第17話 ─仲間─ 秘密
ひかるはわたしの手から一瞬にして離れると姿を消した。
どこへ行ったのか周りを見渡そうとすると、目の前を炎に包まれた球体が光の速さで通り過ぎた。
その火の玉は前にいた先生に衝突し、扉ごと通路側へ追いやる。
今の、まさかひかるが……?
倒れた先生のもとへ近付こうとしたら、制止するように腕を出された。
見上げるといつの間にかひかるが前に立っていた。
うつ伏せになった先生の体が燃えていくと、ひかるがわたしの方を振り向く。
「実は……」
何か口にしようとするひかるの背後で、先生の背中付近がモゴモゴ動くのが目に入った。
なにっ!?
思わず指をかまえようとしたら、バーーンッ! と大きな翼らしきものが先生の服を突き破り、驚いてる暇もなくひかるを奥の鏡に叩きつけた。
力強くドンッと足で押さえつけていたのは、先生の姿とは違う、大きな黒いドーベルマンみたいな犬。
背中に翼の生えたその体は人間の大人並みに大きく、グルルと唸りながら充血した赤い目とキバを見せ異様に殺気立ってる。
様子がなんか変だって思ったけど、先生が悪魔だったの!?
ひかるは抵抗して蹴り飛ばそうとするが、悪魔らしき犬が押さえつけていて抜け出せない。
ここで攻撃したら指輪の事がバレる……だけど、いま助けられるのはわたししかいない。
犬の悪魔が片方の前足を上げ、肉球の間から鎌のように湾曲した鋭く尖った爪を剥き出しにした瞬間、指を向けて呪文を唱えた。
「アダマスルークス!」
押さえ付けられているひかるが目を見開いた。
指先から放たれた白い閃光が犬の悪魔の首を貫くと、動きが止まり、肉体は黒煙と化した。
鏡の前で倒れてるひかるのもとへ駆け寄る。
肩に腕を回すと、ひかるがゆっくり口を開いた。
「……ありがとうアリス」
ううん、と横に首を振る。
一緒に立ち上がり、部屋から出ようとすると背後から「クゥ⋯⋯」と恨めしそうな低い声がした。
イヤ、忘れてた……
嫌な気配を感じながら後ろを見ると、奥で留まっていた黒い影からエルが首から上だけ出ていた。
でもエルは片目を細め、どこか悔しげな表情をしている。
「……今スグニデモ剣デ貴様ノ首ヲハネテヤリタイトコダガ……クッ」
通路側に目をやりながらエルは影ごと消える。
あれ、今日は襲わないんだ……?
拍子抜けしてると、通路の方からテンションの高い騒ぎ声が聞こえた。
「ヤダー! 何コレーーッ!!」
通路側の電気がパッと点いた。
明るくなった通路で、焼き焦げた扉と床をジロジロ見ているのは事務所の先輩アイドル、セイラだ。
わっ、ヤバ……
セイラさんに見られたら『キャー! 二人とも何があったのー!?』なんて大騒ぎになっちゃいそう……
幸いセイラはまだこちらに気付いてないようで、仕方なく疲弊しきってるひかるとブレスレットで自宅へテレポートした。
「フンッ。運ノ良イ奴ダ」
部屋に着くや否やいきなりデヴィーにそう言われた。
「え、エルにヤられてほしかったっていうわけー」
冗談交じりに話すと、デヴィーはクスクス笑い、隣で横になっていたひかるが目を開けた。
ひかるは、不思議そうにテレビの中であぐらをかいてるデヴィーを見つめる。
あ、デヴィーの事どう説明しよう、でもそもそも悪魔なんて言って信じてもらえるのかな……?
上手い言い訳も見つからず無言でいると、ひかるが何か思い出したようにスマホを取り出す。
「コレだよね、ゼファンが言ってたの!」
ゼ、ゼファン?
