第66話 空中戦
「ミナリー⁉」
黒髪の小柄な少女。
ミナリー・ロードランドはたった一人でドラゴンの前に立ちはだかると、灼熱のブレスを魔力シールドで受け止めた。
「無茶ですわ、ミナリー!」
ロザリィは思わず叫んでいた。あのアンナのシールドでさえ受け止めきれなかった威力のブレスだ。いくら自分の魔術を防ぎ切ったミナリーのシールドといえど、ドラゴンのブレスを受け止めきれるとは思えなかった。
事実、ミナリーはシールドごとジリジリと押され始める。
それでも、
「……たまるか」
「ミナリー……?」
「これ以上、わたしの友達を傷つけられてたまるか‼」
ミナリーが叫んだと同時、彼女の魔力シールドがドラゴンのブレスを押し返した。膨大な魔力と魔力がぶつかり合い、ロザリィの目には僅かにミナリーのシールドがブレスを押しているように見えた。
(まさかこれほどなんて……)
ミナリー・ロードランドが時折見せてきた才能の片鱗。それが今まさに、花開こうとしている。ミナリーの圧倒的なまでの魔力放出量は、ドラゴンのブレスすらも凌駕する。
「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」
ミナリーの魔力シールドがさらに膨れ上がり、ドラゴンのブレスを完全に抑え込んだ。直後、ぶつかり合っていた魔力が均衡を失って爆ぜる。その衝撃波に耐えきれず、ロザリィは数十メートルほど吹っ飛ばされた。
「くぅううっ⁉ 皆さん無事ですの⁉」
何とか体勢を立て直したロザリィは周囲を確認する。同じく衝撃波を受けたアンナとシユティは健在だった。
そして、ミナリーは、
「ミナリーっ‼」
爆発の衝撃を越え、ドラゴンの懐へ飛び込んでいた。
超近距離での空中戦。ドラゴンの爪や尻尾を紙一重で躱しながら、ミナリーはドラゴンを翻弄するように飛び回る。ロザリィも時間稼ぎのために同様の戦闘を行ったが、先ほどとはわけが違う。
ドラゴンの動きは明らかに速く、鋭く、そして学んでいた。いくら周囲を飛び回ろうと、その巨体を受け止めることは不可能だ。ドラゴンはミナリーに構わず一度大きく距離を取り、ブレスを吐きながらミナリーに肉薄する。
「ミナリーっ‼」
防戦一方となるミナリーを助けようと、ロザリィはミナリーの元へ飛ぼうとする。その手を、シユティが掴んだ。
「ダメだよ、行っちゃ」
「放してくださいませ、シユティさん‼ このままではミナリーがっ‼」
「見てわからないかなぁ。今あそこに飛び込んでも、ミナリーちゃんの邪魔になるだけだって」
「……ッ!」
ミナリーはドラゴンのブレスを受け流し、華麗な箒捌きでドラゴンを翻弄している。防戦一方ではあるが、決してドラゴンに引けを取ってはいなかった。
「ミナリー……」
シユティの言うとおりだ。この場に居る誰もが、もはやミナリーの無事を祈りながら戦いの行く末を見守ることしか許されない。魔力が枯渇し飛んでいることがやっとな状況で、飛び込める次元を超えている。
ロザリィは自身の爪が皮膚を食い破るほど強く拳を握りしめた。
(足りませんわ、何もかもが……‼)
何が王国七大貴族だ。何が龍討伐を生業とする風のサウスリバーの直系だ。大切な友人の危機を前に助けに入ることもできない、ただただ無力な人間でしかない。自身の弱さが嫌になる。悔しくてたまらない。
ロザリィの隣、シユティもまた唇を噛みしめていた。アンナも右手で左腕を強く握りしめている。
この悔しさは自分だけではないのだと、ロザリィは知った。
強くならなければならないと、心に決めた。
戦況は膠着状態だ。ドラゴンはミナリーに翻弄され、攻めあぐねていた。
「ですが、このままではジリ貧です。ミナリーさんは日常生活レベルの魔術しか使えません」
アンナの懸念はその通りだった。
ミナリーはドラゴンに対する攻撃手段を持っていない。ロザリィが知る限り、ミナリーが使えるのは日常生活レベルの魔術。レース中、ロザリィの魔術を見様見真似で使ってみせたことがあったが、それも日常生活レベルの魔術の応用程度に過ぎない。
そもそも、相手のドラゴンが硬すぎる。シユティの〈雷神の鉄槌〉でようやくダメージを与えられたが、それも数分としないうちに回復される程度でしかなかった。
ミナリーにドラゴンへの有効打が与えられるとは、思えなかった。
(たとえ国家魔術師が応援に駆けつけてくれたとしても……)
あのドラゴンを討伐することはできるのだろうか。シユティの〈雷神の鉄槌〉ですら倒しきれなかったドラゴンに、並みの国家魔術師が相手になるのか。
「ちょっと不味いかも」
ミナリーを見守っていたシユティが嫌な言葉を口にする。
「何が不味いんですの……?」
防戦一方だが、ミナリーはまだ十分に健闘しているように見える。だが、シユティは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべ、
「ミナリーちゃんの乗ってる箒のコア、入学試験であたしがあげたんだけどさ」
ロザリィは見た――
「ミナリーちゃんに、箒が追いつけてないっぽい」
――ミナリーの表情に、焦りと苛立ちが浮かんでいるのを。
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