第7話 ─休息─ プロデューサー
部屋の窓から少し見える桜の木がすっかり緑に変わり、暖かい日も増えてきた今日この頃。
その景色を背に、わたしはネギと刻み海苔がたっぷり乗った蕎麦をすすっていた。
「ススススッ!」
座卓の周りにつゆが跳ねる。
食べ終わってから拭き取ればいいんだけど、どうも気になってしまい一口ごとに布巾で拭き取る。
端に置いておいた本にも付着していて、シミにならないよう丁寧にポンポン叩いてると、その本があのオジサンのもとからどさくさに紛れ持ってきた赤い革の本だってことを思い出した。
この本何が書いてあるんだろう。ちょっと拝見……
特に中身も見ず座卓の上に置きっぱなしにしていた、うっすら黒ずむ赤い革の表紙をめくった。
見返しの部分にはあの小屋で目にした逆さまの星印が記されてある。
黄ばんだ紙をめくると、わたしがはめている指輪やペンダントがペンシルのようなもので描かれてあり、その下には書体みたいな外国語風の文字まであった。
この解説っぽい文が読めれば何か役立てそう……だけど英語がさっぱり分からない。
ただ、あの時オジサンが話してた通り、他にも装飾品があるようで、ブレスレットやカチューシャ、メガネなんて物も次のページに描かれてある。
この装飾品たちも、何か指輪とペンダントみたいな便利な能力があったりして。
目の前のテレビに悪魔本人がいるんだし直接訊いてみよう、そう思い、デヴィーに本の事を伝えようしたら、同じ番組を行ったりきたり何度もチャンネルを変え「ムゥ……」と唸り声を上げていた。
「どうしたの? そんなに考え込んで」
背中を向けてるデヴィーの肩が下がる。
「ドウモ他ト比ベテコノ場ダケ生気ヲ感ジナクテナ」
生気? っていうのがいまいちピンと来なかったけど、どうやらデヴィーが目を付けてるのは、以前行った明星テレビで放送されてるお昼の賑やかなバラエティー番組。
まさか、またテレビ局に行けって言うんじゃないでしょうねぇ⋯⋯
嫌な予感がするとデヴィーがクルッと回転した。
「今ノ俺デハ指輪カラ逃ゲ出シタ奴カマデハ判断デキナイ……ダガ悪魔ガ居ルノハ間違イナサソウダ。ハヤク行ッテコイ!」
画面が暗くなると前にも見た水面のような波紋が浮かんでくる。
通り道が作られたのはいいけど、本当のところあんまり部屋から出たくないし、前回が奇跡的に上手く行っただけでまたあんな事ができるなんて分からない。
だけどその一方で、割ってしまった指輪の力を完全に取り戻して美人になって人生やり直す! って前向きな自分もいる……
スゴく怖いけどやっぱり勇気を出して行くことにした。
前回、頭から入ったらお腹がつっかえて、デヴィーにキックされたりちょっと色々失敗したから、今回は事前に指輪でスリムな体型になり後ろ向きに通ってみる。
四つん這いの体勢でテレビの中に片足ずつ入れていき、つま先でトントンと着地したのを確認してから全身を通り抜けた。
ふぅ、スルッと通れたわ。
この体型だとだいぶ楽チンだし、いつもこの姿でいようかな?
普段では滅多に御目に掛かれないペッタンコのお腹をすりすり擦ってると、背後に気配を感じた。
振り返ると、そこはまるで体育館のような広い室内で、カラフルなレッスン着? を着た若い女の子たちが不思議そうにわたしを見ている。
しかも前には後ろ向きのカメラが数台あり、席に座ってるスーツの大人たちは何だか審査員みたいな雰囲気。
な、何かのオーディション?
……っていうか今、テレビから通り抜けてきたの見られたっ!?