聞いたことない謎の言葉が気になってると、ひかるはスマホの画面をテレビに向けた。
すると、興味なさそうに背中をかいていたデヴィーが急に背筋をピンと伸ばす。
「……デヴィンシーサマァ」
ひかるのスマホからインコの話し声みたい声がした。
デヴィンシーっていうのはデヴィーの事。
この声のおかげで、名前を教えてもらったときの記憶が蘇ったけど、どこでデヴィーなんて呼ぶようになったかは忘れた……
デヴィーが深く息をつく。
「フゥー。ヨク耐エタナ」
「グフ……コノ時ヲ何千年待チ望ンダコトカ⋯⋯延々ト火ヲ吹キ続ケル辛ク苦シイ罰ニ耐エタ甲斐ガアリマシタ……」
ゼファンの涙ぐむ声がする。
ひかるがわたしの方にスマホを傾けると、そこに映っていたのは、困り顔で体に不釣り合いなぐらい大きな耳をしたデヴィーぐらいの茶色い体の悪魔だった。
「ここで映ってるのはさ、分身みたいなもんで実物は井戸にいんだ!」
「井戸?」
どういう事? って思ったけど、デヴィーもテレビに閉じ込められていながら他のテレビやスマホに移動できるから、それか……と納得した。
「今年の春ごろにさ、寝る前に空見てたらピューン! って赤い光が近くの林んとこに落ちるの目撃して、急いで確かめに行ったらボーボーの木がかさばった井戸があってさー」
ひかるがジェスチャーで流れ星や草木を再現する。
「それで、木かき分けたら井戸の中に赤い光がぼんやり浮かんでて、よーく見たらそん中にゼファンが入ってたの。アタシも興味津々で、話聞くとさ、なんか井戸から離れられないつっててー」
「……へぇ、ちょっとデヴィーと似てるかも」
「ん?」
「まぁ……デヴィーの場合テレビに閉じ込められた原因は、わたしが指輪を踏んづけちゃったっていうのもあるんだけどね……」
ひかるがわたしの手に顔を近付けて、指輪の宝石を覗き込む。
「そーなんだー、でも……宝石ってそんな簡単に割れるもん?」
「えっ」
言われて初めて気付いた。
確かに、いくら本当のわたしが巨体で重いからって、そんな偶然割れるの……?
考え込んでると、ひかるが履いてる靴を脱ぎだす。
右足を前に出すと、足首に銀の鎖が巻いてあり、そこに赤いひし形の石がキラッと光っていた。
「で、ゼファンがデヴィンシーっていうのを捜す手伝いをするなら代わりにやるって、この赤いアンクレットをくれたんだ」
そのアンクレットは、あの赤い本に載っていた装飾品のひとつだ。
「このアンクレットの力の秘密、明日みせてあげるからここに来てよ!」
向けられたスマホの画面に映っていたのは『太白病院』と名前が記された、林に囲まれた大きな病院だった。
「う、うん。明日ね」
手を振ると、ひかるは窓から高くジャンプして夜空の暗闇へ溶け込んだ──
翌日。指定された太白病院の入り口近くで待ってると、後ろからカラカラと車輪の音がしてきた。
「あ、すいません……」
邪魔にならないようどこうとしたら、そこにいたのは水色のパジャマを着て車イスに乗ったひかるだった。
「ビックリした? これがアンクレットの力なんだ」
ひかるはおどけた表情を見せる。
言葉が何も出てこないでいると、ひかるに色鮮やかな花が沢山咲いてる広場へ案内された。
「中学んときから病院転々として、それでも原因わかんないって言われてたんだけどさ……このアンクレットをもらって大好きなダンスをまたできるようになったんだ」
頷きながら指輪をはめた手を握る。
そうだったんだ、アンクレットの力を借りて足を動けるようになったり、スゴいスピードを出したり、火を出してたってことか……
でも、なんかわたしだけ黙ってるみたいで……わたしも見た目を変えてること打ち明けよう。
「あ、あのさ……実は」
言い出そうとしたら、ひかるが車イスをクルッと向きを変える。
「いーよ、言わなくて。アタシが勝手に言いたくなっただけだから」
わたしが秘密を抱えているのを察していたのか、ひかるはそう言って近くにいたお婆さんと楽しそうに会話しに行った。
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