第6話 ─子供─ 赤い本
「おそいよー。ありさちゃーん」
顔を上げるとカズマが歯を見せながら手招きをしていた。
「……え、あ、う、うん」
カズマの緊張感のない様子に少しホッとして、ひとまず靴を脱いで居間に上がった。
「あ、あのさ、お話の世界って……知ってる?」
早速ユナから聞いた話をしようとしたらカビくさい臭いがツンと鼻についた。
辺りを見回すと、ホコリを被ったブラウン管とワタやバネが飛び出たソファーが無造作に置かれてあり、畳の上も灰色がかってボロボロ。
この家、まるで何年も人が住んでないみたい。
閉まってるすりガラスの戸にカズマが寄りかかる。
「うん。オジサンがースッゴイたのしいとこにつれてってくれるんだってー」
カズマは他の子供たち同様だいぶオジサンの事を信用しているようだ。
「へぇ、そ、そっか⋯⋯」
オジサンが別になんか悪いことをしてる確証を得たわけでもないし、わたしの考えすぎかなぁ……と思っていたらカズマの後ろの戸が突然ずれた。
どうやら体の重みで開いたようで、戸の向こう側にテーブルや冷蔵庫が見えている。
シンクからピカッと光が反射していて、背伸びして覗きに行ってみると山積みの刃物が置かれていた。
果物ナイフや大きく重そうな斧に小さなノコギリなど、様々な種類の刃物がよく研がれていて、中にはギザギザに刃こぼれしてる物もある。
こんなに沢山の刃物。
一体、何に使ってんだ……
体がブルッと身震いしてくると、前にオジサンに連れて行かれたという子供たちの行方が気になった。
「そういえば、前に来た子たちは今どうしてるの?」
隣で一緒に背伸びしようとしてるカズマにそう尋ねると首を横に振った。
「しらなーい。オジサンにおはなしのせかいにつれてってもらったあとあってないよ」
え、あ、会ってない……!?
それ、超ヤバくない? 早く警察に連絡しないと……
って、あっ、すっかり忘れてた! アオイちゃん!
「あ、アオイちゃんは!?」
カズマは廊下側の扉を指を差す。
「さきにアオイからって⋯⋯」とオジサンに連れて行かれたことを教えてくれた。
急いでカズマと廊下の方へ向かい、アオイの名を呼んだ。
「アオイちゃーん!」
電気の点いてない暗い廊下を進んでいくと、分厚いえんじ色のカーテンが立て掛けられた妙な雰囲気の場所があった。
カーテンをめくってみると、この木造の家に不釣り合いな鉄製の扉があり、柱との間にはただ引っ掛けてあるだけの南京錠と金具が付いてる。
まさか、ここに閉じ込めてるんじゃ。
南京錠を外して扉を開けた。
中へ入ると部屋の壁と床は全て血のように真っ赤。
そして、部屋の中央には口にテープが貼られ手足をイスにロープで縛られたアオイの姿があった。
すぐにカズマとテープを剥がして、ロープをほどくとアオイは泣きだす。
「オ、オジサンが⋯⋯きゅうにぃ……」
小さな体を震わせるアオイの手を取る。
「みんなで一緒に逃げよう」
そう声を掛けると、アオイは涙を袖で拭き取り「うん!」と頷いた。
もう片方のアオイの手をカズマが握り、部屋から出ようとした際、横にある祭壇のような黒い台が目に入った。
台の上には何十本ものロウソクや人の形をした銅像が供えてあり、どれも逆さまの星がかたどられた印がついている。
何これ……とてつもなく邪悪な雰囲気。
後ろから「はやくでよ!」とカズマに促される。
この祭壇で何かを崇めているのか、少し気に掛かったけどその部屋をあとにした。
施錠されてない南京錠がああいう風にあったってことは、きっとオジサンはついてこなかったわたしを捜しに行って、すぐに帰ってくるつもりなのかも、と廊下を進みながら不安になった。
急ぎ足で最初にいた居間の方へ向かう。
台所を通りすぎ、無事に居間へ辿り着くと「バンッ!!」と明らかにさっきまでいたあの部屋の扉を力強く閉める音が響いた。
ヤバ……もしや異変を感じて、すぐに部屋を確認しに行ったのかも……
