第31話 宣戦布告
「『学園の女神』さんっ‼」
わたしが嬉しさのあまりそう叫ぶと、『えっ⁉』と周囲の先輩たちがギョッとした顔をした。どこかからひそひそと『虐殺の魔女の間違いでしょ……』とかなんとか、陰口が聞こえてくる。
「シユティ先輩、虐殺の魔女って?」
「さぁ、何のことかさっぱりわかんないにゃあ。そんなことより、入学おめでとう、ミナリーちゃん!」
「ありがとうございます! その節は本当にお世話になりました。わたしが今ここに居られるのはシユティ先輩のおかげです!」
「いえいえ」
先輩は「照れくさいなぁ」と頭を掻きながら笑う。屈託のない笑みの中に浮かんだえくぼがとてもチャーミングだった。
「本当はもっと早くにお礼に伺いたかったんですけど、二年生の教室に行っても先輩の姿が見当たらなくて。そしたらアリス先輩から謹慎中だって……」
「あー、ミナリーちゃん教室まで来てくれてたんだ。ごめんねー、ちょっと春休み中に寮で魔術ぶっ放したら謹慎食らっちゃってさぁ」
「えぇぇ……」
「いやね、奴が出たわけですよ。あの黒くてカサカサ動く例の奴が」
「それってゴキブ」
「言っちゃ駄目! 言霊に引き寄せられて出てきちゃうでしょっ‼」
「す、すいません」
「ともかくそれが出てですよ。思わずやっちゃったんだよね。ギャーって、魔術をぶっ放しちゃった」
てへっ、と舌を出すシユティ先輩に、わたしとロザリィはドン引きだった。アンナちゃんは相変わらず考えていることがわからない無表情で、じーっとシユティ先輩を見つめている。
「ミナリーさん、この方とはどういった関係ですか?」
アンナちゃんに袖を引っ張られ尋ねられる。
「ああ、えっと。こちらは」
「初めまして、あたしは二年のシユティ・シュテイン。よろしくね、アンナちゃん」
わたしが紹介しようとする前に、先輩は手を差し伸べる。アンナちゃんはその手を、どこか警戒した様子で掴もうとはしなかった。
「わたしの名前、知っているのですか」
「もちろん! 凄い魔力量の一年生が居るって二年の間でも有名人だからねー」
「……そうですか」
「でも、アンナちゃんが本当に凄いのは魔力量の多さじゃあない」
先輩はノンノンと人差し指を振って言う。
「本当に凄いのはその魔力量に裏打ちされた常時全方位展開される魔力シールド。……ううん、魔力フィールドって言うべきかな? その絶対的な防御力」
「…………」
「実はあたし、謹慎中にコッソリ抜け出して入学試験レースを見学してたんだよね。その時にアンナちゃんのシールドを見てビビッと来ちゃったんだぁー」
「ビビッと……ですか?」
「そうそう! こう……ゾクゾクぅって言うか、ゾワゾワぁって言うか! とにかく来ちゃったの、色々と!」
「はぁ……」
シユティ先輩の曖昧な表現に、アンナちゃんはいつもと変わらない表情で、ただちょっと困った風な顔をしてわたしを見上げた。こっちを見られても困る。
「アンナちゃん、勝負しよっか?」
「えっ⁉」
シユティ先輩のいきなりの提案に、驚いてしまったのはわたしだった。シユティ先輩は真っ直ぐに、純粋に楽しそうな瞳でアンナちゃんを見下ろす。対するアンナちゃんも、シユティ先輩を真っ直ぐに見つめ返していた。
「…………勝負、ですか?」
「うん。私の魔術がアンナちゃんのシールドを破るか、アンナちゃんのシールドが私の魔術を防ぎきるか。面白い勝負になるんじゃないかな?」
「わたしのシールドは誰にも破れません」
「ふっふーん。それはどうかなぁ」
シユティ先輩はやっぱり楽しそうに……それでいて自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。
何だろう、この感じ……。無意識のうちに、わたしは唾をのんでいた。
嫌な予感……だろうか。漠然とした不安が胸を重くする。何だろう、これ……。
「その勝負、受けて立ちます」
「交渉成立だね、アンナちゃん」
そう言って、シユティ先輩はスッとアンナちゃんの傍に近寄った。
腰を折って、アンナちゃんの耳元に顔を近づける。
そして、
「その慢心、シールドと一緒に砕き割ってあげる♪」
「――ッ」
瞳を大きく見開いたアンナちゃんをしり目に、先輩は「じゃあねーっ♪」と手を振りながら去って行った。その背中を見送っていたわたしは、周囲がざわざわと騒がしいことに気づく。
『おいマジかよ。『虐殺の魔女(ジェノサイドヘクセン)』が一年に宣戦布告したぞ!』
『かわいそう……。虐殺の魔女に目を付けられちゃうなんて』
『あの一年からは離れて飛んだ方が良さそうだな……』
ひそひそと話しているのは、二年や三年の先輩たちだ。
さっきから聞こえてくる『虐殺の魔女(ジェノサイドヘクセン)』って何なんだろう。もしかして、シユティ先輩のこと……? 学園の女神じゃなくて……?
