第20話 妹さん
授業が終わり、迎えた休み時間。
わたしはシフア先生に呼び出されて、職員室でお小言を賜っていた。
「まったく……。ミナリー、今後授業中にアリシアにちょっかいを出すのは禁止。せっかく学園に入ることができたんだ。君もアリシアの胸を揉んだりせず真面目に授業を受けるように」
「はぁーい」
別にちょっかいを出していたつもりはなかったけれど、アリシアの邪魔をしてしまっていたのは確かだと思う。その点については反省している。
でも、胸は揉んでないもん。揉めるほどないもん。
「ちなみに、素行不良が続くようなら箒を没収するから、そのつもりでね?」
「うっ……。そ、それだけは何卒ご勘弁を」
箒を奪われたらわたしはもう生きていけない。他ならぬシフア先生から箒を貰ってからというもの、わたしの人生にもはや箒は欠かせない存在になっている。
空を自由に飛べないなんて、死んでいるも同然だ。こりゃ、真面目に授業を受けるしかなさそうだなぁ。
「わかればよろしい」
シフア先生は満足げに笑ってわたしを開放してくれた。
職員室から出ると、扉の前の壁にもたれかかってアリシアが腕を組んでいた。どうやらわたしを待ってくれていたらしい。
「酷いよ、アリシア。わたし胸なんて揉んでないのに」
わたしが言うと、アリシアは「ふんっ」とそっぽを向いて口を尖らせる。
「もとはと言えばあんたが変なこと書いてくるからいけないんでしょっ」
「変なことって、メガネが似合ってて可愛いって書いただけだよ?」
「それが変なことなのよっ! 軽率に褒めるの禁止!」
「えぇー……」
可愛いから可愛いって伝えただけなのに……。
「わかったよ。これからは可愛いって思っても可愛いって言うの我慢するね」
「…………そ、それとこれとは話は別よ」
「え、別なの?」
何がどう別なのかまったくわからないけど、アリシアは不満らしい。これが複雑な乙女心というやつかぁ……。
「じゃあ、周りに人が居ないときに褒めることにするよ。それなら良い?」
「そ、そうね。それなら別に構わないわよ? 何なら、今とかその……褒めてくれもいいんだからねっ!」
「あー、はいはい。可愛い可愛い」
「投げやりに褒めるの禁止っ!」
まったくもぉー、とアリシアは頬を膨らませる。可愛いなぁ。
そんなやり取りをしばらく続けて、わたしたちは教室に戻ることにした。
と、そうだ。教室に戻る前に大切な用事を忘れてた。
「アリシア、休み時間ってまだしばらくあったよね?」
「ええ。次の授業までもう少しあるけど、どうしたのよ」
「昨日の試験で助けてくれた先輩にお礼を言いたくって、今行っても大丈夫かな?」
「問題ないと思うわよ。昼休みってわけじゃないから、先輩方も教室に居るでしょうし」
「じゃあわたし、今からちょっと行ってくるよ。アリシアは先に教室戻ってて」
「それじゃあ、…………ううん。あたしも一緒に行くわ」
「いいの?」
「教室に戻ってもどうせ暇だもの。それに、あたしもお礼を言わなきゃいけないわ。元をたどればあたしにも責任があるわけだし」
アリシアはそう言うと、上級生の教室がある棟へと歩き出した。少し迷っていたようにも見えたけど、付いてきてくれるなら心強い。上級生の教室って変に緊張しちゃうよね。
「それで、昨日助けてくれた先輩ってどんな人だったのよ」
「それがいまいち憶えてないんだよねー。箒のコントロールに必死だったし、コアを貰ってからは少しでも早くゴールしなきゃって感じで。顔は何となく憶えている気もするんだけど、名前までははっきりと思い出せないよ」
「それじゃあ、手掛かりは何にもないわけね」
「あ、でもね。確かコアホウキをくれた先輩が、自分のことを『学園の女神』だって言ってたのは憶えてるよ」
「学園の女神……? そんなの自称するかしら、普通」
「あはは……」
とにかく、手掛かりは『学園の女神』しかないわけで、わたしたちは上級生に片っ端から『学園の女神』について尋ねて回ることにした。
「学園の女神? さぁ、聞いたことないわねぇ」
「女神といえばアリス様を思い浮かべるけど、そんな呼ばれ方をしていたかしら?」
さっそく二年生の教室の前ですれ違った先輩方に訊ねてみるも、『学園の女神』に関する心当たりはないという。
「そういえばそちらのあなた、アリス様に似ているわね」
先輩方の内の一人が、アリシアを見て言った。
「本当! 髪の色といい、顔立ちといいそっくり! もしかして、今年入学されたという妹さんかしら?」
「…………まあ」
アリシアはそれだけ口にして、小さく頷いた。
「やっぱり! 入学試験レースをトップ通過したんでしょう? さすが、アリス様の妹さんね!」
「アリス様もお喜びになっていたんじゃないかしら!」
「ええ、まあ……」
曖昧な笑みを浮かべて、アリシアは先輩たちに答える。
……ちょっと、嫌な感じだ。
「先輩方! すみません、わたしたちそろそろ! 人探しの途中なので!」
「あらそう、残念だわ。もう少し妹さんとお話ししたかったけれど」
「確か、昨日のレースで貴女を助けてくれた上級生を探しているのよね。それなら、試験監督生としてレースを見守っていらっしゃったアリス様に訊ねるのが手っ取り早いんじゃないかしら?」
「アリス様?」
「生徒会長のアリス・バルキュリエ様」
アリス・バルキュリエ。アリシアと、同じ苗字だ。
「わかりました、ありがとうございますっ! 失礼しますっ!」
「妹さん、アリス様に宜しくお伝えくださいね」
笑顔で手を振る先輩方に会釈をして、わたしはアリシアの手を引っ張って二年生の教室前を後にした。しばらく廊下を進んで、ひと気がなくなったところで立ち止まる。
「……アリシア、大丈夫?」
振り返ってアリシアに訊ねると、アリシアは小さく溜息を吐いた。
「昔からこうなのよね。みんなアリスアリスアリスって。姉さまのことばっかり。あたしなんて、妹さんとしか呼んでくれない。あたしには、アリシアって名前がちゃんとあるのよっ! まったくもうっ!」
「うん。そうだよね。先輩たちも悪気はなかったんだろうけど、わたしもちょっと嫌だったなぁ。アリシアはアリシアなのに……って、ムカついちゃった」
「……ありがとう、ミナリー。あたしを色眼鏡で見てこないのは、あんたくらいよ」
「当然だよ、アリシアはアリシアだもん」
貴族だとか、アリス様って人の妹だとか、そういうのとは関係ない。わたしはアリシアという一人の女の子と偶然出会えて、彼女の人柄に惹かれて仲良くなったんだから。
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