第64話 総力戦
「何とか間に合いました」
魔力フィールドを展開し、ロザリィをドラゴンのブレスから守ったアンナは、普段と変わらない無表情で言う。
ロザリィは、はぁ……と大きく息を吐いた。死を意識した一瞬が通り過ぎ、緊張の糸がやや緩まる。
「来てくれると信じていましたわ、アンナさん」
「状況はよくわかりませんが、とりあえず無事で何よりです。ミナリーさんやアリシアさんは?」
「……今は地上に。事情は後で説明しますわ」
アリシアのことを伝えるべきか、ロザリィは迷いつつも口にしなかった。ドラゴンはいまだブレスを吐き続け、アンナはギリギリのところで魔力フィールドを維持している。ほんの少しでも集中を切らせば、フィールドは破られかねない。
それにしても、
「このドラゴン、いつまでブレスを吐き続けますの⁉」
「一度離脱します。ついてきてください」
「わかりましたわ!」
アンナは魔力フィールドを展開しながら、ドラゴンのブレスから逃れようと降下を開始する。ロザリィはフィールドから出てしまわないように注意しながらその後に続いた。
「ブレスを吐く小型龍〈ワイバーン〉が居るなんて初めて知りました」
「わたくしも聞いたことありませんでしたわ。おかげで不意を突かれましたわよ」
龍討伐を生業とするサウスリバー家に生まれたロザリィは、幼い頃から当たり前のようにドラゴンに関する知識を学ばされてきた。小型龍に関する知識なら、内臓の一つ一つまで頭に詰め込まれている。
だが、目の前の小型龍はその知識とはかけ離れた存在だった。
(まさかとは思いますけれど……)
ある一つの仮説が、ロザリィの頭に思い浮かぶ。
王家や各地に伝わる屠龍王の伝承を研究する者たちや、ドラゴンの生態を研究する者たちの間で、まことしやかに囁かれるある仮説がある。
現在、我々の知る小型龍をはじめとするドラゴンと、屠龍王の時代に地上を支配していたドラゴンは別種ではないか。
その仮説は信憑性に乏しく、今日まで仮説のまま実証されることはなかった。
だが、もしも。もしもその仮説が正しいのだとすれば、目の前のドラゴンは、
「古龍種〈クレエブレ〉……?」
「ロザリィさん、来ます……!」
「……ッ!」
ドラゴンのブレスが途切れ、緑の巨体が猛スピードで襲いかかってきた。ロザリィとアンナはそれぞれ別々の方向へ飛び、ドラゴンの巨体を避ける。
「くっ……」
ロザリィは頭に響いた激痛に顔を顰めた。先ほどの魔力シールドで魔力を使い切ってしまった。これ以上はもう、満足に魔術もシールドも使えない。飛んでいるだけでもやっと。それももはや時間の問題だ。
「不甲斐ないですわ……!」
当初の目的である時間稼ぎは、十分できただろうか。ミナリーたちが岸から動く様子は未だない。どちらにせよ、ドラゴンをこのまま放置して離脱するわけにはいかなかった。
王都は目と鼻の先。千年紀の来訪祭を祝うため、大勢の人々が王都に押し寄せている。そんなところへドラゴンが襲来すればどうなるか、結果は火を見るより明らかだ。
(せめて、応援の国家魔術師が到着するまでは……!)
何としても、持ちこたえなければならない。それが王国七大貴族、サウスリバー家の直系としての責務だと、ロザリィは自分に言い聞かせる。
「ほんの少しでも、ダメージを……!」
ロザリィはアンナに追いすがるドラゴンに右手を向けた。
その手を、誰かが掴む。
「はいはいそこまで。もう魔力すっからかんでしょー? ここはお姉さんに任せなさいな」
「あ、あなたは……⁉」
「〈疾く疾く走れ、迸れ。光れ、光れ、稲光れ〉」
ロザリィの隣、桃色の髪の少女は詠う。
紡がれるのは、全てを飲み込む雷撃の唄。
ロザリィは肌にピリピリとした痛みを覚えた。この痛みは知っている。学園に入学して以来、二度もこの身に浴びた魔力だ。
「〈駆けろ、駆けろ、空翔ろ。天翔け、宙翔け、突き抜けろ。切り裂け、貫け、轟かせ〉」
『虐殺の魔女』――シユティ・シュテイン。レースにおいては最も恐ろしい相手でも、この場に限れば最も心強い味方となる。
ドラゴンに向けられた彼女の右手は電気を纏い、バチバチと音を立てた。ロザリィの知る限り最も強力な魔術が、ドラゴンへ向かって放たれる。
「〈一切合切全部まとめて消し飛ばせ――雷神の鉄槌〉ッ‼」
大空を閃光が貫いた。極限まで絞り込まれた雷神の鉄槌は、その威力をロザリィが知る何倍にも増幅させドラゴンに突き刺さる。
(まさか、普段は光を拡散させ威力を落としていたんですの……⁉)
だとすれば、本来の〈雷神の鉄槌〉はどれほどの威力を有するのか。いかにドラゴンの厚い鱗といえども、この魔術に耐えられるはずがない。
ドラゴンは右側面に〈雷神の鉄槌〉を食らい、思いきり吹っ飛ばされた。何枚もの鱗が剥がれ落ち、青色の体液が撒き散らされる。右の翼と腹部に大きな焦げ跡を残しながら、ドラゴンは錐もみ状態で湖へと落下していった。
「やりましたわ!」
ロザリィは歓喜の声を上げて拳を握る。巨大な水柱がそそり立ち、ドラゴンの巨体は湖の底へと沈んでいった。
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