第36話 祭りの準備
放課後になって、わたしとロザリィは箒に乗って王都に向かった。学園からは目と鼻の先、アメリア王国の王都アメリアは大勢の人が街を行きかい活気に溢れていた。
昨日や一昨日も来たけど、やっぱり王都だけあって凄い賑わいだ。それにどことなく、浮かれた雰囲気が漂っている。遠くから木槌の音が響き、街路樹には魔動式のイルミネーションが飾り付けられ、夕暮れの薄暗い街並みを煌びやかに彩っている。
「もう来訪祭の時期なんですわね……」
「来訪祭?」
「あなた、そんなことも知りませんの? 屠龍王ドラングニルが、王都アメリアに初めて訪れた日を祝うお祭りですわ。毎年、王国中から大勢の観光客も訪れて、皆で屠龍王との出会いを祝い感謝するんですわよ」
「へぇー、そんなお祭りがあるんだね」
前世の世界でいうところのクリスマスみたいな感じかな? でもあれは確か、誰かの誕生日を祝っていたような気がするけど。
「屠龍王との出会いを祝うって少し変じゃない? 誕生日じゃないんだね」
「本当に何も知りませんわね……。屠龍王ドラングニルの誕生日は明らかになっていませんの。現代まで残っている記録には、彼がアメリアに訪れた日にちのことしか書かれていないそうですわ」
「訪れたってことは、屠龍王は別の国から来たってこと?」
「そうですわね。屠龍王ドラングニルは、もともとこの国の人間ではありませんわよ。伝承によれば遥か遠い東の島国から来たとされていますわ。その国がどこにあるのかは、今も研究途中ではっきりしないそうですけれど」
「東の島国かぁ……」
前世の世界の日本って国だったりして。極東の島国、なんて言われてた気がするし。
街路樹の並びに沿ってしばらく進むと、大きな公園に突き当たった。この公園を東に行けば王都でもひときわ大きい市場にたどり着く。王都に来た目的は、そこで買い物をすることだ。
「屠龍王ドラングニル様。いつ見ても凛々しいお姿ですわ」
公園の中央、噴水の上に飾られた屠龍王ドラングニルの銅像を前に、ロザリィは「はふぅ」と息を吐いて光悦とした表情を浮かべる。どうやらロザリィは屠龍王のファンらしい。
銅像になっているのは右手に箒を持ち、左手を空にかざす壮年の男性。立派な髭を蓄えていて、全身が筋肉で隆起した立派な肉体を惜しみなくさらしている。
「……これ、なんか違くない?」
どうしてだろう。この銅像を見ていると無性に腹が立ってくる。
「どうしたんですの? 何も違うところなんてありませんわ」
「いや、わたし屠龍王って女の子だと思ってたよ」
本に出てくる屠龍王ドラングニルは、どれもこの銅像のようないかにも強そうな男性の姿で描かれている。それは知っているのだけど、なぜかわたしの頭の中では屠龍王=女の子というイメージが固まっていた。
「まあ、そういう説もありますわね。当時を示す文献はあまり多く残されていませんわ。研究者の中には屠龍王ドラングニルが女性だったと主張する者も居ますし、ドラングニルという名も当時の言葉で『龍を討滅せし者』という称号と言われていますから、必ずしも男性であるとは限りませんわ」
「じゃあ、実際はこんな感じのおっさんだったかどうかはわからないってことだね」
「おっさんじゃありませんわ。ダンディなおじさまですわよ!」
わたくしはダンディなおじさま説を推しますわ、なんて話をロザリィとしながらわたしたちは市場に向かった。
そこで一通りの食材を買いそろえて、ロザリィとは王都で別れる。明日からの秋休暇でロザリィは地元の領地に帰るそうで、帰り支度に必要なものを買い揃えるとかなんとか言っていた。
わたしは買いそろえた食材を箒の先にぶら下げながら学園に戻る。寮の自分たちの部屋のベランダに降りて、窓から部屋の中へと入った。
「ただいま。遅くなってごめんね」
カーテンもとじられて薄暗い部屋の中。二段ベッドの下の段に、クマのぬいぐるみを抱えた女の子が座っている。寝癖がついたままのぼさぼさの髪。服装はピンク色のパジャマのままで、寝起きのようにぼーっとしている。
「ただいま、アリシア」
そう呼びかけると、アリシアは小さくこくりと頷いた。
うーん、元気がない。
新入生歓迎レースから三日、アリシアはずっとこんな感じだった。まるで魂が抜けてしまったかのようにぼーっとしていて、身の回りのことがほとんど何もできない。
一人だと食事も入浴もしなさそうで、見かねてこうしてわたしたちの部屋に居てもらっている。
テーブルの上にアリシアのため今朝準備しておいたサンドイッチのバケットがあった。中身は綺麗になくなっている。ちゃんと、食べてはいるみたいだ。えらいえらい。
「アリシア、お腹すいてるかな? 今から作るから少し待っててね」
寮の各部屋には小さなキッチンスペースが用意してある。自炊をしたり、食堂が閉まったあとに軽食を作るための設備だ。
食材は普段にもまして豪勢だった。というのもロザリィがほとんど出してくれたからで、「体調が悪いときはいい食材で栄養を取るべきですわ!」とわたしが普段買わないような高級食材を買いそろえてくれたからだ。
おかげで、いくつかどう調理すればいいかわからないものまである。まあ、とりあえずスープに入れたら食べられるかな……。
「……ミナリー」
しばらく調理をしていると、アリシアがいつの間にか隣に立っていた。彼女は胸元に片手でクマを抱きかかえ、もう一方の手でわたしの制服をきゅっと掴んでいる。
「どうしたの、アリシア?」
「……ううん。何でもないわ」
そういいながら、アリシアは制服をつかむ手を放してくれない。
「えっと……。ちょっと動きづらいんだけど……」
「…………」
放してくれない。
それなら、
「スープ、味見する?」
訊ねるとアリシアはこくりと頷く。そして、「あー」と口を開いた。
なるほど、そうきたか。
わたしは彼女に渡そうとしていたスプーンを鍋に入れて、ふーふーと息を吹きかけて冷ましてからアリシアの口元にもっていく。
はむっと、アリシアはスプーンを咥える。
「どう? おいしい?」
スプーンを口から引き抜きながら訊ねると、アリシアは微笑んで「おいしい」と答えてくれた。
掴んだままの制服は放してはくれなかった。
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