よくわからないけど、シユティ先輩の挑戦を受けてアンナちゃんは大丈夫なのかな……。
「関係ありません」
わたしの思考を読んだかのように、アンナっちがぴしゃりと言い切った。
「相手が誰であろうと、わたしのシールドは破れません」
「アンナちゃん……」
初めて、彼女の感情を見た気がする。その声音からはシールドに対する絶対の自信と、握りしめられた拳からは負けん気の強さが伝わってきた。
『いよいよレース開始三分前! 参加する生徒の皆さんはそろそろスタート位置に移動してください! 代表戦に出場する選手を選抜する場でもあるこのレース。今日はいったいどのようなレース展開を見せてくれるのでしょうか⁉』
※
「懐かしいですね、こうして二人で同じレースに出るのは。昔を思い出しませんか?」
「別に。ろくな思い出がないもの。姉さまに負けた記憶なんて思い出したくもないわ」
「アリシア……」
「……今日勝って、負けた記憶は全部忘れてやるわよ」
「便利な記憶力ですね、それは」
新入生歓迎レースのスタート地点。アリシアはアリスと共に先頭の一番前で箒に跨っていた。
刻一刻と迫るスタートの時。周囲は代表戦の選抜入りを狙う上級生が集まり、レース前からポジション取りで火花を散らしていた。そんな中でアリシアが最前列を陣取れたのは、ひとえに彼女がアリス・バルキュリエの妹だからである。
『あの一年、アリス様の妹でしょ』
『入試一位で入学したらしいよ』
『やっぱ才能が違うわ』
周囲から漏れ聞こえてくる言葉が耳を通って頭に響く。その雑音を振り払うように、アリシアは小さく頭を振った。雑音が入って来るのは集中できていない証拠だ。
「無理は禁物ですよ、アリシア。学園に入って初めてのレースです。今日はほどほどに流して完走だけを目指しなさい」
「……誰に言ってるのよ。馬鹿にしないで」
「馬鹿にしているわけでは……。とにかく、無理は禁物ですよ」
「……ふんっ」
アリシアはわざとらしく鼻を鳴らして、アリスの忠告を聞き流した。
無理はするな? 完走だけを目指せ? ……馬鹿馬鹿しい。
そんな気構えでここには立っていない。
ここに立っているのは、勝つためだ。
アリス・バルキュリエに勝つ。ただそれだけのためなのだ。
無理をせずに勝てるなら、とっくの昔に勝っている。完走するのは当たり前のこと。それすらもできないと思われているなら、心外にも程がある。
『さあついに二十秒を切りました! 各々方、準備のほどはよろしいか⁉ カウントダウン開始……五秒前! 四、三、二、いち――レース、スタートッ‼』
百五十を超える箒が王立魔術学園の校庭から一斉に大空へと飛び立った。
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