第43話 ─終息─ 揃った装飾品

 前に一度訪れたひかるが入院している太白病院に二人を連れて行った。


 百合亜はすぐに集中治療室に運ばれたが意識は戻らず、ひかるの寝てるベッドの横で座ると、ひかるのまぶたがかすかに動き出していた。


「……ひかる、分かる?」


 手に触れると、まぶたが開いた。

 ひかるは飛び起きて室内をキョロキョロ見回す。

 

「なんで……たしか、あの時ティエルに……」


 ひかるはティエルの攻撃を受けた時点で記憶が止まっているようで、何故自分が病院にいるのか理解していない。


「うん。ひかる、それで気を失って……その後、指輪が完成できたのはよかったんだけど、他の装飾品を盗られて明星テレビが今ベシュテルの力で真っ黒に……それに、百合亜ちゃんがまだ意識が戻らなくて……」


 ひかるは目を大きくして口を開けたけど、何も言葉を発さなかった。


 両足が動かないひかるを車イスに乗せて百合亜がいる集中治療室の前に移動する。

 二人ともラビエルとエルに救い出されたときには、すでにアンクレットとメガネを身に付けておらず、恐らく他の装飾品と同様にベシュテルの元にありそうだ。


「……アタシと百合亜の分も頼んだ」


 ひかるがそう言いながら、車イスのハンドルを握るわたしの手を掴んだ。


 本当はひかるの事だから自分で戦いたかったはず……

 でもここはゼファンとベルゼブに任せて、デヴィーたちとベシュテルの元へ行こう。


「うん。必ず」


 ひかるは振り返り、歯を見せて笑った──



 病院の屋上から遠く離れた明星テレビをデヴィーたちと眺めると、暗闇に染まった入道雲がじわじわと押し寄せ空全体を覆い尽くしていた。


 ここもベシュテルの手が及ぶのは時間の問題か……


 ラビエルが両手を広げて緑色に光る球体を作り出した。

 前にプリソンとの戦いの際、ラビエルに乗せてもらったバリアだ。

 エルとラビエルとデヴィーと共にバリアの中に身を乗せると空高く浮上した。



 黒煙と化した雲をかき分けながら明星テレビへ距離が縮まっていくと、空気が淀み、重りを背負ったような感覚が伝わってくる。


 膝をついて見下ろすと、デヴィーみたいな真っ黒な悪魔が何十体も街の中を飛んでいて、道を歩いている人たちに次々と襲撃していた。

 ヤギの角が二本生え、コウモリの羽としっぽ……銅像や小説などによく出てくる悪魔そのもの。


 街の人たちが悪魔に襲われてる……

 天津さんや香背さん、ミスレクのみんなにママ、大丈夫かな。


 みんなの顔を思い浮かべてると突然地響きがして体が傾いた。


 周りを見ると、悪魔の大群がわたしたちを包囲しており、口から放射する黒いエネルギー状の塊をバリアにぶつけていた。

 ラビエルの付けてる片方のイヤリングの力しかないバリアは何度もぶつけられ、点滅している。


 ヤバい、消える……!


 そう思った次の瞬間、弾けるようにバリアは破壊された。

 唯一飛行できないわたしは足元の感覚を失うと真っ逆さまに落下する。


 ラビエルとエルが飛んでこようとしたが、悪魔の大群が邪魔をするように飛んできた。


「わぁーーーーーーーっ!!」


 デヴィーが手を伸ばすのが見えたのを最後に、わたしは叫びながら真っ暗な空間に落とされた。



 ……いたたぁ。


 腰をさすりながら辺りを見渡す。

 薄暗くて視界があまりハッキリしないが、下には滅茶苦茶になった何かの機械や残骸が転がり、これが衝突をやわらげてくれたようだ。


 どこか出口がないか探そうとするとボッと火が点く音と明かりが目に入る。


 首を傾けると、門のようにそびえ立つ二本の大きな金の燭台があった。

 シャンデリアのように豪華に飾り付けされ、上には高く伸びあがる火が灯ってる。


 これって……

 こっちへ来いってこと?


 何となく誘き寄せられてる感じもしたが、明かりはこれしかなく、ひとまず門を抜けてみる。

 大理石のような硬く白い床を踏むと、両サイドに連なる金の燭台に点々と火が灯されていく。


 照らされた通路の脇は真っ暗で、この一本道を踏み外したら助からない気がしてくる。


 慎重に歩みを進めていくと、突き当たりに赤いカーペットが敷かれた段が見え、段上にある高級感溢れる分厚いカーテンがサーッと滑るように開いた。


 はっ……!!