カメラの後ろ側にある使用されてないモニターから出てきたようで、音がしたから見られてるのか、それとも通り抜けてきた決定的瞬間を目撃したから驚いて見ているのかそれは謎。
どっちにしてもここを立ち去るしかいい方法は浮かばず、横目に入った右側にあるドアへ走る。
「──ちょっと、そこの君!!」
男性と思われる大きな声で呼び止められた。
関係者以外入っちゃいけなさそうだし、怒られるかも……
ドアの前で俯いて足を止めると誰かが近付いてきて顔を覗き込んだ。
「うん、やっぱり。もしかしてって……横顔を見て思ったけど、あの時の子だよね!」
メガネを掛けたその男性は焦げ茶色のビジネスバッグから花柄のピンクのスカーフを取り出した。
それは前回、顔を隠す為に巻いていったわたしのスカーフだ。
「この前ぶつかったときに落としていったんだ。急いで呼んだけど、もう姿がなくて」
男性はわたしを見てはにかんでいる。
あぁ、あの時⋯⋯
なんか言われた気がしてたけどこれだったのか。
「あ、あり、あり、がとうございます……」
スカーフを握りながらボソボソと小声だけど一応お礼を伝えると、男性はここで待ってて、と指示するように手のひらを向けた。
審査員席の方へ駆けていくと、真ん中で座っている金髪パーマでアロハシャツを着た変わった感じのオジサンの隣でコソコソ耳打ちをしている。
そして、わざわざわたしの所まで連れてくると、そのオジサンは顔を見るなり、頭のてっぺんから足の先まで何回も往復するようにじっくり観察した。
「これが、君の言っていた噂の⋯⋯」
う、うわさ? な、何を噂されてんだ。
噂なんて聞くともう陰口や悪口ぐらいしか想像できなかった。
するとガシッとオジサンに両腕を掴まれる。
「ダイヤの原石!! いやダイヤモンドッ!! 合格! まさにこういう逸材が欲しかったんだよ!!」
間近に見た興奮気味のオジサンの顔を改めて
それは幾つものヒット曲を飛ばして、人気アイドルを何人も生み出している有名音楽プロデューサー
あ、あまついわお!?
隣の壁にポスターが貼ってあって『明星テレビ密着! 天津プロデュース新メンバーオーディション』と記載されていた。
じゃ、ここはやっぱりオーディション会場で、合格ってそういうこと?
メガネを掛けた男性が頭を下げながら名刺を出してきた。
「遅くなりました。私ヴィネーラプロダクションの
「はぁ⋯⋯」
苦笑いしつつしっかり名刺を受け取ると、香背の後ろで立っている女の子たちがあからさまに不満な顔をしていた。
「あ、あの、わ、わたし用事が⋯⋯」
女の子たちの鋭い視線と無言の圧に気まずくなり、部屋から早々と逃げ出した──
あー、びっくりしたぁー、まさかスカウトされちゃうなんて。
やっぱ見た目が違うとこんなにも扱いも変わるのかぁ、ちょっと複雑……
それにしてもデヴィー、人のいないとこに繋げてよ⋯⋯
ひとまず人通りの少ない場所を探そうと通路をうろついてると、ドアが半開きになった部屋から話し声が聞こえてきた。
「こんな企画で通るとでも思ってんのかっ!! やり直しっ!!」
「……も、申し訳ございません今すぐ」
「頼むよぉ休み返上で!!」
足音がして、近くの植木鉢の陰に身を潜めると部屋から男性が出てきた。
まだ二十代ぐらいで若そうだけど、足をもつらせたりゼーゼー息を切らしていて何だかひどく疲れきっている。
もしかして、デヴィーの言ってたせいきって人間の生気って意味?
だとしたら、さっきの人は生気を奪われてあんな風に……
男性が出てきた部屋の中をバレないようドア影から覗いてみる。
室内は暗く、沢山のモニターの前で複雑な機械をせわしなく作業するスタッフらしき人たちが働いていた。
そのスタッフたちの後ろでは、見守るようにワイシャツの襟を立たせたキザな雰囲気の男が壁にもたれている。
放送とかを扱ってるとこなのかな。
モニターに映し出されてる番組を少しばかり、眺めていると突然作業していたスタッフたちがバタバタデスクの上や床に倒れ始めた。
一体、何が起きたのか室内に入ろうとしたら、壁にもたれていた男一人だけが普通に立っていた。
倒れたスタッフたちの体から白いモヤが次々と現れ始めると、男はそれを物凄い勢いで掃除機のように口に吸い込んだ。
「ウンッ、ウン、ン、マ」
た、た、たべたーっ!!
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