箒星ライド~空を飛ぶことが大好きな女の子が、頑張り屋な少女と紡ぐ奇跡の物語~

KT

第1話 運命の出会いは行き倒れ?

 唐突ではあるけれど、わたしには前世の記憶がある。


 今生きているこの世界よりもはるかに文明が進んだ世界で、わたしは女子高生をしていた。特筆すべきことは何もない、普通の女子高生だった。


 普通に学校に通って、普通に授業を受けて、普通に友達と遊んで、普通に彼氏は居なかったけど、普通な、本当に普通な女子高生だった。


 けれどある日、わたしは普通ではなくなった。


 病院のベッドで一日を過ごした。死ぬまで、ずっと。


 体は言うことを聞かなくて、起き上がることすらできなくなった。


 普通だったわたしの生活は普通ではなくなって、わたしの世界は窓の外に見える空が全てだった。


 もし、生まれ変わることができたなら。


 あの大空を自由に飛んでみたい。鳥のように、欲を言えばドラえもんのタケコプターみたいに、自由に、どこまでも、飛んでみたい。


 そんな記憶が、わたしことミナリー・ロードランドにはある。


 前世の記憶は、ちょっと曖昧だ。わたしはあくまでミナリーなので、前世のどこだか知らない世界の誰かじゃない。だから、前世の記憶があってもなくても、わたしはわたし。


 今日も今日とて、住み込みで働いているパン屋さんの配達で大忙しである。


「えっと、次の配達先は……と。うげっ、町の反対側じゃん。遠いなぁ……」


 王都から少し離れた、小さな町にある小さなパン屋さん。わたしはそこで住み込みで働かせてもらっている。身寄りがなくて孤児院で育ったわたしには、何よりお金が必要なのだ。


「せめて箒があればなぁ……」


 町の箒屋さんのショーウィンドーに飾られた箒に目が行く。お値段、お給料およそ十年分。こりゃ無理だ。


 前世の世界と違って、この世界は魔術によって成り立っている。人の生活は魔術ありきで、主な移動手段は箒だ。ハンドルをつかんで、サドルにまたがる。そうして箒に乗ることで、人は自由に大空を飛ぶことができる。


 前世のわたしが、望んだように。


 だからってわけじゃないけれど、わたしの当面の目標は箒を買うことだった。箒を買ったら世界を旅してみたいなんて、漠然と考えていたりいなかったり。


「っと、配達急がなきゃ」


 大通りからそれて、細い路地にショートカット。この先にはちょっとした広場があって、そこからまた別の通りにつながっている。人通りが少ないから危ないと店主さんには言われているけど、急ぎの時によく使う道だった。


 今のところ、この道で変な人に出くわしたことはない。


 今日、たった今までは。


「ぅ、ぅ~ん……」


 呻るような声をあげながら、誰かが広場に倒れこんでいた。黒色のとんがり帽子に、黒色のローブ。傍には箒が落ちている。どうやら若いお姉さんらしい。


「ま、魔女……?」


 確かにここは魔術の世界だけれど、こんなにもテンプレートな格好の人は今まで一人も見たことなかった。


 というか、もしかしてこの人落ちてきたんじゃ……。

 箒からの落下事故も、そう珍しい話じゃないのだ。


「あ、あのっ。大丈夫ですか?」


 駆け寄ってお姉さんの肩を揺すってみる。


「お、おなか…………」


 仰向けに寝転がったお姉さんは、顔をしかめながら両手でお腹を押さえる。


「お腹? お腹が痛いんですか?」


「お腹が……へった…………」


 うん。なんとなく、そんなこったろうとは思ってた。


 配達用のバケットをのぞき込んで、わたしのお昼ごはん用にと店主さんが入れてくれていた卵とレタスのサンドイッチを取り出す。


 お昼ごはんが無くなるのは痛いけど、いまさら無視するわけにもいかない。


「これ、もしよかったら」


 サンドイッチを差し出すと、お姉さんはカッと目を見開いて飛び起きた。


 ふつーに元気じゃん。


「こ、これっ! くれるの⁉」


「あ、はい。配達用のはダメですけど」


「ありがとう! 君は命の恩人だよっ‼」


「そんな大げさな……」


 お姉さんはサンドイッチを両手でつかんで、一口一口をかみしめるように食べ始めた。


「どうして行き倒れていたんですか?」


 気になって訊ねる。


 お姉さんは「いやー」と照れ恥ずかしそうに頭を掻いて、

「所用でちょっと遠出していたんだけど、帰りにどこかで財布を落としてしまってね。王都まで頑張れるかと思ったんだけど、この町で限界が来ちゃったんだよ」


「王都までって、ここからかなり距離ありますよ?」


「そう? 2時間もかからないくらいでしょ?」


 お姉さんは当たり前のように言い放つ。


 そっか。箒だと、それくらいで着けるんだ。歩けば一か月、馬車でも一週間。山脈を超えた先にある王都にも、箒ならすぐに飛んでいけてしまう。


「……良いなぁ、箒」


「乗ってみるかい?」


「えっ⁉」


 思わず口から漏れ出ていた言葉に、お姉さんから考えもしなかった返事があった。


 お姉さんは残りのサンドイッチをぱくりと口に放り込んで嚥下すると、立ち上がって箒を手に取る。


「サンドイッチをくれたお礼。配達中なんでしょ。その配達先まで、箒で送ってあげるよ」


「え、でも……、良いんですか?」


「もちろん!」


 唐突な展開に、ごくりと唾を飲む。


 お姉さんがハンドルを持って、


「飛べ」


 と言うと、箒が宙に浮かんで静止した。


「乗ってごらん。急には動き出さないから」


「は、はい……っ」


 緊張で足が震える。腰のあたりまで浮かんだ箒に、よじ登るようにサドルへまたがる。


 す、すごい。わたしが乗っても浮かんだままだ。

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