第42話 ─完成─ 金の指輪

 最後の破片を奪われてから、ティエルが所属するGTがどんな動きをするかネットで見張ってると、生放送で行われる昼のトーク番組にゲスト出演するという情報を掴んだ。


 ティエルが現れ次第、こっちもスカーフを伸ばして無理矢理にでも破片を返してもらおうと決意した。


 収録当日。

 ひかると百合亜と共に番組収録が行われる明星テレビへブレスレットでテレポートした。

 スタッフたちが行き来する通路を進んでスタジオに足を踏み入れると、風船などで飾り付けされたカラフルなセットが目に入る。


「あそこにアイツらが来るのか」


 ひかるが司会者とティエルたちが座る予定のソファーを眺めながらそう言った。


 見つからないようカメラマンや機材の陰に隠れる。


 スカーフを握り締めながら待っていたけれど、本番三十分前になっても司会者もティエルも他のGTのメンバーも一向に現れない。


 百合亜が目を大きくして周りを見渡す。


「何か違和感が……一度引き上げた方がいいかも」


「えーっ! 出直すのー!?」


 ひかるはすぐにでもティエルを倒したかったらしく、仕方なさそうに頷いた。


 三人で出口に向かうと、スタッフが走ってきて二人がかりで扉を閉めた。

 まるでわたしたちをスタジオから出したくないとでも言いたげだ。


 急に、何……?


「──うふふふ。私がアンタたちに簡単に捕まるとでも思ったぁ?」


 声を聞いてすぐにピンときた、その声はティエルだ。

 振り返ると、セットの中央に紫色の破片を手に浮かせたティエルが立っていて、周りにはGTのメンバーやスタッフ、カメラマンたちが青白い顔をしてアーチ状に整列している。


「まんまと罠に引っ掛かってくれてどーも!」


 ティエルが口に指をあてて笑うと、ひかるが高くジャンプした。


「ナニッ! これでも喰らえっ!!」


 ひかるが足元に燃え盛る火の玉を現して蹴った。

 ティエルは背後から黒い宝石が真ん中に装着されたカチューシャを取り出して、頭に着ける。


 あのカチューシャ、もしかして装飾品?


「ブオオオーーン!」


 ティエルが指を上へ向け、竜巻のような黒い強風を吹かせるとひかるに正面からぶつかった。

 火の玉が一瞬のうちに消されたと同時にひかるが下に落ちてくる。


『ひかる!』


 急いで百合亜と名前を呼びながら、床に仰向けに倒れたひかるのもとへ駆け寄る。

 体を起こすと、ひかるは目を閉じてぐったりと力が抜けていた。


「その程度で気を失うなんて大したことないわね、ふははは」


 嘲笑うティエルに呪文を唱え指を差そうとすると、百合亜が先に立ち上がった。

 百合亜は無言のまま手のひらから放出した水流をティエルの顔面にぶつける。


「……な、何コイツ! アンタたち見てないでさっさとやって!」

 

 ずぶ濡れになったティエルが命令すると、GTのメンバーや操られてると思われるスタッフたちが前後左右から走ってくる。


 水流が渦を巻くように流れ、敵を水中に閉じ込めると百合亜がこちらに顔を向けた。


「今のうちにスカーフで!」


「……うん!」


 百合亜の素早い攻撃につい目を奪われ、慌ててスカーフを伸ばした。

 スカーフはティエルが手に浮かせていた紫の破片を包み、わたしの手元に縮んでいくように戻る。


 破片が手に入った……!


 手のひらに確実に掴んだ紫色の破片を見ているとティエルが声を上げた。


「この女ーーーっ!!」


 顔を紅潮させたティエルは指先をわたしたちに向ける。

 それと同時に破片を指輪に近付けると、宝石の中に破片が溶け込んでいき白い光を放った。

 光の輪が広がり、弾けるように爆風を起こす。


「なにぃっ、うわぁーーーーーっ!!」


 スタジオ全体に爆風が吹き、ティエルや周辺の機材、GTを含む手下たちも吹き飛ばされた。


 一面グレーの戦後のような光景が広がる。


 だけど、わたしだけが一人立っており、人差し指にはめた指輪からは黄金の光が噴水みたいに溢れでていた。

 直視できないほどの眩しいその光が徐々におさまると、銀色だったリングの部分が金色に輝き、宝石は初めて見た時のあの青く美しい海のような美しさに戻っていた。


 ……宝石が、指輪が、戻ったー!!


