第61話 命に代えてでも

 水上に姿を現した巨体は大きな翼をはためかせ、アリシアとアリス先輩に向けて高速で接近する。まさしく食らいつかんと、大きな咢を開きながら。


「あいつ、アリシアさんとアリス様を⁉ ――って、ミナリー⁉」


 わたしは箒に全力で魔力を注ぎ、魔力の流れも利用して、ロザリィの魔術を模倣しながら、出来る限りの方法で箒を加速させながら、


「逃げて、アリシア‼」


 必死に、大好きな親友に向かって手を伸ばす。


 お願い、間に合って‼


 アリシアはわたしの声に気付いたのか振り返って、アリス先輩の箒を思いきり蹴り飛ばした。そのせいでアリス先輩もアリシアも箒のバランスを崩して互いに脇へそれていく。


 でも、間に合わない。


 ドラゴンの咢が二人に食らいつくことはなかった。でも、その巨体が二人に襲い掛かる。アリス先輩は奇跡的に直撃を避けられた。翼にあおられ箒ごと大きく吹っ飛ばされたけれど、すぐに体勢を立て直す。


 けれどアリシアは、ドラゴンの巨体と激突し、箒を粉砕されて宙に投げ出された。


「アリシアぁっ‼」


 アリシアの体が一瞬浮かび上がって、落ちていく。箒の衝撃緩和術式は発動しない。アリシアを落下から守るものは、何もない。


 助けなきゃ……‼


 箒に魔力を流し込む。限界まで、限界を超えてでも!


 間に合え、間に合え、間に合え、間に合えっ‼


 もっと速く。もっともっともっともっともっともっともっと‼


 ……遅い。どれだけ魔力を流し込んでも、どんな方法をもってしても、これ以上箒が速くなることはない。


「アリシア……!」


 伸ばした手の先で、大きな水柱が上がった。


 アリシアが、落ちたのだ。


 あたしは、間に合わなかったのだ。


 嫌……嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ‼ アリシア、アリシアぁっ‼


 まだ、まだだ……まだ間に合う‼


「はぁあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」


 わたしは箒に乗ったまま勢いそのままに水面へ飛び込んだ。箒は水の中を動けるようにはできていない。けれど、ロザリィの魔術を応用すれば、ほんの少しなら水の中だって飛べるはずだ。


 視界が青く染まる。魔術が水をかき分けて、何とか前に進む力を与えてくれる。それも長くはもたないだろう。それでも!


「アリシアぁああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼‼‼」


 沈んでいく彼女に向かって必死に手を伸ばす。アリシアもまた、わたしに向かって手を伸ばした。その手を掴み、一気に引き上げる。


「アリシア、しっかりして! アリシアっ‼」


 どれだけ呼び掛けても、アリシアから返事はなかった。彼女の体を必死に抱きしめ、湖面を目指す。魔術で水をかき分けるのも限界が近い。アリシアの体の重さが、箒にのしかかる。それでも歯を食いしばって、何とか魔術を維持したまま湖面を突破する。


「アリシアっ、ミナリーっ‼」


 すぐ目の前、アリス先輩が泣きそうな顔でわたしたちを出迎えた。アリシアはぐったりしたままで意識がない。


「アリス先輩! アリシアをすぐに――」


 どこか安全な場所に。そう言いかけたわたしの声は、



『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼‼‼』



 ドラゴンの咆哮にかき消された。


「――ッ⁉」


 こっちに向かってきている。アリシアを抱えたままじゃわたしは速く飛べない。アリス先輩も気が動転している様子でとてもドラゴンを振り切って飛べる様子じゃない。


 アリシアを、助けられない……!




「〈風牙双激〉ぃあああああああああああああああッッッ‼‼‼」




 直後、ドラゴンの横っ面に二本の竜巻がぶち当たった。


『GYAAAAAAAAAッ⁉』


ドラゴンは予想外の攻撃に怯んだのか、大きく旋回してわたしたちから距離を取る。


 今の魔術……!


「間一髪でしたわね……!」


「ロザリィ⁉」


 もう魔力なんてほとんど残っていないはず。それでも全力の魔術を放ったロザリィは、肩で息をしながらわたしたちに言い放つ。


「ここはわたくしが引き受けますわ! 早くアリシアさんを安全な所へ‼」


「でもっ……」


 たった一人であのドラゴンを相手するなんて無茶だ。魔力切れ寸前で、ただでさえボロボロなのに!


「何をボーっとしてるんですの‼ アリシアさんを救いたいのでしょう⁉」


「……っ⁉」


「行きなさい、ミナリーっ‼ 時間稼ぎくらい、してみせますわ。この命に代えてでも‼」


 制止する間もなくロザリィはドラゴンに向かって飛んで行ってしまう。


 ……ごめん。


「ありがとう、ロザリィ‼」


 ロザリィが稼いでくれた時間を無駄にはできない。わたしはアリシアを抱きしめたまま、全力で近くの岸に向かって飛ぶ。アリス先輩もわたしの後に続いた。


「アリシア!」


 岸についた直後、転がり落ちるように箒を乗り捨てたアリス先輩が駆け寄ってくる。わたしがアリシアを寝転がらせると、その傍に跪いてアリシアの手を取った。


「アリシア、返事をしてください! アリシア‼」


「アリシア! 起きてよ、アリシア‼」


 わたしとアリス先輩の呼びかけにも、アリシアは目を覚まさなかった。瞳は閉じられたままぐったりとしていて、触れた手は酷く冷たい。


 まさか……。


 手首に触れ、口元に手を近づける。


 脈拍も、呼吸も、止まっていた。

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