 目に飛び込んだのは、口を大きく開けて吠える獅子の彫刻が左右にされた玉座に、ふんぞり返るように腰を下ろしたベシュテルだった。


 ベシュテルは片肘をつきながら見下ろす。


「──貴様ニ最後ノ機会ヲヤロウ。私ニソノ指輪ヲ渡スノダ」


 手のひらを差し出すベシュテルの前に、恐る恐る一歩近付く。


「……イ、イヤ……だってこれはデヴィーたちがずっと守ってきた大切な物だから」


 ベシュテルは片手に握る剣をドンッ!! と強く地面に立てた。


「知ッタヨウナ口ヲ利クナッ!!」


 突然の怒声に体がビクッと震えた。


「奴ガドレボド遊ビ呆ケテイタコトカ。日頃カラ怠ケ、驕リ、酒ヲ浴ビルヨウニ飲ミ。私ノ方ガ遥カニ規則ヲ守リ、勉学ニ励ミ、努力家デアッタノダ。ソンナ奴ガ大事ニ守ッテキタダト? 馬鹿馬鹿シイ! 大体奴ハ──」


 ベシュテルのデヴィーへの妬み嫉みは根深いようで、過去にあんな事があったこんな事と話は長々続いた。


「……たしかに、門番をサボってたのは良くなかったと思う」


「ホゥ」


「でも、やってもない罪でデヴィーを陥れたのはもっと良くないんじゃ……」


 その言葉を聞くと、ベシュテルの顔色が変わり、片目をピクピク痙攣させた。


 無言で立ち上がると握っていた炎を纏う剣を斜めにひと振りした。

 突風が吹き、反撃する隙も与えられずに一気に後ろの瓦礫の山まで飛ばされた。


「うぅっ!!」


 背中にゴツゴツした機械の衝撃を感じる。


 瓦礫にもたれながら指を前に差して呪文を唱えようとすると、指が太くて、はめているはずの指輪が無かった。

 慌てて起き上がるとボンレスハムのような二の腕に突き出たお腹、元の太った肉体に戻っている。


 なんで、どういうこと? 


 ベシュテルの方に目をやると、わたしがはめていた指輪を摘まむように握っていた。


「コレデ全テノ装飾品ガ揃ッタ!! ハッハッハ!!」


 呆気なく指輪を奪え、ベシュテルは肩を震わせて笑いが止まらない様子。


 懐に入れていた指輪以外の装飾品を浮かばせると、指輪も同様に浮かばせ、8つの装飾品がベシュテルの頭上に上がっていく。


 装飾品が全部、揃った……!


 火や水、電流や風など様々なパワーが装飾品から四方八方に撒き散らされると、ひとつの膨大なエネルギーに変化した。

 電気を帯びた巨大なマグマのような黒い竜巻になると、ベシュテルの身に降り注ぎ、周りの瓦礫や屋根、明星テレビ全体を巻き込む。


 自分を取り込むなんて、ベシュテルは一体何をするつもり。


 強力な暴風に、この重量級の肉体でさえも持って行かれそうになると両腕を持ち上げられた。


 首を上げると、デヴィーとラビエルが必死な顔で上へ引っ張っており、飛んでくる瓦礫をエルが剣で叩き斬ってくれている。


 みんな、助けに来てくれたんだ。


 少し離れた高台に着くとドスンと降ろされた。


「……全クッ。モウ少シデ腕ガモゲルトコダッタワッ! ソノ体型ドウニカシロッ!」


 デヴィーは怒鳴りながら腕をぐるぐる回す。


 言い返したいけど、正論すぎて何も……


 だけど、一応助けに来てくれたからお礼にデヴィーとラビエルの肩を揉むと、エルが叫んだ。


「あれはなんだ!」


 エルの視線の先を見ると、竜巻が消え去った場所に、崩壊した明星テレビとほぼ同等のサイズで肌が赤黒く、頭から鹿のような角が生えた全身燃え盛る炎に包まれた何かが立っていた。

 腕らしき部分には真っ黒な宝石が先端に付いた棒を抱えている。


 ラビエルがその光景を見つめなから呟く。


「ベシュテルはあのステッキで地獄の王を呼び覚まし、それすらも自身に取り込んで天界も魔界も人間界も全て支配しようと目論んでいるのです。そして、そのよこしまな願いにより自身の魂が穢れあのような姿に……」


 真っ赤な炎のような物体は、天使のトレードマークである金の輪や白い翼、鎧やマントが消滅したベシュテルの変わり果てた姿だった。


 ベシュテルは天を仰ぎ、巨大な黒く光るステッキを上へあげる。


「サァー、大王ヨ、地上ヘ降リ立テ!!」


 ベシュテルの声が地上に轟くと空に楕円形の巨大な穴が出現する。

 穴の中には別空間が広がっているのか、交差するように流れる流氷が浮かぶ青い川と吹雪が吹き荒れていた。


 見るからに寒そうな川……

 まさか、あれが地獄なの?


