですか?」


「食べるわ!」


 アンナちゃんの冷静なツッコミが入ったけど、アリシアは勢いよくリンゴ飴にかぶりついた。リンゴ飴はそのままアリシアに渡して、わたしたちは四人で来訪祭を見て回る。


 レース前にこんな悠長なことをしていていいのか、という気がしないでもないけど、レースはお昼時を跨いで行われるから、それまでに出店で軽く腹ごしらえをしておこうという話になったのだ。


 魔力を使うとお腹が減るのはよくある話で、逆説的にお腹が減っていると魔力が思うように発揮できない。シフア先生だって、空腹でキリクスの裏路地に倒れていた。空腹は魔術師にとってまさに大敵と言っても過言じゃない。


「それにしても、今年はやけに人が多いわね」


 リンゴ飴を食べながらアリシアが周囲を見渡して言う。


 例年がどの程度なのかわからないけど、王都のメインストリートは道を埋め尽くさんばかりに人が歩いていた。わたしたちも、はぐれないよう手を握っていないと人の流れで分断されそうになるくらいだ。


「そりゃ、今年は千年紀最後の年ですもの。屠龍王ドラングニルが邪龍ヨルムンガンドを討伐した年を屠龍歴一年として数え始めて、今年でちょうど千年目。昔からよく言われている終末の年というやつですわ」


「終末の年?」


「あれよね、確か。邪龍ヨルムンガンドが復活するだの、ドラゴンの侵攻で人類が滅亡するだのっていう」


「バカバカしい話ですわね。ドラゴンなんてもはや絶滅危惧種。保護対象にまでなり下がったと言いますのに。眉唾にもほどがありますわ」


 ロザリィはそういった類の話をまったく信じていないようで、呆れたように肩をすくめている。


「まあ、そういった与太話もありますけれど、何にせよ今年は御目出度い年というわけですわよ。今年の来訪祭では千年紀を祝して様々な式典や催し物も企画されていますし、例年より人が多くて当たり前ですわ」


「へぇー、ロザリィ詳しいね」


「あなた方が疎いだけですわよ?」


 それはまあ、確かに。わたしは言わずもがな、アリシアはそういった世間の話題にはあんまり興味を示さないタイプだ。アンナちゃんはその辺どうなんだろう。


「終末の年、ですか……」


「アンナちゃん?」


「いえ、何でもありません。そろそろ、レース会場に向かった方がよい時間です」


 言われてみれば、出店を見て回っている間にレース開始時間が迫りつつあった。


「そうだね、そろそろ行こうか」


 わたしたちはレース会場となっている中央公園の方へと足を向けた。


 会場に着くと受付に預けてあった箒を受け取って、最終調整を行う。調整と言っても、異常がないかの確認程度だ。入学試験の時はこれを怠ったせいもあって、レース開始直後にコアが折れてしまった。


 今回は大丈夫。箒は万全の状態だ。

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