第44話 ─希望─ 願い

 フラッシュを焚かれたような光に思わず顔を背けると、年齢も性別も不明な謎の声がしてくる。


「そなたがベシュテルを滅ぼしたのか──」


 頭の中に直接話し掛けてくるその声はまるでテレパシーで伝えてくるよう。

 正面を向こうとしても光は目の前にあるのか直視できない。


 かろうじて足下を見ると、さっきまで風で揺れていた砂利の間の雑草が不自然に動きが止まっていた。

 

 時間が止まってる。

 これほどのスゴい力に、どことなく威厳を感じさせるこの声……


 脳裏に天使だった頃のデヴィーに雷を落としていた太陽のような光、あの神様の声が響いた。


 かっ、神様……!?


 どう対応していいのか、つむじを向け深々頭を下げると、神様はゆったりとした口調で語り始める。


「私の目を盗み、ベシュテルが魔界と繋がりをもっていたのは重々承知していた」


「え、知ってたの……」


 驚きのあまりついタメ口が出てしまった。


「ふむ……いつの日か己で善の心を取り戻し、ミッシェルたちと共に天界を平和に守るのを待ち望んでいたが、そこに至ることはなかったようだな」


 神様はベシュテルの悪事を見透かした上で試していたようだ。


 本当は、デヴィーたちにも試練を与えていただけだったりして?


 ヒューッと正面からそよ風が吹く。

 

「そなたには礼として一度のみ願いを叶えるそのステッキを授けよう。願い唱えたとき、ステッキと装飾品は天界へ返るであろう──」


 それを最後に気配が消え、空気が動き出したのを肌で感じる。


 握っている手を開くと、鉄の棒みたいだったステッキが透き通ったビードロのように変化していた。

 先端のダイヤは光が屈折して虹色に輝いている。


 願いは一度のみ……

 当たり前だけど装飾品返さないといけないんだ。


 ひとまずステッキをポケットにしまい、倒れてるデヴィーとラビエルとエルに駆け寄ろうとすると目の前が突然、二重に見えてくる。


 あれ……どーしたんだろう?


 段々視界が暗くなり、意識が遠退いた──



 パッと目を開けると、白い天井と囲むようにあるカーテンレール、横には中年の看護師とキツそうな女医がわたしを見下ろしていた。


 病院……?


