第58話 アリス VS アリシア
「ようやく追いついたわよ、姉さま‼」
アリシアの姿を後方に確認し、アリスは目を丸くして驚きを隠せなかった。
(まさか、追いついてきたのですか⁉)
折り返し地点では、二位集団どころかその後ろにすら姿がなかったはずだ。もうとっくに諦めたか、シユティに撃ち落されたと思っていた。それがまさか、このタイミングで追いついてくるなんて。
『明日のレース、楽しみにしておいてくださいね』
昨晩のミナリーの言葉が脳裏をよぎる。ミナリーもまた、アリシアからやや遅れているが彼女の後方について飛んでいた。入学試験で見せた才覚は、やはり本物だったらしい。
二人揃って追いついてくるとは予想もしていなかった。だが、さすがに無茶をしたのだろう。アリシアもミナリーも、取り繕ってはいるが疲労の色を隠しきれていない。魔力をかなり消費して、限界もそう遠くないはずだ。
それでも、アリシアはどんどんアリスとの距離を縮め、ミナリーもその後ろに追随してくる。一年に何度とない最高のコンディションのアリスに追いすがってくる。
「遅かったですね、アリシア」
アリスは動揺を抑え込んで、普段のように妹へ話しかける。
「いつものように追いかけてこなかったので、てっきり今日は諦めたかと思っていました。私に追いつくために随分と無茶をしたのではないですか?」
アリスの問いに、アリシアは素直に首肯する。
「そうね、正直かなり限界に近いわ」
「ならば、魔力切れを起こす前に――」
棄権しなさい。そう言いかけて、振り返ったアリスは言葉を飲み込んだ。
アリシアの目はまだ、死んでいない。それに気づいたからだ。
彼女はまだ何一つ諦めていなかった。アリスの背中を――その先をまっすぐに見つめている。今までのアリシアとは、何かが違う。
「棄権なんてしないわよ。今、ようやくスタート位置に立てたんだもの。勝負はここからでしょ、姉さま!」
「……手は抜きませんよ、アリシア」
「望むところよ‼」
アリシアが箒を加速させたと同時、アリスもまた同様に加速した。
眼下にはスペリアル湖が広がり、ここからコースは南へ向かう。残りはスタート地点である王都中央公園までスペリアル湖を南下するのみ。高低差も障害物もない、純粋なスプリント勝負となる。
「アリシア、頑張って!」
ミナリーの声援を受け、アリシアがさらに箒を加速させる。ミナリーが魔術で支援をしたわけでも、背中を押して飛行を手助けしたわけでもない。ただミナリーの言葉を受けただけで、アリシアは空を滑るように飛び、あっという間にアリスを追い抜いていく。
「アリシア、あなた……っ」
魔力の流れに乗っている。半月前の歓迎レースでは、魔力を感じることすら出来ていなかったというのに。この半月で、アリシアにいったいどのような心境の変化があったのか。彼女は歓迎レースの時とは比べ物にならないほど成長している。
(あの時……)
レース前にアリシアが言っていた言葉をアリスは思い出す。
『もう、姉さまを追いかけるためだけに飛ぶのは終わりにするわ!』
実際に飛んではっきりした。レース前に感じた、アリシアの変化。
彼女は、姉の背中を追いかけるあまり自分の才能に蓋をしてしまっていた。本来の実力を発揮できないでいた。遥かその先へ、どこまでも飛んでいける才能を持ちながら、才能に蓋をしてしまったことでそのことに気づいてすらいなかった。
それが、アリスが知るアリシア・バルキュリエだった。
けれど、今は違う。アリシアの才能を邪魔していた蓋は、もうどこにも存在しない。
その蓋を取り払ったのは、
(ミナリー・ロードランド)
入学試験で初めて出会った、一人の少女。コアが折れてしまい、不合格寸前だった彼女が、まさか妹にここまで影響を与えようとは考えてもみなかった。
(寂しいものですね……)
妹が自分の元から巣立とうとしている。自分よりも遥か先へ、飛んでいこうとしている。後ろから迫ってくる妹の存在がアリスを追い詰め、そして強くした。それがいざ無くなってしまうとなると、安堵感よりも喪失感が上回る。
そして妹の成長を促したのが自分ではなく別の誰かだということが、たまらなく悔しい。
「……負けません」
初めて追う立場になったアリスを突き動かすのは、姉としての意地だった。妹には負けたくない。いつまでも妹の目標であり続けたい。尊敬される姉でありたい。
そんなちっぽけなプライドが、アリスの心に火を灯す。
「勝つのは私です、アリシア‼」
レース序盤から温存していた魔力を、アリスは一気に解き放つ。ゴールまでは残り僅か。もはや出し惜しみする必要はない。箒に魔力が伝わり、飛空石が赤く輝く。箒はどんどん加速してアリシアの背中に追いすがる。
魔力の流れはアリシアに先んじて抑えられた。
だが、関係ない。
アリスは自身の魔力消費による箒の加速だけで、アリシアを追い抜いた。
「なっ……⁉」
驚きの声を上げるアリシアに、アリスは振り返って微笑む。
「まさかこの程度とは言いませんよね、アリシア?」
「当然よっ‼」
アリスの挑発に応えるようにアリシアが箒を加速させる。二つの箒は互いに追いつき、追い抜き、追いつかれ、追い抜かれ、一進一退の攻防を繰り広げながら王都へと突き進む。
やがてどちらかの箒が、王都の中央公園にある屠龍王の銅像が立つ噴水前のゴールへと辿り着く――
『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ‼‼‼』
――はずだった。
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