第41話 ─徘徊─ 墓場の死者

 あの一件で、さゆりは事務所にもわたしたちの前にも姿を見せなくなり音信不通になった。


 週刊誌の記者に情報を売ったりする悪どい顔をもっていたさゆりだけど……正体が大柄の男で、もう可愛らしいあの姿になれないと思うと、気の毒に感じる気もしなくもない。


 そして、リーダーだったさゆりが失踪したことから、実質プロデューサーを担う香背がリーダーが不在なのはグループにとって良くないと言い全員を事務所に集めた。

 でも席に着いたのはいいけれど、わたしとひかると百合亜以外二人のメンバーしか来ていない。


「あれ、他の奴らは?」


 ひかるが訊ねると、香背は頭の後ろに手をやりながら笑う。


「実は……他のメンバーは昨日で辞めたんだ」


「や、辞めた!?」


 思わず口にすると、みんなも初めて知ったのか驚いた表情を浮かべてる。


「ああ、昨日の今日で報告が遅れた、すまない……もう少し考えてくれないかって引き止めたんだが『元々キラキラした世界に憧れて入ってきたのにキモいのと握手ばっか、こんなことやってられっか』って啖呵切られて出ていかれたよ……」


 香背はメンバーの誰にも不本意に辞めてほしくなさそうで顔を下に向けている。


 握手ばっかか……

 もし前のメンバーが残ってたらどうなってたんだろう。

 いつも怒ってた睦に威張り散らしてたシオリ、そしてセンターに誇りをもっていたやよい……一緒に活動してた頃はなんてガツガツして意地悪なんだ、って呆れることもあったけど、今思い返すと十年も辞めずに続けてたのって、それだけ真剣にアイドルの仕事に向き合ってたのかもな……


 正面に座ってるひかるが声を上げる。


「次のリーダー、アリスでいいんじゃない」


 目を丸くしてると百合亜も続けて発言する。


「私もアリスちゃんでいいと思う」


 香背が深く頷き、わたしの方に体を傾けた。


「君にリーダーをお願いしたい」


「……え、なんで、わたしなんかより、ひかるや百合亜ちゃんのほうが適任じゃ……」


 笑ってるひかると百合亜を見ながら話すと、香背が顔を近付ける。


「君は長年くすぶっていたミスレクをあれほどまでに引っ張り上げてくれた。スキャンダル続きの今のミスレクを救えるのも、君しかいないと思うんだ!」


 香背の真摯に訴える表情を見てると断ることは出来なかった。


「は、はい……」


 小さな声で承諾し、わたしが四代目リーダーに就任した。


「何かよくまだ分かってないけど、二人ともよろしくね」


 席に座ってる後輩メンバー二人にそう語りかけると、頭を下げて自己紹介してくれた。


「こちらこそお願いします、私は文月アンナ高一です」


「私は葉月まりん中三です」


 背の高い方がアンナで、黒髪が肩につくぐらいの長さで笑顔は少しぎこちなく真面目そう。

 もう一人のまりんは右の高い位置に髪を結んで元気いっぱいな感じ。

 二人とも比較的良い子そうで安心した。



 午後から握手会のイベントがあり、香背の運転する車で地方のスーパーへ移動した。


 リーダーになって初仕事……っていきたいとこだったけど、やはり今日もわたしのレーンには誰も並ばない。


 ふぅ、今日もか、まぁ軽い休み時間とでも思えばいいや。


 机に肘をついて鼻歌をうたってると、香背が近付いてきた。


「リーダー! 初仕事頼んだぞ!」


 香背は嬉しそうにテレビ番組の内容が記された紙を渡してきた。


「番組出演ですか?」


「うん。やっと一本取ってこれたんだ」


 紙に目を通すと、最近巷で囁かれる心霊スポットを芸人と巡るという深夜帯に放送予定の企画番組だった。


 怖そう、幽霊とか超苦手なんだけど……

 でも、せっかく香背さんが取ってきてくれた久し振りの地上波だし、やるしかないか。


 ロケの日程を聞いてると、ふと横目についたての向こうから男の子が覗いているのに気付いた。

 小学校低学年ぐらいのその男の子はTシャツに半ズボン姿の至って普通の幼い感じで、腕の中に鼻の低い小犬を抱いてる。


 え、もしかして、握手しに来てくれたのかな。


 目が合うと男の子は口を開けてついたての裏側に引っ込んだ。

 側へ近寄ると、買い物客があっちからこっちからと歩いてるだけで男の子の姿はもうなかった。


 ただ覗きに来ただけ?

 


 ──そして、心霊番組のロケ当日。

 深夜に関西出身の若手お笑い芸人の男と自称霊媒師のオバサンらと共にバスで噂の墓地へやってきた。

 噂によると夜な夜な墓地で死者が徘徊してるとか、人魂が飛んでいるのがここ最近多数目撃されてるらしい。


 番組の流れを聞きながらスタッフにマイクを取り付けてもらい、最初は芸人の男から墓地を一人で巡ることになった。

 芸人の男が被ったカメラ付きのヘルメットからわたしは離れた所でモニター越しに見守る。


「うわわわわ!」「ぎゃーー!」


 特に何も起きてないけど、暗視カメラに映る芸人の男は映像がブレブレになるほど大騒ぎしている。

 本当に怖がっているのか、それとも撮れ高を気にしているのか、バラエティーの事はよく分からない。


 数分すると奥の暗闇からヘルメットを被った芸人の男が帰ってきた。

 駆け足でモニター前の簡易椅子に震えながら座る。


「ギブギブ! ホンマに無理や!」


 よっぽど恐怖だったようで、地べたに膝をつき手を合わせてスタッフやわたしに辞退を懇願した。


 ちょっと待って……

 ということは、まだ半分も巡ってないから……一人で全部回るの!?


