第51話 冷たい瞳

「ミナリー、その……ちょっといい?」


 アリシアが箒を持って、躊躇いがちにわたしに訊ねてくる。


「どうしたの、アリシア?」


「その、ついてきて欲しいのよ。姉さまの、ところに」


 歓迎レース以降、アリシアはアリス先輩と顔を合わせていない。レース前に会っておきたいのだろうけど、一人で会いに行ける勇気はまだわかないようだった。


「うん、いいよ」


 わたしは快諾して、会場内にアリス先輩の姿を探す。


 レース参加者は意外と学園の生徒じゃない一般参加の人の方が多かった。もちろん一般参加と言っても箒を購入できるだけの地位に居る人たちだ。国家魔術師にならなかったというだけで、手練れの魔術師は大勢いるだろう。


 そんな中でも、優勝候補は圧倒的にアリス先輩なのだそうだ。今も王都の新聞記者の人だろうか、インタビューを受けているらしいアリス先輩の姿はすぐに見つかった。


 インタビューが終わるまでしばらく待って、新聞記者の人が去ったタイミングを見計らってアリス先輩に話しかける。


「こんにちは、アリス先輩」


「あら、ミナリーですか。こんにちは。そっちは…………」


「…………久しぶりね、姉さま」


「あ、アリシア⁉ そ、その髪はどうしたのですか⁉」


 やっぱりアリシアが髪型を変えたことは知らなかったようで、アリス先輩は予想していた以上に狼狽した。あわあわと手を動かして、アリシアの周りをくるくる回る。


「な、なにがあったのですか、アリシア! も、もしかして失恋ですか⁉ どこの馬の骨ですかアリシアを振ったのは‼ 万死に値します‼ というか、私の大切な妹に手を出した時点で極刑ものです‼」


「お、落ち着きなさいってば、姉さま。違うわよ、失恋とかそういうのじゃないから」


「そ、そうなのですか⁉ では、どうして……」


「それは、そのぅ……」


 アリシアはちらっとわたしの方を見る。


 わたしは口パクで「ガンバレ」と声援を送った。


 アリシアはコクリと頷いて、


「姉さま! もう、姉さまを追いかけるためだけに飛ぶのは終わりにするわ!」


「あ、アリシア……?」


「ずっと、姉さまはあたしの目標だった。誰よりも速くて、誰よりも強い姉さまを、あたしはずっと目標にして頑張ってきた。それは今も、これからも変わらない。だけど、姉さまの背中を追いかけるだけは終わりにする! あたしは、あたしらしく姉さまを超えてみせるわ!」


 勇気を出して、アリシアは言い切った。


 アリス先輩はアリシアの言葉に目を丸くして、やがて柔和な笑みを浮かべる。


「成長しましたね、アリシア」


「ね、姉さま……?」


「その髪型は、あなたの心境の変化を表しているわけですね。それなら、納得です。見せてもらいますよ、アリシア。あなたがどう、変わったのか」


 アリス先輩はそういうと、くるりと身を翻してわたしたちに背を向けた。


「レースで会いましょう、アリシア。どうやって私を超えるのか、楽しみにしていますよ」


「――ッ」


 ちらりと、アリシアを一瞥した冷たい瞳。それは、これまでアリス先輩がアリシアを見つめていた瞳とはまるで違っていて。


「……本気だわ、姉さま」


「……うん、そうだね」


 どこまでも深く、どこまでも冷たい。見た物すべてを凍らせてしまいそうな瞳。わたしまで足がすくんでしまいそうになった。


「……ねえ、ミナリー。本気の姉さまと、初めて戦えるわ」


「え?」


「あたし、ようやくあの目で姉さまに見てもらえた!」


 アリシアは足がすくむどころか、ぴょんと跳ねるようにわたしの傍まで寄ってきて、わたしの手を取って包むように握りしめた。


「姉さま、一度たりともあたし相手に本気になってくれたことがなかったのよ。いつもいつも、子ども扱いするようにあしらわれてて。でも、今は違ったわ! 敵として認識してくれた。本気の目であたしを見てくれた!」


 アリシアは嬉しそうにそう話す。


 ……そっか。アリス先輩、アリシアのこと大好きだったから。


 レース中も冷酷に徹することができなくて、アリシアにはそれが子ども扱いのように感じられていたんだ。それが今、アリス先輩はアリシアの成長を感じ取ってレースにおける敵になると認識した。アリシアには、それがたまらなく嬉しかったんだろう。


 ようやく認めてもらえた。そんな感じなのかもしれない。


『今からおよそ千年前、屠龍王ドラングニルが王都アメリアに来訪した記念すべき今日この日。ここ王都中央公園をスタート地点にして、いよいよ来訪祭のメインイベント、来訪記念ウィザード・レースが始まろうとしております‼ 実況はおなじみ、王立魔術学園二年生のユフィ・クロイツがお届け! さあレース開始までもう間もなくですっ‼』


 お馴染みの騒がしい実況が聞こえてきた。レース開始までもう少しだ。


「行きましょ、ミナリー。俄然、やる気が漲ってきたわ!」


「うん。頑張ろうね、アリシア」


「もちろんよ!」


 わたしが差し出した手をアリシアが掴む。わたしたちは手をつないで、ロザリィやアンナちゃんの待つスタート地点へ歩き出した。




『今年の栄冠は誰に輝くのか! 今、最速の魔術師を決める戦いが始まりますっ‼ 来訪記念ウィザード・レース! ――スタートです‼』


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