「倒れたのは疲れもあったんだろうねー」


 まだ事態が飲み込めず少し寝ぼけていたが、女医は構わずに話しだした。


「ただちょっと、数値に問題あるねー」


「は……えっ?」


 女医は炭水化物や甘いものの食べ過ぎで生活習慣病の予備軍になってると指摘した。

 他にも昆布とか海藻類、ヨードの摂りすぎでだるさや倦怠感、体の不調が出てる可能性もあると説明した。


 ヤバ……気を付けないと。

 炭水化物もだけど、家は毎日のように盛りだくさんの昆布類が料理に出てくるし、間食にもよく酢昆布食べてる……


 食事療法の説明を受けた後、薬貰ったら帰っていいよ、と去り際に言われた。


 靴を履いて病室を出ようとしたら、車輪の音が響いてくる。

 扉が開くと、そこには車イスに乗って笑ってるひかるがいた。


「よっ!」


「……え、ここ、ひかるの入院してる病院だったんだ」


「うん。アタシの病室に突然デヴィーたちがアリスを背負って飛んできたから、もー驚いたってなんの」


 そっか、デヴィーたちが運んできてくれたんだ。


 ひかるに百合亜がいる病室へ案内され、廊下を歩いてくと、ガラス越しの病室をラビエルとエルが眺めていた。


「二人とも運んでくれてありがとうね」


 ラビエルとエルは優しく微笑む。


 隣に並んでひかると病室の中を見ると、看護師が点滴を取り替えていて、その側のベッドで管で繋がれた百合亜が眠っていた。


 まだ意識が戻ってない……

 そうだ、このステッキを使えば元の状態に戻せる。


 ポケットの中のステッキを握り締めると肩に手を置かれた。


「彼女が何を望むのか、訊いてみますか」


 ラビエルが手をそっと差し出す。

 隣にいるひかると目を見合わせ、ラビエルの方を見て頷いた。

 ラビエルの手のひらに重ねるように手を乗せる。


 すると、ベッドで横になってる百合亜の周りが緑色に光り、体からスーッと半透明になった百合亜が起き上がった。


「ゆ、百合亜ちゃん?」


「ちょっ、どーなってんの!」


 驚いてついひかると声を上げると、看護師がこっちを振り返り迷惑そうな顔をする。

 どうやら看護師には見えてないらしく、半透明になった百合亜は床から数ミリ浮いた状態でわたしたちの後ろまで移動してきた。


 下に目を落とす百合亜に、ポケットから取り出したステッキを見せる。


「それは……」


 当然だけど百合亜と隣で首を伸ばしてるひかるはこのステッキを初めて見る。


「なんかよく分かんないけどこのステッキ、一度だけ願い事を叶えられるらしいの……だから、これで百合亜ちゃんの意識を取り戻そうと」


「あー、それいーじゃん!」


 ひかるも笑顔で賛成した。

 だけど、百合亜は浮かない表情でベッドで眠る自分の姿を見つめる。


「……私はひかると違って、何かされたからこうなったわけじゃないの。天津さんと同じ、罰が当たったの……」


 百合亜は悪魔の力を使った者が悲惨な末路を迎えるのを知っていた。


「今まで散々悪魔の力を使って罪を犯してきた……だからそのステッキを使ってもらえる資格は私には無い」


 百合亜は過去の事務所の社長や両親、嫌がらせしてきた人物を事故に遭わせてきたことを悔いていた。


「……で、でも、その代わりにわたしやひかるを助けてくれたり、ファンの人たちを歌で楽しませたり、良いことも沢山してきたじゃん」


「そーだよ!」


 わたしとひかるがそう言うと、百合亜はガラスに手をついて崩れるように腰を下ろす。


「……私より、ひかるの足をステッキで治してあげて」


 わたしが持ってるステッキを見ながら百合亜がそう呟くと、ひかるが車輪を動かして近寄る。


「アタシはこのまんまで十分! 車イスでスイスイどこだって行けんだから!」


 ひかるは車輪を回して廊下を猛スピードで走る。

 すると、病室の扉が開いて看護師に怒られた。

 舌をペロッと出しておどけた表情でひかるがゆっくり戻ってくると、百合亜がクスッと笑った。


「あっ、笑ったなー!」


「ふふ、だって」


 二人のやりとりを見て、わたしも自然と笑顔になってると、いつも聞いてるしゃがれ声が耳に入った。


「フッ。ソレジャ俺モ同ジダナ」


 声のしてきた方に目をやると、歩いてる看護師の頭に尻を乗せて跨がるデヴィーの姿があった。

 デヴィーはジャンプしてわたしの隣に着地する。


「オマエト同ジダ。俺モ悪魔ニナッテカラ数エ切レナイホドノ人間タチヲ殺メテキタ」


 黒い指を差して、百合亜を真っ正面からデヴィーが見つめる。


 ……もしかして、デヴィーなりの励まし?


 見た目は怖いけど何だかんだで良いとこあるんだよね、と思っていたら、デヴィーがわたしの手の中にあるステッキを掴んできた。


「マァ。俺ハオマエト違ッテ自分ノ願イヲ叶エサセテモラウガナ!」


 デヴィーはステッキを奪おうとする。


「ちょっ、ちょっと!!」


「早クヨコセ! ソノステッキデ天使ニ戻ルンダー!!」


 揉み合いになるとデヴィーは緑色のバリアに閉じ込められる。

 跳び跳ねて暴れるが、デヴィーはその状態で窓の外を抜けどこか遠くへ飛んでいった。


 ラビエルが後ろで笑っている。


 ラビエルが助けてくれたのか……

 でも、本当ステッキで一体何を願うのが正解なんだろう。

 百合亜ちゃんの意識も戻したいけど、ひかるも歩けるようにしたい。

 それに、天津さんやデヴィーの事も。


 全部叶えられたらいいのに……


 今すぐには願い事は絞れず、時間だけが過ぎた──




「リーダー、これから雨降るみたいですけど」


「天気予報ではそんなの言ってなかったのにねー」


 後輩のアンナとまりんが、にわか雨でも降ってきそうな曇り空を眺めてそう言った。


 今日は週末だけ使用許可が下りる、駅前で行われる路上ライブの日。


 ミスレクはGTがなくなった後もなかなか世間の目は厳しく、日の目を浴びることは未だにできていない。

 そこで無料でもいいからミスレクの良さを知ってもらおうと、わたしの提案で最近路上ライブを行っている。


「やるよ。雨が降っても、この週に一回しかないライブを楽しみに待ってくれてるファンの人がいるからね……でも二人は帰っていいよ」


 そう伝えて、曇り空の下、リュックからラジカセとマイクを取り出してセッティングをしてると、アンナとまりんが準備を手伝いに来た。

 

