第42話 ミナリー VS アリシア
「レース? 今から?」
目を丸くして驚くアリシアに、わたしはうんと頷いてみせる。本当は明日にするつもりだったけど、アリシアの話を聞いて今やるべきだと思った。明日に先延ばししてしまったら、きっと時期を逃してしまう。なんたらは熱い内に打て、だ。
「でも、もう遅い時間よ? それに、今はそんな気分じゃ……」
心境を吐露したとは言え、アリシアはまだ箒やレースに抵抗があるようだ。もちろん、時間が遅いのは確かで、こんな時間からレースをしようなんて言われて断らないほうがおかしい。
でもわたしは今、どうしてもアリシアと飛びたかった。
だから。ごめん、アリシア。
ちょっとだけ、意地悪するね。
「ふぅーん。もしかしてアリシア、わたしに負けるのも怖いの?」
「――ッ!」
アリシアの目の色が変わった。
「怖かったらいいよ、断っても。アリシアがそれでいいならだけど」
「……あんた、それであたしを挑発してるつもり?」
「もちろん。こんな安い挑発でも、アリシアなら乗ってくれるでしょ?」
「ええ、そうね。仕方がないから乗ってあげるわよ! その代わり、手加減はしないわ。全力で叩き潰してあげる」
「そうこなくっちゃ」
わたしとアリシアは繋いでいた手を離すと、
「よーい」
「どんっ!」
一斉に家に向かって走り出した。目的はもちろん、箒を取りに戻るためだ。今この瞬間から、レースは始まっているのである。
我先にと家の中に入って、並んで立てかけてあった箒を手に取る。そんなわたしたちを驚いた表情でクレアさんとアンナちゃんが見ていたけど気にしない。すぐに外へ戻って、わたしは箒に飛び乗って大空に飛び出した。
「先に行くわよ、ミナリーっ!」
アリシアが物凄い加速で大空へ飛び立っていく。金色の髪が風に揺れて尾を描いた。
やっぱり速い。入学試験で見た時と同じか、それ以上に。
でも……っ!
「わたしだって!」
ハンドルを握る手に力を込めて、魔力を全力で流し込む。入学試験じゃこれでコアが折れてしまったけれど、今なら!
空気の壁が全身に押し寄せてくる。姿勢を落とし、胸を箒のフレームにつくまで前傾姿勢になって、空気抵抗を減らして風を切り裂く。
アリシアの背中は、目と鼻の先まで迫っていた。
「アリシア!」
「追いつかれた⁉ なかなかやるわね、ミナリー! でも、これなら……っ!」
アリシアは上昇をやめると、月の沈む方角に向かってさらに加速する。彼女の周囲を光の粒子が前から後ろへと流れていく。風の魔術で空気抵抗をコントロールして、スピードを上げてるんだ!
わたしじゃ、飛びながらあんな繊細な魔術のコントロールはできない。
だから、ありったけの魔力を箒に流し込む!
「いっけぇえええええええええええええええええええええっっっ‼‼‼」
コアに埋め込まれた飛空石がより一層の輝きを放ち、箒がぐんぐん加速する。
アリシアの背に近づき、横に並んだ。
「小細工なしの真っ向勝負ってわけね……!」
「勝負はここからだよ、アリシア!」
「上等よっ!」
わたしたちの箒は、互いにさらに加速した。抜きつ抜かれつ、追いつき追い越し追い抜かれ。幾度となく順位が変動する。先へその先へとどこまでも、わたしたちは月に向かって飛び続ける。
「負けてたまるか……っ!」
アリシアは歯を食いしばりながら、必死の形相で飛んでいる。その姿はさっきとはまるで別人で、お姉さんに置いて行かれたくないとか、寂しいとか言っていたアリシアはどこにも居なかった。
……知ってる、アリシア?
アリシアって、自分が思っているよりもずっと負けず嫌いなんだよ。
お姉さんに負けるまでは、ただお姉さんに憧れていただけかもしれない。
でも、お姉さんに負けたアリシアは、勝ちたいって、負けたくないって思ったはずだから。その思いが、アリシアを強くしてくれたはずだから。
この強さは嘘なんかじゃないよ、アリシア。
「どうしたのよ、ミナリー! まさかこの程度って言うんじゃないわよね⁉」
やや遅れつつあるわたしに、アリシアが振り返って言葉をかけてくる。
わたしは笑って答えた。
「楽しいね、アリシア!」
「……ええ。楽しいわ、ミナリー。でも、もっと楽しませてくれるんでしょう⁉」
「もちろん! 全力で行くよ、アリシア!」
わたしは少し高度を落とすと、魔力の流れに乗って一気に加速した。
「なっ――⁉」
魔力が見えないアリシアには、まるでわたしが何もせず滑るように加速したように見えただろう。実際、箒に流し込んでいる魔力が増えたわけでも、風の魔術を使ったわけでもない。ただ、魔力の流れに乗っただけだ。
魔力はこの世界に溢れている。先日の新入生歓迎レースの時からよりはっきりと魔力が見えるようになったわたしは、この空に幾つもの魔力の通り道があることに気づいた。
どこから始まり、どこへ流れていくのか。わたしにはわからないけれど、この魔力の通り道を箒で飛べば、箒は魔力の上を滑るように加速する。
「まさか、姉さまと同じ⁉ でも、どうしてミナリーが……!」
驚いた様子のアリシアとの距離が、見る見るうちに縮まっていく。やがてわたしはアリシアに並び、そのまま彼女を追い抜いた。
「先に行くね、アリシア!」
「待っ――」
わたしは振り向くことなく、魔力の流れに沿ってさらに箒を加速させた。
アリシアとの距離はどんどん開いていく。
けれど、これからだ。勝負はまだ、終わってない。
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