第14話 ルームメイト

 魔力切れの頭痛が落ち着いた頃合いで、わたしとアリシアはシフア先生の案内で王立魔術学園飛空科の女子寮に向かっていた。


 湖上に浮かぶ王立魔術学園。太陽はすっかり傾いて、西日が波打つスぺリアル湖にきらきらと反射している。校舎から湖岸沿いにしばらく歩くと、レンガ造りの学生寮が見えてきた。


「ここが飛空科の女子寮。アリシアはここの四階、401号室だ。一桁合格者だけに用意された一人部屋だよ」


「あたし、ミナリーと一緒の部屋がいいわ」


「すっかり懐かれているねぇ」


「あはは……」


 アリシアはシフア先生から鍵を受け取って、ぶつぶつと文句を言いながら自分の部屋へ向かっていった。


「ミナリーはこっち。二階の203号室だよ。悪いけれどこちらは相部屋だ。ルームメイトは先に到着しているだろうね」


「る、ルームメイト……!」


 ごくり、と唾を飲んで喉が鳴る。


 ど、どうしよう。緊張してきちゃった。


 ルームメイトということはこれからずっと寝食を共にするということで、おはようからおやすみまでずっと顔を合わせるということだ。


 どんな子なんだろう……?


 わたし、仲良くなれるかなぁ……。


「ほら、開けてごらん」


 シフア先生に部屋の前まで案内してもらって、鍵を手渡される。


 鍵穴にゆっくりと差し込んで回し、ドアノブに手をかける。扉はすんなりと外に開いた。薄暗い廊下が奥に続いていて、そこに背を向けた銀髪の少女が居た。


 …………んん?


 見間違いかな。シルクのような艶やかな銀色の髪。透き通った白い肌には一切の衣服の類は見当たらず、ほっそりとした背中はむき出しで、小ぶりなお尻は丸見えだった。


 彼女はゆっくりと振り返る。すると当然、彼女の小さな膨らみと、桜色の……、


「うわぁあああああああああああああああああああっっっ⁉」


 わたしは悲鳴を上げて力任せに扉を閉じた。な、なに今の? 妖精? 幻っ⁉


「ここが今日から君が暮らす部屋だ」


「いやいやいやいやっ‼」


 済ました顔で言うシフア先生と対照的にわたしはパニックだった。


「女の子っ! 今素っ裸の女の子がっ!」


「興奮するのはわかるけど、少し落ち着きなよ」


「興奮してないですよっ! ビックリした! だって裸の女の子がっ!」


「まあまあ落ち着いて。彼女が君のルームメイト。北方のアラルカ出身のアンナ・シールズだ。少々変わった子だから、面倒を見てあげてね」


「……少々?」


「うん。頼んだよ、ミナリー」


 それじゃあ後はよろしくねー、とシフア先生は後ろ手に手を振りながら去っていく。


 いや、ちょっと……。


 頼んだと言われましても。


「話は終わりましたか?」


「うひゃぁっ⁉」


 急に扉が開いて、ぬっと銀色の髪をした女の子が顔を出してきた。思わず飛びのいたわたしを、碧と紅のオッドアイが見つめる。やっぱり妖精のように綺麗な女の子だ。ただ、その顔は無表情で、何を考えているのかまったくわからない。


 あと、まだ全裸だった。


「ふ、服っ! 何にも着ないまま外に出てきちゃダメだよっ!」


「?」


「いやっ、そんな可愛く小首を傾げてもダメなものはダメだからっ!」


 誰かに見られたら非常にまずい。とりあえず女の子を押し込む形で部屋の中に入って扉を閉める。


 ……なんだろう。このそこはかとなく漂う犯罪臭。


「えーっと、ごめんね。もしかして着替え中とか、お風呂に入ろうとしてたのかな?」


「いいえ。家では基本的に服を着ない主義なだけです」


「そ、そっかぁ。裸族かぁ……」


 それなら仕方がないかぁ……。……いや、ダメだってば!


「えっと、目のやり場に困るからせめて下着だけつけるとか、シャツを一枚はおるとかしてもらえると嬉しいんだけど……」


「…………ところであなたは誰ですか?」


「ごめんっ! そうだよね、そっちが先だよねっ!」


 調子狂うなぁ……。


 いまだ布切れ一枚身にまとっていない女の子に対して、わたしは自己紹介する。


「ミナリー・ロードランドです。今日からここで一緒に住むことになりました。よろしくね」


「アンナ・シールズです。よろしくお願いします」


「うん。それじゃあアンナちゃん、何か着よっか‼」


 両肩をつかんで懇願する。


 その時だった。


「ミナリー、遊びに来たわ――……」


 バーンと勢いよく玄関の扉が開いて、アリシアが現れる。


 えーっとぉ……。


 恐る恐る振り返ると、アリシアは扉を開いた姿のままで固まっていた。


 沈黙が、場を支配する。


 初めに声を発したのはアリシアだった。


「ミナリー。誰よ、その女」


「あ、アリシア? 違うの、誤解なの! これには色々な事情があって!」


「初めまして。アンナ・シールズです。ミナリーさんのルームメイトです」


「そう! ルームメイト! この子はルームメイトのアンナちゃん!」


「へぇー。……で、なんで服着てないルームメイトを押し倒そうとしてるわけ?」


「してないよ⁉」


 とんでもない勘違いをされちゃっていた。そりゃ、傍から見たらルームメイトの服を脱がせて両肩をつかんで廊下に押し倒そうとしているようにしか見えないかもだけど…………うん、そりゃ勘違いするわ。


「……とりあえず、事情は理解したわ」


 アリシアはそういうと、扉を閉めて部屋の中に入ってきた。


 靴を脱いで廊下に上がると、よいしょっと服を脱ぎ始める。


「いやまったく理解してないよね⁉ どうしてアリシアまで服を脱ぎ始めるの!」


「お、女の子の裸に興味あるんでしょ。ふんっ、そこまで言うなら一肌脱いであげるわよ」


「脱がなくていいよ⁉ わたし一言も何も言ってないけど⁉」


「み、ミナリーだけなんだからね! 勘違いしないでよねっ!」


「しないよっ! しないから服を着てよっ!」


 あれよあれよという間に、目の前に銀髪と金髪の全裸の美少女が並んでいた。


 いやもう、ツッコミが追い付かない……。


 わたしはしばらく天を仰いで、


「わたしも脱ぐか……」


 もうどうにでもよくなって全裸になることにした。

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