裏庭からでも入ったのか、それとも偶然すれ違いになったのかは分からないけど、ともかくこの家から出ようとカズマとアオイと窓の方向へ走る。
あともう少しというとこで「ヒュンッ」と頭上すれすれに風を切る何かが飛んできた。
「きゃー!」
カズマとアオイが喚く中、窓にぶつかって落下した物を見ると果物ナイフが落ちていた。
⋯⋯あそこの台所にあったやつ。
後ろを向くと、シンクとテーブルの間でオジサンがひきつった笑顔でこっちを見ていた。
右手には大きな斧を握りしめている。
「いい子だから、早く戻って来なさい」
「やだー!」「オジサンさっきこわいことしたから、いやー」
カズマとアオイがあからさまに嫌がると、オジサンの顔色はみるみる赤黒く染まっていく。
「コッチガ下手ニ出テタラ、イイ気ニナリヤガッテーーッ!!」
優しく話し掛けていたあの声はどこへ行ったのか、野太い声で怒鳴ると目の前のテーブルを斧で真っ二つに叩き割った。
そして、わたしたちに斧を振りかざしてきた。
「オンッラ!!」
バラバラに逃げ、寸前のところをすり抜けると斧は畳に深くめり込んだ。
オジサンが斧を取り出そうと苦戦してるうちに隣の部屋へ走る。
「二人ともこっち!」
カズマとアオイがオジサンを見たまま固まっている。
仕方なく力ずくでも連れ出そうと二人のもとへ駆け寄ると、オジサンはそれを察知したのか斧を置いて走ってきた。
わたしを睨むと首根っこを掴んだ。
「ソウハサセナイカラナ! ワッハッハ!」
掴まれた状態で持ち上げられる。
「……うぅっ!」
苦しむわたしの姿を見て、アオイはスカートのポケットから子ども用スマホを取り出して、カズマはオジサンのお腹を必死に叩いた。
「もしもしママ! たすけて!!」
「はなせーっ!!」
オジサンは眉をピクピク痙攣させると、カズマとアオイを思いっきり足で蹴り飛ばした。
カズマとアオイはソファーと壁の間に飛ばされその場で倒れる。
なんてことを……
オジサンとはいえ大の男。小さな子供3人じゃ、かないっこないのは目に見えていた。
こんな時、誰か大人がいれば……
誰か……誰か……大人を……
デヴィーに襲われて以来、再び首を絞められ気を失いかけてるとハッと思い出した。
はっ、いつの間にか本当に子供になった気になっちゃってたけど、もうわたし……大人だったわ。
子供の姿に変わったときと同じように元の姿を強くイメージして、元に戻りたい! と強く念じた。
すると胸元のペンダントが光り出して、空気を入れ始めた風船のように体全体が大きく膨れてくる。
わ、わ、わーーーっ!!
その光景に自分でも驚いてると、オジサンはさらに驚いたようで目を見開いて手を離すとバランスを崩し、後ろの柱に頭をぶつけて気を失った。
「ゴホッ、ゴホッ」
首元に手をあてて咳き込んでると隣のブラウン管にザーッとノイズが走る。
モノクロのノイズは徐々にデヴィーの姿に変わった。
「……デヴィー。何でここが!?」
「フッ、ソンナモンスグニワカルワッ」
デヴィーは柱にもたれてるオジサンを見つめる。
「アノ男モウ人間デハナイナ」
「に、人間じゃない? それどういう……」
「悪魔ヲ崇拝シテイルウチニ己自身ガ悪魔ニナッタンダロウ……マァソンナ出来損ナイ。指輪ニハ無関係ダカラドウデモイイガナ」
デヴィーはそれだけ言ってテレビから姿を消した。
ちょ、ちょっとそれだけ? 助けに来てくれたわけじゃないのか……
でも、あの首を絞めてきたときの血走った目、あれは確かに悪魔みたいだった。
テレビの画面に頭を擦りながら立ち上がるオジサンの姿が見える。
振り返るとオジサンはわたしを見て、目を細めた。
「⋯⋯ウゥン? 何故コノ神聖ナ場ニ穢レタ醜イ女ガ⋯⋯」
オジサンはギョロギョロ周りを眺め、どういうわけかわたしの手に目を留めた。
「ソノ指輪ハ⋯⋯俺ガコノ世ノアラユル書ヲ読ミアサリ、血眼ニナッテ探シテモ発見デキナカッタ呪イノ指輪ダ⋯⋯」
のっ、のろい?
