第8話 化け物

『いきなりどでかい爆発が起こったぁああああああああああああッッッ‼‼‼』


 五十キロ地点……魔術使用可能エリアに入って一秒もせず、集団の中で様々な色の閃光が飛び交った。


 その直後の大爆発。


 少なくない数の箒がコントロールを失って地面に落ちて行く。


『さあ、五十キロの前哨戦を終えて本当のウィザード・レースが始まりました! 凄まじい閃光、凄まじい衝撃っ‼ これぞレース・オブ・ウィザードっ‼ 巻き起こった黒煙を抜けてもなお、激しい魔術の応酬です‼』


 つい数秒前まで行われていたレースとはまるで別の競技のように、激しい騒乱が巻き起こる。それはさながら戦争だった。他者を撃ち落とすべく放たれる魔術、それを防ぐため展開される魔力シールド。力と力が、真っ向からぶつかり合う。


「これだ、これだよっ! これなんですよね、ウィザード・レースって!」


「落ち着きなさい。うずうずするのは良いですが乱入だけはやめなさい」


「うぅっ! 一発だけ! 一発だけなら誤射で済まされますよね⁉」


「済まされますかっ‼ 頼むから大人しくしなさいっ!」


 撃ちたい、魔術撃ちたい……と物騒なことをぶつぶつ呟いているシユティにアリスはドン引きする。


『毎年様々なドラマを生み出してきた魔術使用可能エリア。昨年は現在学内ランキング2位に君臨するシユティ・シュテイン二年生が自分以外の参加者全員を撃ち落としリタイアさせるという離れ業をやってのけ、入学試験が後日再度行われるという珍事も起こりました』


「言われていますよ?」


「えへへー」


 シユティは照れるなぁと頭を掻いた。


 前年の入学試験で残した伝説から、彼女はもっぱら『虐殺の魔女(ジェノサイドヘクセン)』と呼ばれている。


『かくゆうわたくしもシユティに撃ち落とされた被害者でして……と、話がそれましたが! 今年はいったいどのようなドラマが生まれるのでしょうかっ⁉』


 白熱する魔術の応酬の中で、次々に参加者が落下する。彼らは箒の衝撃緩和術式で無事に着水するが、このレースのルールでは箒の衝撃緩和術式の作動は落箒とみなされリタイアとされてしまう。魔術使用可能エリアに入って五分と経たず、集団はその数を半分以下に減らしていた。


 定石で考えれば先を行く上位数名を周囲と協力して狙いトップタイムを少しでも遅らせるべきなのだが、彼らは自分と同じくらいの順位に居る手近な者を撃ち落とそうとしている。試験の緊張から、冷静な判断が下せていないのだ。この現象は毎年起こることだった。


 そんな中で冷静な判断のもと上位数名を追撃しようとする限られた者たちが、この試験を合格し国立魔道学院への門を開いていく。


「おっ! パイセン、あれ見てくださいよ、あれ!」


 レースを見ていたアリスは急に声を上げたシユティに肩を叩かれた。


「痛いっ! そんなに強く叩かなくても聞こえています! 何ですか、急に」


「見てくださいよ、あれ! あの銀髪の子、凄くないですか⁉」


「銀髪?」


 アリスはシユティが指をさす方へ視線を向ける。


 集団の後方、あくびをしながら眠そうな表情で飛んでいるのは、太陽の光をキラキラと反射するシルクのような銀色の髪を持った、人形と見間違えるほどに可愛らしい見た目の少女だった。


 魔術飛び交う激戦の真っ只中を飛んでいるにも関わらず、彼女は随分と退屈そうだ。


「化け物ですね」


 アリスは率直に思った言葉を口にする。銀髪の少女に向かって放たれた魔術は全て、彼女の全周囲に常時展開された魔力シールドによって完璧に防がれていた。


 魔力シールドとは向かって来る魔術に同程度の魔力をぶつけて相殺する技術のことだ。


 ウィザード・レースにおいて必須とも言える技術だが、普通であれば状況に応じて適宜使用する。全周囲に展開することもなければ、常時展開することもない。どちらも大量の魔力を浪費するからだ。


 それをこともなさげにやってのける相手に対して、『化け物』以外に言い表す言葉をアリスは持ち合わせていなかった。彼女の魔力量はまさに化け物級だろう。


「凄いなぁ……、ゾクゾクしちゃう! あのシールドぶち破ってやりたいなぁ」


 まあ、隣にも『化け物』は居るのだが。


「ペースはけっこうギリギリですね。シールドはかなりのものですが、合格できるかは微妙なところですか」


 シールドに魔力を注いでいる分、飛行に割いている魔力量が少ないのだろう。銀髪の少女のペースは合格ギリギリだった。先頭を飛ぶアリシアがレース終盤までどれだけペースを維持するかによって結果が変わる当落線上といったところか。


 彼女より後方に居れば居るほど、合格は難しい。


 最大規模の集団から遅れること数分、魔術使用可能エリアに入ってくる箒はまばらになる。


 このあたりの順位になるともう魔術の応酬は起こらない。誰もが前方の集団に追いつこうと自分のことで必死になるからだ。


 ……もしくは、レースの四分の一の距離で開いた差に心が折れてしまったか。


「そろそろ場所を移動しましょうか」


 シユティにアリスは提案する。レースの見物をするなら、もうここに居ても仕方がない。この時点でトップとの差は三十分をゆうに超えているのだ。


「……パイセン、あれ見てください」


「今度はなんですか。だから痛いから叩かないでください」


 またも肩をバシバシと叩かれ、アリスはシユティが指さす方を見る。


 魔術使用可能エリアからさらに後方。四十キロ地点を通過したあたりに居たのは、緑色の箒に乗った少女だった。黒髪で少し背が小さいこと以外にはこれといった特徴もない、普通の少女だ。


 ただ一つ、注視すべきところがあるとすれば、


「随分とふらついていますね……」


 右に左にと、まるで酩酊しながら歩いているように、飛行が覚束ないことだった。

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