第46話 休暇の終わり

 秋の休暇も残すところ一日。


 この休暇の間、朝はレインさんのパン製造を手伝って、昼からはクレアさんやナルカちゃんと、忙しいお店のお手伝い。夜はアリシアやアンナちゃんと、近くに迫った来訪祭でのレースに向けた特訓と……。


 おかしい。休暇だったはずなのに、学園に居る間よりずっと忙しかった。


「ミナねぇ、ちいさくなった?」


 と、ふと抱き上げたナルカちゃんに指摘される程度には、体重にも影響がでているようだった。学園で太った分は取り戻せたかな……?


 そんなこんなで迎えた休暇最終日も、これまで通りに朝のパン作りからお昼のお店番までこなしてすっかり太陽が西の空に沈みかかっていた。


「ごめんなさいね、遅くまで手伝ってもらっちゃって」


 申し訳なさそうに言うクレアさんに、わたしたちは首を横に振る。


「ううん。久しぶりにお店で働けてすごく楽しかったよ、クレアさん」


「あたしも、いい社会勉強になったわ。ありがとう」


「わたしもです」


 既に荷造りも済ませてカバンは箒に引っ掛けてある。あとは学園に向かって飛ぶだけで、レースに向けた特訓も兼ねているからだいたい二時間もかからず到着できるはずだ。


 見送りに来てくれているのは、クレアさんとナルカちゃんだ。


 レインさんは町の人と会合があるそうでついさっき出かけて行った。先に別れの挨拶を済ませたら一人ひとりにバケットを渡してくれて、わたしたち三人の好きなパンがそれぞれいっぱい詰め込まれていた。短い休みの間に、アリシアとアンナちゃんの好みを把握するあたりさすがレインさんだ。


「ありしゃー」


 クレアさんの足にしがみついていたナルカちゃんが、ちょっと顔を出してアリシアの名前を呼ぶ。目元はもう真っ赤になっていて、声はちょっぴり震えていた。


「またね、ナルカ。あたしの教えてあげたこと、ちゃんと覚えているわよね? 忘れず練習しなさいよ?」

「ん、がんばる……!」


 何の話だろう? 時たま、アリシアがナルカちゃんに何かを教えているのは見かけていたけど、訊ねても「ナルカとの秘密よ」「ミナねぇにはないしょ!」と教えてもらえなかった。ちょっぴり寂しい。


「ありしゃぁ……、ぅっ……うぅ~!」


 ナルカちゃんはついに堪え切れなくなったのか、顔をクシャっと歪めて泣き出してしまった。


 わたしが入学試験に行くときは泣かなかったナルカちゃんだけど、クレアさんに後で聞いたらどうやらわたしがすぐに帰ってくると思っていたようだ。数日たって戻らないわたしを心配したナルカちゃんは、しばらくわたしと会えないとクレアさんに聞かされて大泣きして手が付けられなかったらしい。


 今回はちゃんとしばらく会えなくなるとわかっているし、アリシアとすごく仲良くなっていたから余計に寂しいだろう。


 どうしよう。泣いているナルカちゃんを放置して飛び立つのは後ろ髪を引かれる思いだ。


 わたしはアリシアと、どうしようかと顔を見合わせる。


 と、


「ナルカ、へいき、だもんっ……!」


 ごしごしと、あふれ出てくる涙を拭って、ナルカちゃんはクレアさんから離れてわたしたちの方へ歩いてくる。


「ミナねぇ、アンナねぇ、ありしゃー。またね……っ、がんばってね。ナルカも、がんばるからっ。なかずに、さよなら、しゅるからっ! ばいばい!」


 涙を必死に堪えようとして、顔を歪ませながら。嗚咽を漏らしながら、それでも気丈にわたしたちを送り出そうとしてくれるナルカちゃん。その健気さに、わたしとアリシアの方が泣かされてしまった。


「ま、まだあぞびにぐるがら!」


「まだね、なるがぢゃん……!」


 うぅ~! と泣くのを我慢しようとするあまり獣のような呻り声を出しながら、わたしとアリシアは学園に向かって飛び立つ羽目になった。わたしたちの方が泣いてしまったからか、ナルカちゃんはすっかり涙を引っ込めて笑っていた。


「これじゃ、どっちが年上かわかりません」


 と、アンナちゃんは普段と変わらない無表情でやれやれと溜息を吐く。ただ、そんなアンナちゃんも少しだけ目じりに涙が浮かんでいたのをわたしは見逃さなかった。


 それから、レースに向けた特訓も兼ねて三人で競うように学園へ向かって飛んだ。アンナちゃんのペースに合わせてだけど、それでもだいたい一時間半ほどで学園が見えてきた。


「ねえ、ミナリー」


「ん?」


 並んで飛んでいたアリシアが話しかけてくる。


「ありがとう、あたしを里帰りに誘ってくれて」


「元気でた?」


「見てのとおりよ!」


 アリシアは姿勢を前に倒すとギュンっと箒を加速させた。魔力の流れにも乗って、彼女の背中はどんどん離れていく。


 わたしも……!


 アリシアの後を追って箒を加速させる。後ろからアンナちゃんの声が聞こえたような気がしたけど、風に遮られてよく聞こえなかった。


「ミナリー、あなたに出会えて本当に良かった。あなたとなら、あたしはどこまでも速く、どこまでも遠くまで飛んでいける気がするわ」


「うん、絶対に飛べるよ。わたしたち、二人なら」


 箒で並走しながら、互いに指を絡めて手を握り合う。今なら本当に、どこまでだって飛んでいけそうな気がした。


 ちなみに、


「……わたしを置いて二人で先に帰るなんて酷いです」


 わたしたちに遅れて寮に戻ってきたアンナちゃんは、何だかとても不機嫌そうだった。

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