第67話 対龍討滅術式
どうしてだろう。
ドラゴンの巨体。そしてそこから伸びる太くて長い尻尾を躱しながら、わたしは疑問に思っていた。
どうして、ドラゴンとの戦い方を覚えているんだろう。
基本は接近戦。ドラゴンとの戦いは距離を取ろうとすればするほど不利になる。その巨体に騙されがちだけど、ドラゴンはかなり素早い。その身のこなしは縦横無尽で、遠ざかれば攻撃が当たらない。
だからあえて接近する。胸元に飛び込むことでドラゴンの注意を惹き、まずはその速さを封じ込める。そしてドラゴンの急所に向かって術式を叩き込む。
急所はたぶん……ドラゴンの腹部。そこに縦に並んだ円形の三つの傷跡が残っていた。
あそこが弱点。かつて、〈私〉があのドラゴンを討滅したときに刻んだ傷跡だ。
……〈私〉?
――そう、私。
とにかく今は、あそこに術式を叩き込める隙を探すしかない。だけど、ドラゴンはなかなかその隙を見せようとしない。
というか、箒ちょっと遅すぎじゃない? なにこれ、千年も経ったら普通もっと進化してドラゴンなんてぶっちぎれるくらい速くなってるものじゃないの?
……これたぶん、飛空石の魔力相性が私に合ってないんだ。誰にでも使えるように術式を書き込んでいるんだろうけど、それじゃドラゴン相手にはハンデにしかならない。力をセーブして勝てるほど、このトカゲ共は甘くない。
「……くっ」
思い通りにスピードが出なくてイライラする。気づけばドラゴンに背中を取られてしまっていた。
こうなったら厄介だ。
一度、距離を取りたいところだけど、そうすればドラゴンの思う壺。とはいえ、突っ込んでくる相手に接近するのは命取り。トラックに生身で突っ込もうとするのと変わらない。
一旦ある程度距離を離して、突っ込んでくるドラゴンを待ち構えて躱す。ドラゴンの下に潜り込めればベスト。隙を突いて仕留めてやる……!
……つもりだったけど、
「あーもうっ! 全然スピード上がんないじゃん!」
思うようにドラゴンを引き離せない。というかむしろ、ドラゴンに今にも追いつかれそうになっていた。
この状況はかなりマズい。この体で私が意識を保てるのは、よくてあと数分くらい。本来の持ち主……今のミナリーじゃこの状況は覆せない。
ドラゴンを仕留められるのは私だけだ。私がやらなきゃ、みんなが死んでしまう。
ミナリーも、ここに居るミナリーの友人たち……私の大切な仲間たちの面影を残す彼女たちまで。
……こういうキャラじゃないんだけどなぁ、私。
「だけどまあ、いっちょやりますか……っ!」
一か八か、丁か半か。いつもこればっかりだ。
だからもう、ドーンっといっちゃおう!
「ごめんね」
私は箒に一言告げると、飛行姿勢を逆さまにしてパッと手を離した。
一瞬の浮遊感。直後に体が落下を始める。空気の壁が背中に当たり、そのまま深く深く沈み込んでいく。
主を失った箒は目の前でドラゴンの咢に噛み砕かれた。少しでも判断が遅れていたら私もああなっていたところだ。危ない危ない。
さて。
「胴ががら空きだよ、クソトカゲ」
自由落下に身を任せながら、私は両手をドラゴンへ向ける。
「魔力開放――術式二重展開」
残り魔力はけっこうギリギリ。無茶もいいところだけど、出し惜しみはしない。
今度こそ、復活できないよう確実に仕留めてあげる。
空気中の魔力と体内魔力で描き上げるのは二つの魔術式。
「対龍討滅術式――水槍〈ブリューナク〉‼」
放たれるのは水で形作られた三又の槍。二つの術式に強化された巨大な水槍は、ドラゴンの腹部めがけて一直線に突き進む。
けれど、それはドラゴンに読まれていた。
千年前と同じ手は通用しないとでも言いたげに、ドラゴンは体をアルマジロのように丸め鱗の薄い腹部を守る。水槍はドラゴンの鱗を貫通して突き刺さるけれど、致命傷までは一歩足りない。水槍はパシャっと爆ぜてドラゴンの全身を濡らすだけに終わる。
ドラゴンの目が、まるで勝ち誇るように細められた。
でも、それでいいんだよ。
「ざんねんでした、ばーか」
『――GYA⁉』
ドラゴンの濡れた表皮が、ピシッと凍り付いた。そこからまるで花開いてくように、氷はドラゴンの全身をくまなく多い尽くしていく。
「対龍討滅術式――氷華」
私が展開した術式は二つ。
一つは三又の水の槍を形成する水槍〈ブリューナク〉。
そしてもう一つ。
ドラゴンを覆いつくし、大空に咲き誇る氷の華。
どんな華にも、避けられない定めがある。
「散華〈ダイヤモンドダスト〉」
大空に咲いた氷の華は、飲み込んだドラゴンもろとも粉々に砕け散った。小さな氷の結晶が太陽の光を浴びてきらきらと輝き落ちていく。ここまで粉々にすれば、いくらドラゴンといっても復活はしない。
――終わったよ、ミナリー。
…………ん。あ、れ……?
〈わたし〉、今なにを……。
「え、あれ⁉ 落ちてる⁉ な、なんでぇええええっ⁉」
ぼーっとした意識が不意に覚醒すると、わたしはいつの間にか箒から宙に投げ出されていた。というか、落ちてる! すごい速さで落ちてる!
どんどん湖面が近づいている。も、もうダメ――
「ミナリーっ‼」
「ミナリーさん!」
湖面まであと数メートル。そんなタイミングでわたしを助けてくれたのは、ぼろぼろのロザリィとアンナちゃんだった。
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