一瞬聞き間違えたかと思ったけど、オジサンは指輪について続けて話した。
「持チ主ニ美貌ヲ与エルトイウガ不幸モ呼ブ。他ニモ指輪以外ニ7ツノ呪イノ装飾品ガアルラシイガ⋯⋯」
この指輪にそんな怖い面が⋯⋯
まぁ、元はといえば悪魔の物だし、これをはめてから元々ヒドイのがもっと散々な目に遭ってる気もする……
ヒビの入った指輪を見ていると突然正面からオジサンに体当たりされた。
衝撃で畳の上に仰向けに転倒すると、オジサンは足でわたしの腹を踏みつけ無理矢理指輪を外した。
は、しまった……
不意を突かれ、指輪を取られてしまうとオジサンは自分の人差し指にはめ、満足そうな表情を浮かべる。
そして、踏みつけたままわたしの顔を指差すとオジサンは呪文のような言葉を口にした。
「⋯⋯アダマスルークスー!」
だけど何も異変は起きない。
オジサンは頭を傾げながら指輪を外す。
手のひらに乗せて凝視すると、後ろポケットから煙草の箱ほどの赤い革の本を取り出して、指輪が本物かどうか確かめているよう。
もしかしたら、本に目を奪われてる隙に一か八か指輪を取り返せるかも……と思いつき、お腹の上にある足首に手を伸ばした。
素早く足首を掴み、一気に体を起こすとオジサンは「ワッ!」と叫びながらよろける。
指輪はオジサンの手から落ち、畳の上を転がっていく。
オジサンが追い掛けようとしたと同時に、わたしも出来る限りのジャンプをして、どうにか指輪を掴みとった。
や、やったぁ……
寝っ転がりながらすかさず指輪をはめて、大きく目と口を開けたオジサンを指差した。
「──アダマスルークス!!」
呪文を真似てみると、指輪の宝石がキラキラ光輝きはじめ、指先から白い一筋の光が「ビューンッ」と放たれた。
白い閃光はオジサンの額を貫通し、丸く穴が開くと、こっちに来ようとした体勢のまま固まる。
そして、白目を剥いてライオンとも虎とも違うおぞましい野獣のような姿に変化すると、全身真っ白になり砂状に崩れ落ちた。
こ、これがまさか、デヴィーの言ってた、悪魔と関わった人間の末路⋯⋯?
畳の上に積まれた白い灰の周りには黒い煙が漂う。
次第に煙が指輪に吸収されていくと灰の中に何か赤い物が埋まっていた。
拾ってみると、それはオジサンが持っていた赤い革の本だった。
この本に指輪の呪文が書いてあるってことは、他にも役立つ情報書いてあるかも?
とりあえず本をポケットにしまい、倒れてる二人のもとに行く。
ソファーの側で仰向けの二人を軽く揺すると目を覚ました。
「あれぇオジサンは」
「もういないよ。どっか行っちゃった」
アオイを安心させてるとわたしの顔を見てカズマが変な顔を浮かべていた。
「どうしたの」
「おねーさん……だれぇ? ありさちゃんはー?」
カズマに言われ、自分が元の姿に戻ったことを今思い出した。
「お、お姉さんは⋯⋯ただの通りすがり。ありさちゃん先に帰したから、二人も早く帰りな……」
アオイとカズマに背を向けて急いで窓を開ける。
駆け足で庭に出ると背中越しに声がした。
「おねえさーんバイバーイ」
振り向くとアオイとカズマが元気いっぱいに飛び跳ねて手を振っていた。
わたしも手を振り返して、その後家へ帰った。
──翌朝。いつも通り座卓の前でくつろいでいると、昨日行ったあのプレハブ小屋がワイドショーで生中継されていた。
えぇっ、な、なんでここが……!?
訪れた女性リポーターが小屋の前を歩きながら報道する。
『この家の住人とは未だ連絡がとれていない状況で、庭からは複数の白骨化した遺体が──』
ショッキングな内容に耳を疑った。
本当にテレビに映し出されているのが昨日子供たちと怖い体験をしたあの小屋なのか、すぐには信じられずにいると画面にデヴィーが現れた。
何だかリポーターの隣で立っているよう。
「子供ヲ生ケ贄トシテ儀式ヲシテイタンダ。フッ、愚カナ奴ダ」
デヴィーはブルーシートで覆われた庭の方を上目遣いで見てニヤついている。
その庭で昨日わたしが偶然発見した白い物、それとデヴィーの言葉……それで全てを悟り、手を合わせた。
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