第47話 三度目の

「勝負ですわ、ミナリー・ロードランド‼」


 秋の休暇が明けて、授業再開の日。まだまだ重い瞼をこすりながら教室に入ったわたしを出迎えたのは、腰に手を当ててビシッとこちらを指さすロザリィだった。


「おはよー、ロザリィ。久しぶり」


「お久しぶりですわね、ミナリー。休暇の間、元気してましたかしらって違いますわっ‼」


 ロザリィは華麗な乗りツッコミを披露してわたしに詰め寄ってくる。


「勝負ですわよ、しょ・う・ぶ! 今度こそあなたを負かしてみせますわ!」


「まだ諦めてなかったんだ……」


 新入生歓迎レース以来その手の話題をほとんど出さなかったから、てっきりもう諦めたんだと思ってた。


「当然ですわ! 前回の新入生歓迎レースでは邪魔が入ってしまいましたもの。あのような不本意な形で終わるわけにはいきません。今度こそ雌雄を決しますわよ!」


「それは別にいいけど、何で勝負するの?」


「今週末の来訪祭で行われるウィザード・レースですわ!」


「あ、やっぱり」


 うすうす、そうじゃないかとは思っていた。


 今週末の来訪祭はオープン参加のレースで、箒を持っていれば国家魔術師でなければ誰でも参加することができるそうだ。


 例年、参加者のほとんどが学園の生徒になるらしく、国家魔術師が出場できないという決まりがあるため、毎年学園の生徒が優勝争いをすることになるらしい。ちなみに去年の優勝者はアリス先輩だと、アリシアが言っていた。


「この休暇中、領地に戻ったわたくしは、それはもう血も滲むような努力をしてきましたわ。見てわかりますかしら、この生まれ変わったわたくしの姿」


 ロザリィはファサっと髪をかきあげてすまし顔をしてみせる。どこがどう変わったかまるでわからなかった。


 変わったと言えばむしろ、


「どうでも良いけど、教室の入り口で話し込むのはやめときなさいよ」


 と、わたしの後ろからアリシアが顔をだす。その途端、教室はシン……と静まり返って、その後堰を切ったかのようにざわめきが溢れ出す。


 そりゃそうだ。アリシアの長くて綺麗な金髪が、肩のあたりでバッサリ切られているのだから。ロザリィの誤差のような変化に比べたら、天変地異にも等しい衝撃だと思う。


「あ、アリシアさん⁉ その髪、どうしたんですの⁉」


「ああ、これ? ミナリーに切ってもらったのよ。どう? 似合ってるでしょう?」


 アリシアは髪を触りながら珍しく自慢気な表情を、ロザリィをはじめとするクラスメイト達に向ける。教室内のざわめきはさらに増して、その中をアリシアはふふんと鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌でいつもの席へと歩いていく。


 気に入ってくれているようで何よりだ。そこかしこから『すっごい似合ってる』『なんか印象変わった?』『明るくなった感あるね』『好きになっちゃいそう』なんて声が聞こえてきてわたしも鼻が高くなる思いだ。


「ミナリーが切ったんですの?」


「うん、アリシアに頼まれてね。あ、平民が貴族の髪を切っちゃ駄目なんて言い出さないよね?」


「そんな決まりはありませんわよ。それよりも、見事なものですわね……。ミナリー、もしよければわたくしの髪も切ってくださらないかしら?」


「ロザリィ、わたしと勝負するんじゃなかったの?」


「そ、それとこれとは話が別ですわ!」


 ロザリィは反射的に否定して、「いえ、ですが……」と少し考え込んだ。


 そして、


「では、わたくしが勝負に勝てばわたくしの髪を整えていただくというのはどうかしら?」 


 と提案を投げかけてきた。


 一回目の勝負じゃ二度とアリシアに関わるななんて言ってきたのに、随分と要求が丸くなったなぁとしみじみ思う。


「それくらいなら別に構わないけど。何なら、わたしが勝ってもロザリィの髪を切ってあげるよ」


「いいんですの⁉ ですが、それでは勝負の意味が……」


「ちなみにわたしが勝ったらバリカンね」


「絶対に負けられない戦いになりましたわ‼」


 わたしの冗談にロザリィが頭を抱えて慄いた。ちょうどそのタイミングでシフア先生が教室に入ってきて、ツルツルは嫌ですわ……とうめき声をあげながらロザリィはいつもの席へ戻っていく。わたしもアリシアの隣に腰かけた。


「みんな揃っているね? おはよう。そして久しぶり。一週間程度の短い休暇だったけど、ゆっくりと羽を伸ばせたかな? 見たところ何人かは、この休みの間に色々な心境の変化があったようだね」


 シフア先生はわたしたち、とくにアリシアを見て嬉しそうに言った。


「さて、今日からまた授業を再開していくわけだけれど、この休暇明けからはより実践的な授業が増えてくるからそのつもりでね。そして、代表選に向けた選考レースも本格化してくる。一年の君たちにも、もちろん平等にチャンスが与えられる。その気があるなら狙ってみるといい。きっと良い経験になるはずだよ」


 今度の来訪祭のレースも、その選考レースの一つだったと思う。わたしやアリシア、アンナちゃんは代表選を目指しているわけじゃないけど、結果的に選考レースに参加する形になる。


 そこでもし良い結果がでたら、代表選の選手に選ばれたりするんだろうか。

 アリシアやアンナちゃん、アリス先輩やシユティ先輩と一緒だったら良いな……なんて、漠然とそう思ったりした。

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