 完成した金の指輪を見て思わずその場で跳び跳ねてると、前にある瓦礫が動く。

 

「……アンタだけ、幸せになんてするもんですか!」


 瓦礫の間から這い上がったのはティエル……と、声からして思ったけど容姿が別人だった。

 髪の毛がボサボサに逆立ち、服装もグレーのスウェット。

 顔も肌つやから十代とは思えず、たぶん実年齢のわたしと同じぐらい。

 だけど、その顔には見覚えがあった。


「ま、まさか……ミカ……」

 

 それは中学時代わたしをイジメて楽しんでいた同級生ミカ。

 若干老けてはいるけど、ギロッと睨む攻撃的な目付き、これはミカそのもの。


「ふふふ。やっと気付いたの? ティエルになってるときも声は変えてないのにねぇ」


 言われてみれば、たしかにティエルとミカの声は思い返せば同じだ。


「なんで、ミカがティエルになってわたしを……」


 ミカは太ももを上げて、勢いよく瓦礫を踏みつける。


「私さ、アンタが不登校になった後すぐ、バスケの試合中怪我したんだよねー」


「……え、ケガ?」


「足捻挫してね。たかが捻挫……でもね、そんな些細なキッカケで私はバスケ部の花形エースだったのにあっという間に転落したの。プライドを傷付けられた私はそれからヒドイいじめに遭い、高校へも行けず家に引きこもった……せっかく華々しい高校生活を送る予定だったのに、本当はもっともっと充実した人生送るはずだったのに! 全部アンタのせいよ!!」


 ミカはいじめの標的だったわたしが居なくなったことで自分が標的にされたと、言いたいんだと思った。


 なんじゃ、そりゃ……

 そんな身勝手な話ある!?


「でもいーの。今の私にはベシュテル様が授けてくれたこのカチューシャが。これがあれば一時的に好きな姿になれるし……それに、指輪が完成した今。何でも願いを叶えてくれる、伝説のステッキを現して人生やり直すから!」


 ……でんせつの、ステッキ?


 ポカンとしてると、ティエルは不意を突いて蔓を伸ばしてきた。

 蛇みたいに巻き付いてきて、指輪を抜き取ろうとする。

 咄嗟に指輪だけはもう片方の手で押さえたが、ポケットや首もと、耳につけてる装飾品が奪われていく。


「ベシュテル様には悪いけど、ステッキには私の願いを聞いてもらうわ! ははは」


 何本も出てくる蔓に頭や体を叩かれ、ミカが笑ってると、天井から巨大な筒状の光の柱が差してきた。


 この光は何、まるで天国へ続く階段みたい。


 神々しさを感じさせるその柱の上から羽根が舞い降りてくると、大きな純白の翼に身を包まれた天使が降臨した。


 地上に足先をつんと着く。


 翼が開き始めるといきなりミカに炎が放射された。


「きゃーーーーー!!」


 ミカは真っ赤に燃える炎の中、姿が見えなくなった。


 な、仲間割れ?


 こちらにゆっくり天使が回転する。

 正面に見えたその姿は、西洋人風のキリッとしたグレーの瞳が印象的な、分厚い胸板とぶっとい両腕と顎周りには立派な黒いヒゲを蓄えた厳つい大男。

 格好も黒光りした甲冑を身に付け、片手には炎を纏った剣、翼の上にはブルーのマントを靡かせている。


 その剣に、そのマントは……

 

 天界で目にした、デヴィーから剣とマントがベシュテルに渡ったあの光景が蘇る。

 この天使が、あの少年だったベシュテルなんだ……と確信すると、ベシュテルは炎の剣を振り上げた。


 指を向けようとしたら、空中から猛スピードで黒い物体がスッと出てきて抱きかかえられる。

 上に目をやると、そこにいたのは最初に見たあの恐ろしい姿の悪魔デヴィーだった。


 デヴィー……

 そっか、指輪が戻ったから封印が解けたんだ。


 テレビから脱け出せたデヴィーにそのまま抱えられ、空高く浮上すると明星テレビ全体がブラックホールに飲み込まれたように真っ黒に変化していた。


 やっぱり明星テレビがベシュテルの本拠地だったってこと……


 翼のはためく音がして、隣を見るとラビエルとエルが気を失ったひかると百合亜を抱えていた。

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