 目を凝らすと、川の先に他の流氷とは明らかに一線を画すとてつもなく巨大な氷の塊が姿を見せた。

 氷の中には人のような物が手足を下に向け眠るように佇んでいる。


 ラビエルが緑のイヤリングを外してわたしの耳に付けた。


「あなたはここで待っていて。私たちはあの黒く変化したステッキを奪い、最後まで出来る限りのことをします」


「え、待っ……」


 わたしの話を聞かずに、ラビエルとデヴィーとエルはベシュテルの元へ飛び立った。


 デヴィーが指先からいきなり黒い光を放射すると、激怒したベシュテルは口から炎の渦を吹いて三人を追い回す。


 わたしも装飾品さえあれば……


 空に浮かんでる装飾品を眺めると、透き通った影のようなものが現れていた。

 それは、ロウェーやクエル、ベールなど今まで破片を集めたときに封印した悪魔たちだ。


 もしかして、装飾品と封印されてる悪魔たちは共鳴しているの……

 だとしたら、装飾品は自分の意志で動けるかも?


 聞く耳をもってもらえるか分からないけど悪魔たちに話し掛けた。


「みんな、ベシュテルはこのままだと自分だけが満足する世界をつくろうとしている……阻止するにはみんなの力が必要なの……だから力を貸して!」


 悪魔たちは無表情で微動だにせず、装飾品の中に消えていった。


 やっぱりダメだったか……

 自分を封印した奴なんかに力貸したくないよね……


 膝から崩れ落ちると、首に寄り添うようにピンクのスカーフが降りてきた。


 スカーフに手を置くと、指輪やペンダント、他の装飾品も次々と太ももの上に降りてくる。


 みんな……

 一緒に戦ってくれるの。


 何も言葉はしないけど装飾品をぎゅっと握り締めた。


 指輪とペンダントでアイドルのときの美少女の姿アリスに変える。

 ミカが持ってた黒のカチューシャは黄色に変化しており、それと他の装飾品を全て身に付けた。


 一旦後ろに下がってベシュテルの元へ飛び上がる。


 アンクレットのスピードと高いジャンプ力でベシュテルの体を駆け登り、イヤリングの力で炎の熱さも全く感じない。

 そして、スカーフでベシュテルの胴体をぐるぐる巻きにした。


「何故ダ! 闇ニ包マレタ装飾品ガ!!」


 ベシュテルは真っ赤な目を大きく見開き、慌てて口から炎の渦を吹こうとする。


 でもそれもメガネで見越し、手のひらから現した水流をベシュテルの口に放出した。

 ベシュテルは口の中いっぱいに注がれた水流にむせて、その巨体を後ろに倒す。


 空中を舞いながらベシュテルの胸元に指を差した。


「アダマスルークス!!」


 呪文を唱えると、完成した金の指輪の威力は凄まじく、指先からドーンと巨大な金色の光線が勢いよく放射した。

 海のように広がる光は巨大化したベシュテルの体を一気に包み込む。


「ギヤーーーーーーーーーーーッ!!」


 光の海へ沈んでいくと断末魔の叫びだけが響き渡った。

 地獄への穴も川が急速に逆流するように引き戻され、完全に入り口が塞がれる。


 空を埋め尽くしていた雲も開けていき、青空がのぞくと太陽の光が燦々と荒れ果てた土地を照らした。


 倒せたんだ……


 青空を眺めながら、大きく円が描かれた跡地に降り立つと、その中央に一人の少年が倒れていた。


 少年はクセのある黒髪に服は黄色のワンピース。

 天使の輪と羽は無かったが、それは以前に見たベシュテルの少年時代の姿だ。


 ベシュテルは半開きの目でじっとどこか見つめる。

 その先には離れた場所で倒れてるデヴィーがいた。


 何か想うその目をひっそり閉じるとバサッと砂のように崩れた。


 ベシュテル、本当はデヴィーのこと……


 砂は風に吹かれた。

 舞い上がる砂の中に鍵のような物が落ちている。


 もしかして、ステッキ?


 拾ってみると、漆黒で鉄のように硬く先端にダイヤみたい宝石が付いている。

 すると、ピカーッと宝石が閃光を放ち始めた。

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