第71話 戦いの後

 時間は少し遡る。


 アンナちゃんとロザリィに助けられたわたしは、スぺリアル湖湖岸の砂浜に下ろされるなりロザリィから質問攻めにあっていた。


「ミナリー、あの対龍討滅術式は何なんですの⁉ 水と氷の魔術系統……あれは、屠龍王ドラングニル様が使ったとされる失われた対龍討滅術式ですわ! それをどうしてあなたが……⁉」


「あ、えっと……」


 詰め寄ってくるロザリィに、わたしは何も答えることができなかった。

 まったく何も覚えていない……というわけではなかった。朧げに、まるで夢か何かだったみたいに漠然とした記憶だけが残っている。


 わたしが……ううん、わたしの中に居る〈私〉が確かに対龍討滅術式を用いてドラゴンを倒したのだ。それだけはハッキリとしている。


「落ち着いてください、ロザリィさん。今は、全員が無事に生き残ったことを喜ぶべき時です」

「ですが…………いえ、そうですわね。さすがのわたくしも、くたびれてしまいましたわ」


 アンナちゃんに諭されて、ロザリィはその場にへたり込む。けれどすぐに顔を上げて、


「アリシアさんは⁉ アリシアさんは無事でしたの⁉」

「あ、うん。意識は戻ったよ。酷い怪我だったけど、アリス先輩も居るし大丈夫だと思う」


 そうこう言っている内に、王城のほうからいくつもの箒がやってくるのが見えた。国家魔術師がようやく応援に来てくれたみたいだ。


「今更来ても遅いです」

「何か事情があったのかもしれませんわね。それに見たところ、全員が治癒魔術師ですわ」

「よかった、アリシアの方に向かってくれてるみたい」


 アンナちゃんもロザリィも怪我をしているけど、やっぱり一番の重傷はアリシアだ。アリシアの治療が優先されていることにホッとしてしまう。


「ところでアリシアさんに何かあったのですか?」


 どうやらアンナちゃんは、アリシアがドラゴンに襲われたことを知らなかったらしい。


「どうしてそんな重大なことを教えてくれなかったのですか」

「ど、ドラゴンとの戦闘でそれどころじゃなかったのですわ!」


 と、アンナちゃんにジィーっと詰め寄られたロザリィは必死に弁明している。

 二人とも怪我や火傷はしているけど、元気そうで何よりだ。


「二人とも、怪我の具合は大丈夫?」

「この程度なら問題ありませんが、ミナリーさんが来てくれなければ危ないところでした」

「そうですわね。助かりましたわ、ミナリー」

「ううん。みんなが無事で何よりだよ」


 アリシアも、アンナちゃんもロザリィも。それに、シユティ先輩やアリス先輩。ドラゴンにレースは邪魔されちゃったけれど、誰一人死なずに済んだことが奇跡だったと思う。


 本当に、よかった。


 しばらく砂浜で休んでいると、わたしたちの元にも国家魔術師の人たちがやってきた。すぐさまアンナちゃんとロザリィに治癒魔術がかけられていく。


 二人とも平気そうにしていたけど、治癒魔術で傷が癒えていくにつれて表情が心なしか緩んでいくように見えた。ロザリィなんてドラゴンと戦う前からボロボロだったし、そうとうなやせ我慢をし続けていたんだと思う。


 アンナちゃんとロザリィのおかげで湖にも落ちずかすり傷一つ負っていなかったわたしは、二人の治療の様子を少し離れて見守っていた。


 そこへ、


「無事だったんですね、ミナリー!」

「アリス先輩?」


 近づいてきたのはアリス先輩、そしてシフア先生とシユティ先輩だった。


「怪我はありませんか⁉ 急にドラゴンへ向かって飛んでいくんですから、とても心配したんですよ⁉」


 そう言ってアリス先輩はとても落ち着かない様子でわたしの周りをぐるぐる回り始める。


 えっと、怪我をしていないか確認してくれるのかなぁ……?


「大丈夫ですよ、アリス先輩。ほら、ご覧のとおり無傷です。それより、アリシアは大丈夫ですか?」


 アリシアに付きっきりだったアリス先輩がここにいるということは、少なくとも目を離して大丈夫な状態にはなっているんだと思う。


 アリス先輩はわたしの質問で落ち着きを取り戻したようで、立ち止まって大きく頷いた。


「アリシアは治癒魔術師の方々の治療を受けて、今は王都の病院まで搬送されているところです。私も今から向かいますが、その前にあなたの無事を確認したかったのですよ。本当に無事で、何よりです」


 そう言ってアリス先輩は、わたしのことをギューッと抱きしめた。


「ちょっ、アリス先輩⁉」

「……ありがとう、ミナリー。あなたのおかげでアリシアが助かりました。本当に、ありがとう……っ‼」

「……はい」


 わたしは躊躇いがちに頷くことしかできなかった。


 アリシアを助けたのは、正確に言えばわたしじゃない。【心臓マッサージ】と【人工呼吸】という前世の記憶を思い起こさせてくれたのは、わたしの中に居る〈私〉だ。


 アリシアを助けたのも、ドラゴンを倒したのも、わたしじゃない。


「先輩、アリシアのところへ行ってあげてください。きっと寂しがって居ると思います」

「ええ、そうですね。あなたもなるべく顔を出してくださいね。アリシアが寂しがるといけませんから」

「はい」


 アリシアが搬送された病院へ向かうアリス先輩を見送る。わたしも今すぐ一緒に飛んでいきたかったけれど、シフア先生がわたしに向かって手招きをしていた。


「お疲れさま、ミナリー。急で悪いけど、お姉さんと一緒に王城まで来てくれるかい?」

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箒星ライド~空を飛ぶことが大好きな女の子が、頑張り屋な少女と紡ぐ奇跡の物語~ KT @KT02

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