 わたしも辞退しようかと思ったけど、そんなのとても申し出れる空気じゃないし、それこそ番組が成り立たなくなってしまうのも危惧して渋々ヘルメットを被った。


「じゃ、行ってきます……」


 股を広げて座り笑顔を見せる芸人の男に手を振られ、この不気味な墓地のように暗く重たい気持ちで出発した。

 墓場の方にはあまり目を向けず地面に懐中電灯を照らしながらひたすら進んでると、無線からスタッフの声がする。


「いまちょうど、少し先に公衆トイレ見えると思うんですけどー、そこの個室で待機してください」


 正面を照らすと暗闇の中にポツンとある公衆便所が見えた。

 垂れ下がった枝や茂みに囲まれ、ひび割れた壁には落書きだらけ、かなりの年月を経ていそうだ。


 ウソでしょ、こんなとこに入れっていうの?


 誰がこんな企画考えたのか若干イライラしつつ、体を縮込ませながら左足をトイレへ踏み入れた。


 中は洗面台と男子用便器、後ろ側に扉の開いた不気味な和式便所があり、上下の隅にカメラが設置してある。

 便器に足を踏み外さないよう慎重に跨いでると、バンッ! とまだ触れてないのに扉が閉まった。


 一気に鳥肌が立って固まる。


 ……な、なんで、勝手に?


 心臓がバクバクしてくると、扉の前からパチパチッと爪を鳴らすような音がして、今度は扉が開こうとしていた。

 咄嗟に扉の取っ手を掴む。


「きゃーー! だ、誰かー!」


 扉の向こうからスゴい腕力で引っ張られ、カメラに顔を傾けて助けを求めた。

 でも無線からは「あーうーあ……」と途切れ途切れの声とノイズだけがする。


 扉が少し開いたり閉じたり攻防を繰り広げると、開いた瞬間白い布がヒラヒラ靡いてるのが目に入った。


 はぁっ! 幽霊の服っ!?


 扉を思いっ切り押して、無我夢中でトイレから飛び出した。

 そこから離れたい一心でロケ中なんてことは忘れた。


 ヘルメットと懐中電灯を落としながら真っ暗な闇の中必死に元来た道へ走ると、ぬかるんだ地面に足をとられて転んだ。


 ……うぅ、なんでこんな目に。


 起き上がって顔に跳ねた泥を袖で拭うと、少しずつ目が慣れてきたのか正面に花が見えてきた。

 白と黄色の花びらがあり、中央には何か銀の受け取り皿が置いてある。


 それは明らかにお供え物。

 周りにもわたしを丸く囲むように同じお供え物があり、いつの間にやらお墓に囲まれてしまったようだ。


 えぇ、たしか来た道の方へ戻ってたはずなんだけど……


 どうやってお墓にぶつからずここまで来れたのか、ぞっとしてくると「キャンキャン!」と犬の鳴き声がした。


 振り向くと、かすかに鼻の長いダックスフンドみたいな犬の姿が確認できる。

 だけど、おかしなことにその犬は二本足で立っていて、しかも宙に浮いていた。


 ひぇー、こ、今度は、犬の幽霊!?


 怖じ気づいて腰が抜けてると犬は前足を上げて小刻みにゆらゆら踊る。

 すると、足首に違和感をかんじた。

 ゆっくり首を向けると、地中から真っ白な人の手が出ており、わたしの足首をガシッと掴んでいた。


「きゃーー! 放してー!」


 悲鳴を上げながら、もう片方の足をぶつけてその手を払おうとするが、次々にニョキニョキと指が出てくる。


「ウゥ……」と気味の悪い呻き声までしてくると、周辺の土がどんどん盛り上がり、ボンッ、ボンッと頭が出てくる。

 それは、数本の髪の毛が生えた骸骨や半分顔が溶け目玉が飛び出した死者の姿だった。


 は……


 衝撃のあまり声すら出ない。

 死者たちは、まるで指揮者みたいに振る舞う犬の指示をきくようにわたしの手足や体を掴んでくる。


 もしかしたら、あの犬を倒せばここから抜けられるかも。


 ぬかるんだ土の中に沈みかけながら、力尽くで右手を振り上げ、犬に指を差した。


「アダマスルークス」


 呪文を唱えると指先から白い光線が上へ一直線に伸びる。

 犬の頭を貫き「キャオーン」と鳴き声が響くと、空が明るくなってきて、わたしを地中に沈もうとしていた死者の手や頭がカラカラと音を立てて崩れた。


 足を土から抜いて立ち上がると、上から光輝く紫色の破片が降りてきた。


 指輪の破片……?

 そうか、さっきの犬が、最後の封印されてた悪魔だったんだ。


 最後の破片を取り込もうと指輪を近付けると、シュルシュルと空中から蔓が伸びてきて紫の破片が奪われた。

 上空を見ると足を組んで宙に浮くティエルがおり、指先に破片を浮かせている。


「これで指輪は永遠に完成できないわね。あははは」


 ティエルは高笑いしながら姿を消した。


 破片が、最後の破片が盗られた……!!



 数日後。香背からあの心霊番組はお蔵入りになったと聞かされた。

 理由はカメラや音声が何故か全て撮られていなかったらしい。

 地上波の番組出演がなくなったのは悔しいけど、途中で取り乱して逃げ出したりしてしまったからある意味これでよかったのかも。

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