『私たちもやります』


 二人とも……同年代の子たちは遊びたい盛りで自分たちも遊びたいだろうに。


 でも二人の気持ちをありがたく汲んで、雨がポツポツ降り出す中、音源のスイッチを入れた。

 イントロが始まると、決まって必ずいる数少ないファンのオジサンが傘を差しながら歌に合わせて手を叩く。


 曲をかき消すぐらいの土砂降りの大雨になったが、どうにか三人で歌い踊り切った。


『ありがとうございましたー!』


 素通りしていく人がほとんどだったけれど、ファンが「頑張れー」と声援を送ってくれた。


 やっぱり、自分の歌を聴いて喜んでもらえるのっていいな。

 でも、願いを叶えたら指輪も返さないといけないから、こうやって歌うこともできなくなるのか……



 帰宅後。濡れた髪や体をタオルで拭いてリビングに向かうと、テーブルの上にラップをかけられた海老や野菜の天ぷらと海藻サラダが置いてあった。

 脇には小皿のひじきとパックに入ったメカブもある。


 台所の炊飯器を開けると昆布やひじきが混ざった炊き込みご飯、鍋の蓋を取ると一面深緑のワカメスープもあった。


 あれ、今日も……


 海藻類は病院で注意されたって、ママに伝えているがいつもこんな感じ。

 でもパート帰りでご飯作ってもらってるから、何も言わず腹八分目に抑えて食べた。



 翌日。香背に事務所へ集まるよう連絡が来て、わたしとアンナとまりんで事務所の扉を開けた。


「おっ、来たか!」


 ニコニコする香背の前には見知らぬ少女三人が立っていた。

 揃った長い黒髪が日本人形みたいな美少女と、青のジャージと赤のジャージをそれぞれ着た田舎から出てきたって感じの少女二人組。


 アンナとまりんと近付くと香背が少女たちの背中を押す。


「実はこの子たち、君たちを見てミスレクに入りたいって来てくれたんだ」


「え、わたしたちを……?」


 何の事かと不思議におもってると、黒髪の美少女が口を開いた。


「私、駅前でアリスさんたちが一生懸命に歌ってるのを見て決めたんです!」


「え、あ、路上ライブの……」


『私たちも同じです!』


 ジャージ姿の二人もそう答えた。


 ……知らないところで、そんな風に見てくれてる子たちがいたんだ。


 香背が窓の外を眺めてため息をつく。


「はぁ、だがなぁ……そう言って来てくれたのはとっても嬉しいんだが、今のウチの経営では三人をいっぺんに雇うのは厳しいんだ……」


 薄々、事務所の経営が思わしくないのは察していたけれど、初めてその事を香背の口からきいた。


 きっと、わたしとアンナとまりんと休止状態のひかると百合亜、そこにあと一人を入れるので精一杯なんだ……


 すると、開きっぱなしにしていた扉の方から声がした。


「いいじゃないですか、全員入れちゃって!」


 そう言いながら颯爽と目の前に歩いてきたのは、理由も告げずにしばらく姿を現していなかったセイラだ。

 

「セ、セイラさん今までどこに居たんですか!?」


 セイラはわたしの顔を見て、へへっと笑った。


「ま、色々あんのよ! ……って、そんなことより私が今日きたのは」


 香背の方へ振り返って、机に両手を着く。


「私も今日からミスレク入りますね!」


『えぇーっ!?』


 いきなりのセイラの宣言に、香背やわたしをはじめみんなその場で声を上げて固まった。


 こうして黒髪の美少女小学生、泉神無かんなと、ダンスが得意な青のジャージを着た中三の霜月あずみ、赤のジャージを着た中二の師走リサ、そして事務所きってのソロアイドルセイラがミスレクに加わった。

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