第22話 バルキュリエ姉妹

「月末の新入生歓迎レースで思い出しましたが」


 アリス先輩は持っていたカップを机に置いて、アリシアに顔を向けた。


「同じレースに出るのは久しぶりですね、アリシア」


「……そうね」


 アリシアは先輩と目も合わせず、ぶっきらぼうに相槌を打った。


 そんな妹の態度は気にならないようで、アリス先輩は笑顔を浮かべている。


「前に一緒に飛んだのは三年前でしたか。私たちでワンツーフィニッシュを決めた素晴らしいレースでしたね」


「忘れたわよ、そんな昔のこと」


「あれから、あなたがどれだけ成長したのか楽しみにしていますよ」


「…………ふんっ」


 アリシアは鼻を鳴らして、ティーカップを一気にあおった。紅茶を飲み干すと、ガチャリと音を立ててカップを置き、


「ごちそうさま!」


 と、言って立ち上がる。


 え、わたしまだ紅茶飲み終わってない!


 せっかくの良い茶葉だから、ゆっくりと味わいながら飲もうとしていたのに。アリシアはさっさと部屋から出ていこうとするから、慌てて紅茶を飲み干す。味なんてほとんどわからなかった。


「ま、待ってよ、アリシアぁ!」


 わたしがソファから立ち上がって追いかけると、アリシアは扉の前で振り返ってアリス先輩を見た。


「姉さま。次のレース、勝つのはあたしよ」


「ふふっ。楽しみにしていますよ、アリシア」


「ふんっ……」


 アリシアはわざとらしく鼻を鳴らして、扉の向こうに消えていった。


 わたしはその後を追おうとして……ちょっと気が変わったのでソファに座りなおした。


「アリシアを追わないのですか?」


 少し驚いた顔でわたしを見るアリス先輩に、言う。


「紅茶、おかわりください! 一気に飲んじゃって味がよくわからなかったので!」


「そ、そうですか……」


 変わった子ですね……とか言いながら、アリス先輩はティーカップに紅茶を注いでくれる。わたしはそれを受け取って、ゆっくりと口に含んだ。


 うーん。……よくわかんない。


 よくよく考えれば、わたしあんまり紅茶飲んだこと無いんだった。結局、味気なく感じてしまってアリシアと同じように角砂糖とミルクを入れてミルクティーにする。うん、これなら美味しく飲めそう。アリス先輩は何か言いたげな顔をしているけど気にしない。


 しばらく、わたしたちは無言で紅茶を楽しんだ。


 そして世間話を振るような気軽い感じで、


「アリシアと仲悪いんですか?」


「ぶはっ⁉」


 訊ねてみたらアリス先輩が紅茶を噴出した。げほっ、ごほっ、とむせながら目尻に涙を溜めて、アリス先輩はわたしをねめつけてくる。


「な、なんですか、藪から棒にっ!」


「だって、さっきの二人ぜんぜん仲良さそうに見えなかったので」


「そ、そんなことありません! 私とアリシアはどこからどう見ても仲良し姉妹です!」


「えぇ……」


 どこからどう見ても、コミュニケーションが上手くいってなかったと思うんだけどなぁ。


 アリス先輩は紅茶を一口飲んで落ち着くと、「いいですか」とわたしを諭すように話し始めた。


「アリシアは昔から大のお姉ちゃん子で、私がどこに行くにも『姉さま、姉さま』と後ろをよちよちとついて回ってくるほどなのですよ」


「えーっと、それ小さい頃の話では?」


「お風呂だって一緒に入っていましたし、寝るときは同じ布団で手をつないで眠っていました」


「それなら……」


 わたしも昨日しましたと言いかけて、やめた。背筋にうすら寒い何かが走り抜けたんだけど、これって嫌な予感的な何かだと思う。下手なことは言わないほうがよさそうだ。


「どうですか、ミナリー。これでも、私たち姉妹の仲が悪いと言えますか?」


「子供の頃に仲が良かったのはわかりましたけど、やっぱり今はそうじゃないんですよね? アリシア、さっきからほとんど喋ってなかったし、何というか……」


 不自然にアリス先輩を意識している。そんな風に、わたしには思えた。


 アリシアの行動を思い返すと、アリス先輩を避けているわけではないと思う。もしそうなら、わたしと一緒に上級生の教室まで来ないし、まして生徒会室まで案内をしてくれなかったはずだ。


 嫌っているわけでもないし、避けているわけでもない。


「変わっていませんね、アリシアは」


 アリス先輩はソファから立ち上がると、ゆっくりと窓の方へと歩き出した。


「先ほども言ったとおりです。アリシアは常に私の後を追いかけてきました。私が箒に乗り、レースに出始めた時にも。あの子はずっと私を追いかけているのです。昔も、今も」


「……対抗心、ですか?」


「さあ。ただ、姉として簡単に追い抜かれるわけにはいきませんから。アリシアに伝えておいてもらえますか、ミナリー」


 アリス先輩は金色の髪を揺らし、窓を背にして振り返る。


 その碧色の瞳はスッと細められ、凍てついたように冷たく見えた。


「次のレースも、勝つのは私です」


 あぁ、なるほど……。


 そう言い放ったアリス先輩を見て、わたしは納得して紅茶を飲む。


 やっぱり姉妹だなぁ、この人たち。

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